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2006年10月17日

念珠の話4 -108の珠の意味-

美しい念珠の房

 念珠は、基本的には「百八」の珠を繋いで形作られます。これは、どの様な意味があるのでしょうか。
 よく言われるのは、煩悩の数を表わしているというものです。

 大晦日の除夜の鐘も煩悩の数、百八回鐘を撞くことは、小さな子供でも知っていますが、その煩悩の数「百八」が念珠の基本を形作ると言うのは正しいと思います。
 しかし、念珠に幼い時から慣れ親しんできた念珠屋の跡取り息子には、「百八」という数字にそれ以外の何かロマンを感じられずにはいません。
 108は、12×9なのです。12は1ダース。1年は12ヶ月。1分は60(12×5)秒。同じく1時間は60分。1日は24(12×2)時間。等々。この10進法の世の中に、根元の部分に12進法(?)が居座っているのです。
 つまり、年月、時間もそうですが、天体の動きに関する数字に12の倍数(「百八」に関連のある「72」や「36」等の数字)が多く現われます。私は、「百八」という数字に、人類の過去の記憶に纏わる何かの意味を感じざるを得ないのです。これは、念珠屋の親父の思い過ごしでしょうか。

安田念珠店社長 安田容造

2006年10月02日

念珠の話3 -念珠とは-

数珠曼荼羅

 念珠は、元来どの様な使い方をされたものなのでしょうか。
 これは、元来「カウンター(COUNTER)」として用いられました。つまり、数を数えてその数を忘れないようにする道具(数取り)として用いられました。では、何を数えたのでしょう。元々古代バラモン教では神々の名を唱え、それを数えたと言われますが、仏教では、真言、神呪、陀羅尼と呼ばれる、いわゆるマントラ(呪文)を数えたのです。
 時代を経るに従い、念珠の数取りとしての意味は薄れ、象徴的な意味合いが濃くなってきます。礼拝の時に持つ道具であり、時には珠と珠を擦り合わして音を立てることを目的とするようにもなります(鎌倉時代に成立した日本の代表的な仏教宗派である浄土宗の日課念珠は、念仏の数を数える道具として、新たに体裁を整えます)。
 現在では、一般的に自らの信仰を象徴するものとして、或いは、仏事の時の装飾品として用いられているといえるでしょう。

安田念珠店社長 安田容造