2008年03月01日

佐波理

鏧匠 嶋村文吉

荘厳具の中にあって、梵鐘などの鳴り物は心底響く妙なる音色に癒される思いが致します。
鐘は古代インドにおいては大衆を集める為に用いた物らしい。妙心寺にあるのが日本最古(紀年銘六九八)の梵鐘ですが、その後、鋳造がさかんで各時代を通じ、全国各寺院の鐘楼に納められました。鐘は主に青銅の鋳造で銅と錫、亜鉛の合金です。その混合比率や形状によって多様な音色を響かせます。

銅に亜鉛を3割混ぜた合金が真鍮(しんちゅう)です。色が黄色いので黄銅とも呼ばれ、加工がしやすい金属で数多くの仏具類が真鍮製の地金で作られています。
銅に錫を混ぜた合金が青銅(ブロンズ)と呼ばれる硬い金属です。特に錫が多く含まれている地金を佐波理(さはり)と呼ばれています。古代インドの音読みを漢字表記で佐波利、砂張、沙張などと書かれており、とても良い音がする金属なので響銅、鳴金とも呼ばれています。古くに渡来した正倉院御物の荘厳品などにも佐波理の製品が見られます

禅宗寺院で多く用いられる鏧子や妙鉢は、薄板状の鋳造した地金に鍛造を加え叩き出す。固くなりすぎると割れてしまうので、火を入れては焼きなまし冷却して、少しずつ地金を回し、徐々に槌を打っては形を作っていく。とても気の長い操作をくりかえし最後に漆を刷付け焼きながら着色して完成となる。このような技術を伝承する工房は現在は皆無に近く、古来の伝統技術製法による本手打の鏧子や妙鉢など、後世に残る荘厳品を制作する名誉を大本山南禅寺様からご依頼を賜り、平成17年に鏧子を平成19年には直径一尺四寸の大妙鉢一双を完成しお納めすることができました。

「佐波理」妙鉢

2008年01月10日

常華師とその妻

常華


お寺のご本尊には、金色の木蓮華「永遠に枯れず、常に咲き続ける花」常華が供えられています。

「曾祖父の栗山治三郎は、様々な常華の様式を今日の形態に確立し日本一の常華師と呼ばれていました。一本の木から華や葉を彫り出し、曲木の技法で茎を曲げ、葉脈などの下地を施し漆を塗って金箔で仕上げる。伝統工芸の技を駆使するんです。蓮華の本数や大きさ、バランスなどを研究し今日伝わる様式を確立し、全国のお寺さまに常華を普及させました。治三郎は腕の立つ職人でしたが、四十代で早世しました。その治三郎の仕事を支えたのが妻とく(曾祖母)でした。幼子をおんぶしながら、多くの職人さんたちのご飯を大釜で炊き、仕事に欠かせない膠(にかわ)の火加減を絶えず見る一方で、僅かに手を休めた夫に阿吽の呼吸でお茶をだす。夫亡き後も、お寺さまの御用は絶やしてはならんと女手ひとつで切り盛りし多くの子供やお弟子さんを育て上げました。偉い人やったんです」

と父親から伝え聞いていますから、ご先祖の思いに恥じない仕事をして全国のご寺院様に御満足いただけるよう日々研鑽を重ね努力していく所存でございます。

◇栗山三佛堂(くりやまさんぶつどう)

 江戸末期頃、美濃の国より入洛した初代・栗山吉之助が豊田毒湛老師より御用達大仏師として拝命を受け嵯峨の工房にて創業。二代目栗山治三郎より現在地で営業。各派大本山御寺院の荘厳具をはじめ、仏像、仏具、位牌、仏壇などの製作や修理に携わる。
(所在地:京都市中京区三条通千本一丁東入)


◇栗山貴詞(くりやまたかし)

昭和53年生まれ、IT関連企業に勤務後、平成16年9月に五代目栗山三佛堂を継承。
「あるお寺で、先祖代々が手がけた荘厳の仕事を初めて見た時より、栗山三佛堂を継ぐことに強い誇りと責任を感じています。」


2007年12月03日

おかげさま

金波羅華

仏具屋の仕事には、ご家庭用のお仏壇や仏具の販売だけでなくお寺様の御用があります。お寺様の御用というのは、御本尊や須弥壇、御本堂内陣など一切の荘厳具の製作や修復を受け賜りお納めする仕事です。うちは代々「決して安直な商売をしてはなりません、信用と実績を大切にして、お寺様への御用に誇りを持ってやりなさい」と言われてきました。初代は美濃国の祖父江から京都嵯峨に出てきた御所侍でしたが、ときの天龍寺管長猊下の計らいで第四代南禅寺派管長、豊田毒湛老師に出会い、同郷の従兄弟にあたる事が分かったのが仏縁となり、刀を捨てお寺様の御用を勤めるようになりました。そして此の仕事を唯一無二のものとしなさいという老師の教えを守り続けて五代目の私共に至るまで大本山御用達京佛匠の看板を戴いております。

自分は二十六歳でこの仕事を継ぐまで、父や祖父がどんな仕事をしてきたのか、よくは知りませんでしたが、仕事を始めるにあたりご挨拶に伺うと、初めてお会いする方々から「あんたんとこのおじいさんや、ひいおばあさんには、よう世話になった」とよく言ってもらえました。そのような言葉を頂戴して「ご先祖のおかげで仕事をさせていただけているんや」と実感しました。
継いだばかりの頃はITの導入とか、何か新しいことをしようと肩に力が入っていました。でも、無理に自分の色を出そうと焦ることはない。栗山三佛堂が代々一所懸命にやってきた仕事を僕もきっちりと素直にやっていけばいいと気づき気持ちが楽になりました。

仏教の精神は私たちの日常生活の中に自然な形で生きていると思います。例えば「ありがとう」、「いただきます」、「ごちそうさま」と自然に手を合わせますよね。自分はこの仕事を通じてそうした素直な感謝の心を伝えていきたいと感じています。仏様の前で手を合わせるって、いいものですよ。色々なことに気づかされたり、気持ちが落ち着いたり、豊かな時間を過ごせます。そういう心や時間を自分の次の代まで末永く伝えていけるよう、今の自分にできることを精一杯やっていきたいと考えています。

栗山三佛堂 栗山貴詞

2007年11月30日

栗山三佛堂様

栗山三佛堂_のれん


-臨黄ネット事務局より-
12月3日より、3回に亘って、栗山三佛堂五代目、栗山貴詞氏にご寄稿いただきます。
是非ご高覧下さい。

栗山三佛堂(くりやまさんぶつどう)
 江戸末期頃、美濃の国より入洛した初代・栗山吉之助が豊田毒湛老師より御用達大仏師として拝命を受け嵯峨の工房にて創業。二代目栗山治三郎より現在地で営業。各派大本山御寺院の荘厳具をはじめ、仏像、仏具、位牌、仏壇などの製作や修理に携わる。
(所在地:京都市中京区三条通千本一丁東入)


◆栗山貴詞(くりやまたかし)
昭和53年生まれ、IT関連企業に勤務後、平成16年9月に五代目栗山三佛堂を継承。
「あるお寺で、先祖代々が手がけた荘厳の仕事を初めて見た時から、栗山三佛堂を継ぐことに強い誇りと責任を感じています」。

2007年05月01日

念珠の話11 -最終話-

安田社長

 現在、私共の店で念珠を買われるお客様の半数以上が、お葬式の道具として念珠を買い求められます。それはそれで意味のあることだとは思いますが、私は本来はそうではないのではという思いが強くあります。
 ある方が「宗教は「溺れる者は藁をも掴む」の藁である。」と云われました。溺れる者の様に何かに縋りたいと手を差し出す手に触れる藁こそ宗教だというのです。もし、この方が云われる様に人間の宗教(仏教)に対する基本的なパフォーマンスが、溺れる者の様に藁に縋りたいと手を差し出すということであるなら、現実的にそのパフォーマンスに応え手のひらが握り締めるものは念珠であり、そして握り締めた手のひらに何かしらの温もりが感じられる、念珠はそんな存在であって欲しいと、私は思います。そして、そんな念珠を作り、皆様に販売することが出来れば、こんな幸せはないと思うのです。

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