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2007年05月01日

念珠の話11 -最終話-

安田社長

 現在、私共の店で念珠を買われるお客様の半数以上が、お葬式の道具として念珠を買い求められます。それはそれで意味のあることだとは思いますが、私は本来はそうではないのではという思いが強くあります。
 ある方が「宗教は「溺れる者は藁をも掴む」の藁である。」と云われました。溺れる者の様に何かに縋りたいと手を差し出す手に触れる藁こそ宗教だというのです。もし、この方が云われる様に人間の宗教(仏教)に対する基本的なパフォーマンスが、溺れる者の様に藁に縋りたいと手を差し出すということであるなら、現実的にそのパフォーマンスに応え手のひらが握り締めるものは念珠であり、そして握り締めた手のひらに何かしらの温もりが感じられる、念珠はそんな存在であって欲しいと、私は思います。そして、そんな念珠を作り、皆様に販売することが出来れば、こんな幸せはないと思うのです。

2007年04月01日

念珠の話10 -様々な念珠-

腕輪念珠

 今まで見てきた様に、念珠は百八の玉を繋いだものが基本であるということが、宗派が違っても変わりませんでした。しかし、時代が下るにしたがって大きな変化が見られるようになります。持ち易いように、百八の輪を半分の五十四に割ったり、その半分の二十七(つまり四分の一)に割ったりして、手のひらを一回りする寸法の輪のいわゆる片手念珠が作られ、用いられる様になって来ました。
 元々、僧侶用にも半繰念珠、四半繰念珠と呼ばれるものはありましたが、多くの一般在家が念珠を持つ様になると、持ち易いこの片手念珠が主流となってくるのです。現在では、宗派を問わず持てる略式念珠として男女でこの片手念珠が多く持たれます。また女性用としては、宗派を問わず持てる二連の念珠として、真言型の念珠が用いられます。 略式の念珠としてその他に腕輪念珠があります。最近はブレスレット感覚、或いは御守り感覚で気軽に若い人も求める人が多くなりました。これは、両手に道具を持ち念珠が持てない時に、腕に輪を小さくした念珠をつけたのが始まりといわれています。
 念珠の形の中の日本仏教の歴史を、お分かり頂けたでしょうか。

2007年03月01日

念珠の話9 -浄土真宗・日蓮宗の念珠-

浄土真宗の念珠

 浄土真宗の念珠は基本的には天台型を踏襲します。ただ、我々が裏と呼ぶ房玉のない房の軸の形が少し変わります。蓮如結びと呼ばれる独特の形になります。荘厳念珠や布教用念珠と呼ばれる簡略化した紐房の念珠も、この独特の蓮如結びを施されます。蝶々が羽を開いた様に見えるこの結びが、浄土真宗の念珠を特徴付けます。
 日蓮宗の念珠は、天台型を基本として大きく手が加えられます。天台型の表の房(二十一個の房玉の入った方)はそのままで、反対側の房に真言型の様に十個の房玉が入り、加えて数取りという房玉十個の入った房を一本付け足すのです。この宗派の特徴として、お題目を唱えたりする時など、念珠を擦り合わせて音を立てます。また一般在家の方も必ず略式ではなく正式の日蓮宗の念珠を用います。この点は他の宗派に比べて際立った特徴といえます。念珠を販売する側としては、この点に非常に注意を払います。つまり、日蓮宗の檀家の方に片手念珠は販売出来ないからです。宗派によって、念珠に対する考え方は大きく違うといえます。

日蓮宗の念珠

2007年02月01日

念珠の話8 -臨済宗・曹洞宗の念珠-

臨済宗


 臨済宗、曹洞宗は共に看経念珠を用います。看経念珠とは、念珠の原型に近い非常にシンプルな形をしています。親玉が一個で百八の玉を打紐と呼ばれる組紐で繋ぎます。我々が普段よく見る片手念珠の原型といえます。曹洞宗では、この看経念珠に金属の輪の入ったものを用います。臨済宗のものには入りません。曹洞宗の金属の輪の意味は、いろいろな方に尋ねてみましたがいまだに分りません。
 臨済宗が用いる荘厳念珠の出頭用念珠は切り房で、他の宗派が撚り房を用いるのと比べ大きな違いを示します。また、房色も朱赤、白が基本に、宗派によってはオレンジ、紫紺、金茶等と非常に多彩になります。個人的な話になりますが、私はこの出頭用念珠の製作にいつも取り組んでいます。全て手作りで、一連仕上げるのに約一時間半掛かります。体力の要る仕事ですが、喜びもあります。修理を預かって、その品物が先代の手のもので、それを仕上げた出来が先代のものと同様であることを確認できた時です。いつかは、父を越えたいと思っています。

曹洞宗

2007年01月10日

念珠の話7 -浄土宗の念珠-

念珠の話7 浄土宗


 浄土宗は、非常に個性的な念珠を考案しました。日課念珠といいます。法然上人の弟子の阿波之介という人物が考案されたと伝えられています。
 南無阿弥陀仏と念仏を唱え、その唱えた数を数える道具として考案されたのです。(念珠の起源が思い起こされます。)男女で数が違うのですが、男性用の三万繰日課念珠は二つ輪が輪違いで繋がり一方が27個、もう一方が20個、玉があります。そして、房が一つ下がり、丸い房玉が6個、平たい房玉が10個入ります。
 念仏を一回唱える毎に玉を一個爪繰り、全ての玉を掛け合わせると、27×20×6×10=32,400回(108の300倍)念仏を唱えられるのです。三万繰という名は32,400回から来ています。女性用は六万繰日課念珠といい、男性用の2倍 64,800回念仏を唱えるのです。
 
 南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、・・・・・と何万回も念仏を唱え、西方浄土に極楽往生する。
 まさに、日課念珠は浄土宗の教義を表しているといえます。

安田念珠店社長 安田容造

2006年11月24日

念珠の話6 -天台と真言の念珠-

平玉念珠


 それでは、天台型と真言型とはどの様に違うのでしょうか。
 念珠は百八の玉を一つに繋ぎ、その輪の両側に房が二つ付くというのが基本的な形です。
 天台型は片側に二十一個の房玉が入り、反対側には房玉が入らない形のことをいい、真言型は片側に十一個、反対側には十個の房玉それぞれに入る形のことをいいます。

 天台宗ではこの形のものは荘厳念珠しか用いませんが、真言宗では荘厳用、普段用、ほぼ全てこの形の念珠を用います。
 一方天台宗では、通常は独特の平たい玉を繋いだ片房の平玉念珠を用います。
球形以外の玉を用いるのは天台宗以外の宗派では見られません。
何故平玉を使うのかというと、念珠を擦り合わせた時に出る音が丸玉の時より大きく、この擦り音を重視するからです。

 比叡山を巡る行をする回峰行者が持つ幅五分五厘(約16.5mm)の大玉の念珠が擦られるときに出る音は非常に大きなものです。
 山の峰、峰を巡りながら、「我はここにあり」とその存在をアピールするのでしょうか。念珠の形は、その宗派の教えや考え方によって大きく変わってくるということを示しています。

安田念珠店社長 安田容造

2006年11月01日

念珠の話5 -念珠の形-

 今までは、主に念珠の起源を見てきましたが、これからは念珠の形を見て行きたいと思います。

 先に述べました様に、念珠は仏教と共に大陸から日本に伝わりました。その日本仏教の発展の軌跡を辿る様に形を進化させて行きます。
 その進化の原点となるのが、平安時代初期の最澄(伝教大師)による天台宗の開宗、空海(弘法大師)による真言宗の開宗です。ここで、念珠は天台型と真言型の二つに分化します。そして、鎌倉時代に天台宗から浄土宗、浄土真宗、臨済宗、曹洞宗、日蓮宗が生まれ、念珠もそれぞれに様々な形式が生まれます。
 しかし、重要な法要に用いられる荘厳念珠に限ってみれば、天台型、真言型の二つの流れは今も変わりません。鎌倉仏教の開祖達は、自らが修行した天台宗の形を取り入れ、新しい宗派の念珠の形の基礎としたのです。
つまり、念珠の形は日本仏教の歴史を物語っているといえます。

安田念珠店社長 安田容造

2006年10月17日

念珠の話4 -108の珠の意味-

美しい念珠の房

 念珠は、基本的には「百八」の珠を繋いで形作られます。これは、どの様な意味があるのでしょうか。
 よく言われるのは、煩悩の数を表わしているというものです。

 大晦日の除夜の鐘も煩悩の数、百八回鐘を撞くことは、小さな子供でも知っていますが、その煩悩の数「百八」が念珠の基本を形作ると言うのは正しいと思います。
 しかし、念珠に幼い時から慣れ親しんできた念珠屋の跡取り息子には、「百八」という数字にそれ以外の何かロマンを感じられずにはいません。
 108は、12×9なのです。12は1ダース。1年は12ヶ月。1分は60(12×5)秒。同じく1時間は60分。1日は24(12×2)時間。等々。この10進法の世の中に、根元の部分に12進法(?)が居座っているのです。
 つまり、年月、時間もそうですが、天体の動きに関する数字に12の倍数(「百八」に関連のある「72」や「36」等の数字)が多く現われます。私は、「百八」という数字に、人類の過去の記憶に纏わる何かの意味を感じざるを得ないのです。これは、念珠屋の親父の思い過ごしでしょうか。

安田念珠店社長 安田容造

2006年10月02日

念珠の話3 -念珠とは-

数珠曼荼羅

 念珠は、元来どの様な使い方をされたものなのでしょうか。
 これは、元来「カウンター(COUNTER)」として用いられました。つまり、数を数えてその数を忘れないようにする道具(数取り)として用いられました。では、何を数えたのでしょう。元々古代バラモン教では神々の名を唱え、それを数えたと言われますが、仏教では、真言、神呪、陀羅尼と呼ばれる、いわゆるマントラ(呪文)を数えたのです。
 時代を経るに従い、念珠の数取りとしての意味は薄れ、象徴的な意味合いが濃くなってきます。礼拝の時に持つ道具であり、時には珠と珠を擦り合わして音を立てることを目的とするようにもなります(鎌倉時代に成立した日本の代表的な仏教宗派である浄土宗の日課念珠は、念仏の数を数える道具として、新たに体裁を整えます)。
 現在では、一般的に自らの信仰を象徴するものとして、或いは、仏事の時の装飾品として用いられているといえるでしょう。

安田念珠店社長 安田容造

2006年09月15日

念珠の話2 -念珠の起源-

様々な数珠_安田念珠店

前回は私共の店の起源をお話し致しました。今回は、念珠の起源についてお話したいと思います。

今、私達が使う念珠は、仏教の伝来とともに大陸から伝わり、日本の仏教の歴史と共に進化し今日に至っています。その起源は、仏教と同じく古代インドにあります。ご存じの様に、仏教はお釈迦様によって、紀元前六世紀頃(諸説があります)成立しました。その時、仏教は、当時古代バラモン教が使っていたと思われる念珠の原型であるものを取り入れました。それが、仏教における念珠の起源です(キリスト教で使われるロザリオもインドから伝わったといわれています)。

その後、北伝仏教と共に念珠の原型は北インドから中央アジア、そしてシルクロードを経て中国に伝わり、その後朝鮮半島を経て紀元六世紀にその終点の日本に伝わります。そして、日本仏教の発展の歴史の中で進化を遂げ、現在我々が見る様々な様式の念珠が出来上がるのです。言い換えれば、世界中で最も進化した念珠が日本で見られるといってもよいのです。

安田念珠店社長 安田容造

2006年09月05日

念珠の話1 -安田念珠店の歴史-

安田念珠店

私共の店、安田念珠店は江戸時代の初期 天和三年(西暦1683年)に現在の住所(京都市中京区寺町通六角角)で、初代 藤屋宗次郎が創業致しました。
江戸時代初期の京都の名所案内の書物、「京雀」 「京羽二重」には、『寺町通誓願寺に珠数屋がある』と記されています(江戸時代の初期、現在の六角通は、誓願寺通と呼ばれていました)。

当時、誓願寺は京都でも有数のお参りの多いお寺で、多くの参詣客で溢れていたのでしょう(現在、誓願寺は、浄土宗西山深草派の総本山として、京都一の繁華街 新京極の真ん中に位置します)。
その参拝客を相手に念珠を商い始めたのが、私共の店の起源であろうと思われます。

以来三百二十余年、同じ場所で、同じ商品を、十代にわたって作り、商って参りました。
明治以降も日本の仏教の首都であった京都だからこそ、この歴史と伝統を保ってこられたのだと思います。
安田念珠店社長 安田容造

2006年09月04日

安田念珠店様

-臨黄ネット事務局より-

今回より、安田念珠店社長・安田容造氏による、「念珠の話」を11回に亘り
連載させていただきます。
今まで知らなかった念珠の事、安田念珠店さんの古い歴史の話など、いろ
いろな事をお話いただきます。
どうぞお楽しみに!