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季刊『禅文化』217号 川蔵北路を歩く(8)より
禅文化研究所のHPにて、季刊『禅文化』より抜粋しましたいくつかの記事をご覧いただけます。
客員研究員で、北京在住の李建華氏による-聖域巡礼-では、厳しくも美しいチベットの写真が満載。
是非ご覧になってみて下さい。そして、『禅文化』のご購読もお願い申し上げます。

季刊『禅文化』217号 川蔵北路を歩く(8)より

禅文化研究所のHPにて、季刊『禅文化』より抜粋しましたいくつかの記事をご覧いただけます。
客員研究員で、北京在住の李建華氏による-聖域巡礼-では、厳しくも美しいチベットの写真が満載。
是非ご覧になってみて下さい。そして、『禅文化』のご購読もお願い申し上げます。


妙心寺の東京禅センターさんのホームページには、様々な講座の案内があり、私なども「東京近辺に住んでいれば行きたいのになぁ…」と思うものが多々あります。
久々にホームページをチェックしていると、なにやら気になる文字が。
「Nightstand Buddists……なんだろう」と思いクリックすると…。
週に一度、それも一週間の仕事を終えた金曜日に更新というのが良いのです。
今では私も毎週楽しみに拝読しています。 皆さんにも是非オススメしたく、こちらでご紹介させていただきました。携帯の「お気に入り」にご登録下さい!
なお、東京国際ブックフェアにて禅セミナーを開催し、多くの方にご参加いただきましたが、引き続き禅に関心があり、学んでみたいという方は、東京禅センターさんのセミナーに是非足を運んでみて下さい。最近では、ZEN Cafeが好評のようです。

京都市上京区にある、聖ドミニコ女子修道学院の門前に、仏教詩人・坂村真民氏のことばが…。
「ほぅ……キリスト教の修道学院の掲示板に…」としばし立ち止まって眺めた。
それにしても、美しい字で書かれ、美しい額に丁寧にはめられて、その事がさらにハッと目を惹くことばとなっている気がする。
どのような人がこの言葉を決め、ここに掲示したのだろう。こちらの前を通る人の事を思い、“思い”を込めてこの額が掲げられたのがなんとなくわかる。
次回またここを通るのが楽しみだな……と、清々しい心持ちでその場を去った。

NHK総合テレビの歴史秘話ヒストリア(毎週水曜22:00~22:43)に、弊所所長・西村惠信先生が登場します。
平成22年4月21日放送分の、
「第37回放送予定 みんな好き好き一休さん ~禅の心で自由に生きろ~」
において、一休禅師の奇行の真意について究明します。
「とんちの一休さん」と、一般にはあの可愛らしいアニメの一休さんのイメージですが、実はそのイメージとは全く違う、風狂の禅僧。後小松天皇の御落胤という説もあり、大悟しても師の華叟宗曇からの印可状を受け取らなかったり、お正月に杖に骸骨をつけて「ご用心ご用心」といって歩いたり、破戒としかとれないような行動をしたり・・・。
有漏路より 無漏路へ帰る 一休み 雨ふらば降れ 風ふかば吹け(一休)
何かにつけて理解を超えた行動をとった、一休禅師の境界に少しはせまることができるかもしれません。
どうぞお楽しみに。
※ 一休禅師関係の書籍(禅文化研究所発行 現在ご購入可能なもの)
『一休道歌 三十一文字の法の歌』(禅文化研究所編)
『大徳寺と一休』(大徳寺塔頭 真珠庵前住職 山田宗敏著)
『一休和尚抄 般若心経圖會』(禅文化研究所編)
5月18日、西村惠信所長といく禅と文化の旅 参加者募集中!

我が家では、大好きな花屋さんで買ってきた木瓜が花盛りを迎えています。
なんともいえない色。見ていると癒されながらも、よくもまぁこのように咲くものだ……と、不思議な気持ちになります。
まさに-不審花開今日春-。
「不審庵」というと、表千家の茶室、代々のお家元の号でもあり、また、屋敷全体を指して使われますが、この禅語から来ています。
これは、利休さんが参禅の師である古溪宗陳に求めてつけられたとの由。
今でも家元の茶室、不審庵には、古溪和尚による扁額が掲げられています。
と、話がずれましたが、木瓜の花、花が咲いている時はうっとりと眺めていますが、その後をあまり知りません…。
実は、実がなり、その実は果実酒に使われたり、ジャムにもできる上に、疲労回復などの効能もあるそうな。美しいのみならず、きちんと仕事します!
花言葉は、色々調べてみると、「先駆者」「指導者」「平凡」などなど様々。先駆者と平凡の花言葉を同時に持つとは如何に?!?!「先駆者」・「指導者」は、梅よりも早く春一番に咲くから…といったところでしょうか。
季節の花も、見るのみならず色々と調べてみると面白いものですね。

『白隠禅師年譜』12歳の時(元禄九年:1696)に次のようにある。
一日、香を菅神の画真の前に点して、再拝稽首して謂(おも)えり、「我が願い虚しからずんば、香煙端直にして天に沖(あが)る象(かたち)を示したまえ」と。黙祷すること良(やや)久し。眼を開けば即ち一道の香煙、直(まっすぐ)に天を衝(つ)くを視るも、已(すで)にして風来たって飄乱(みだ)る。尚お魔障の免る可からざることを恐る。
12歳の岩次郎(白隠の幼名)は、地獄の恐ろしさに怯えたため、菅神(天神さま)を信じ、日々拝んでいたが、ある日、その画像の前に線香を立てて、我が願い(地獄から救われる)を叶えていただけるならば、線香の煙を真っ直ぐにあげてみせて欲しいと願った。おもむろに眼を開くと、最初にまっすぐに上がったかのように見えたが、風が吹いてたちまち乱れ、まだ地獄の恐怖から逃れられないことに気付いたのである。
つまり、線香の煙は、幼少の白隠にして、その立ち上り具合で何かの御利益を得られるのではないかと思わせるほどのものであったのだ。
ところが、最近は、この煙の立ち上らない線香があるのだが、ご存じだろうか。概ねラベンダーの香りなどで、普通の線香には無いような香りだけがして、煙はまったく立ち上らない。
ひょっとしてご自宅のお仏壇に立てているお線香は、まさしくそれだと仰る方もおられるかもしれない。
できれば、そのお線香は使わないで、いい香りのする天然のお線香を使うようにしていただけないだろうか。

明けましておめでとうございます。
今年も当研究所の発展に、倍旧のご協力とご支援を頂きますよう、スタッフ一同に代わってお願い申し上げます。
さて、禅語に「虎は是れ山獣の君」というのがあります。虎こそは獣の中の筆頭だ、ということでしょう。中国で禅宗の盛んであった唐の時代、禅僧たちは深山幽谷に入って修行生活を送っていました。そこでは彼らの周りに、いつも虎たちが集まってきて寝そべっていたと伝えられています。
禅僧たちはやがて、自分たちの間で禅機(悟りから出るはたらき)の優れた人を「大蟲」(だいちゅう)と呼んで畏れるようになりましたが、大蟲とは他ならぬ「虎」のことであったのです。このように虎と禅僧たちは、お互いに親しく共生していたのでした。
その頃、仰山慧寂(きょうざん・えじゃく)という人が、南泉普願(なんせん・ふがん)の弟子である長沙景岑(ちょうさ・けいしん)に向かって、「あなたは禅僧としてどんなはたらきを示されるか」と言いますと、長沙は何も言わずに飛びかかってきました。仰山が驚いて、「あなたはまるで大蟲のようだ」と言ったことから、時の人は長沙景岑のことを「岑大蟲」(しんだいちゅう)と呼ぶようになった、と『伝灯録』などに記されています。
今年はその寅の年ですから、まさに禅宗の当たり年。現代のような混迷の時代にこそ、猛虎のようなはたらきを持つ指導者が一日も早く現われて欲しいものですね。禅語に、「虎は嘯く五更の前」というのがあります。虎は決まって夜明け前に吼えるらしいのです。今年の元朝にはひとつお互いに、この濁世を震撼させるような猛虎の一声に、耳を傾けようではありませんか。
禅文化研究所 所長 西村惠信

本日12月8日には、仏成道会が各寺院で行なわれる。
お釈迦様が菩提樹の下で7日間の坐禅の後、12月8日の暁の明星をご覧になって、お悟りを得て仏になられた、仏教徒にとってはとても重要な日である。
上の写真は、自坊にある「出山釈迦像」の軸である。坐禅をされる前にお釈迦様は、雪山(ヒマラヤ)で6年にもわたる苦行をされたが、苦行だけでは悟りは得られないと判断し山から出てこられた。その時の様子を描かれたのが、この像である。目は光り輝き、髪は乱れて、痩せ果てた苦行の様子が見て取れる。
雪山から出てこられたお釈迦様は、尼連禅河で沐浴をされ、スジャータという女性に乳がゆを供養された。そして心身を回復された後、菩提樹の下で坐禅をされ、ついにお悟りを得られた。
そのお悟りの言葉が、「奇なるかな、奇なるかな。一切衆生、悉く皆な如来の智慧徳相を具有す」である。生まれた時から仏と同じ智慧と慈悲を誰もが持っているのに、それを自覚しないから迷っているのだ。また別には、「一仏成道して法界を観見すれば、草木国土、悉皆成仏」というお言葉でもあったという。山も川も草も木も、何もかも光明に輝く仏だと言われたのだ。
禅道場では、このお釈迦様の故事にのっとり、その恩徳に報い、追体験をするために、12月1日から8日の朝まで、臘八大摂心(ろうはつおおぜっしん)が行なわれ、昼夜をわかたず横になって眠ることなく坐禅する。
そして、12月8日、この像を本堂正面に掲げて、成道会の法要を行なうのである。

二十年振りに親友に会った。二年前に小学校の教師を退職して、大阪にひとりで暮らしている。京都駅の中央改札口で待ち合わせをした。彼はまるで森のなかに一人でいるように、雑踏の改札口に、しんと佇んでいた。昼食を一緒にした。料理が運ばれてきたとき、彼は、「たった一人で心が餓えていると猛烈な食欲が出てくるものだ」と言った。そう言いながら彼はゆっくりと静かに食べた。貪っているのはむしろ私の方だったので可笑しかった。
どんな生活をしているのか尋ねると、彼はとても簡単に答えた。「朝起きて散歩をして朝食を取り、坐禅をして昼食をとり、坐禅をして夕食を取り、坐禅をして寝る」。一週間に二度ほどスーパーに買い物に行って、レジで「ありがとう」と言う。一週間に二回のありがとう。彼が人に話をするのはそれだけのようだった。会って三十分ほど経ったとき、この二年間でこんなに話をしたのは初めてだ、と彼は言った。
彼は私に、久松真一博士の「基本的公案―どうしてもいけなければどうするか」を、どんなふうに工夫しているかと尋ねた。私は困ってしまった。久しい前から「基本的公案」は棚上げしていた。とりあえず、「定」に入れば、公案はおのずと解けると思っていたのだ。彼はずっと持ち続けているようだった。彼は言った、「貴方に会うことになったとき、困ったなあと思った。ぼくはまったく前に進んでいないから」。私は心のなかで、「前に進んでいないというあなたの〈我(が)〉を私はどうしても捕まえることができない」と思っていた。
彼はとても温かだった。こんな温かさを現成できる人を私はあまり知らない。
以前から、彼が教師としてどれほど卓越していたかを知っていたから、学校のことをいろいろ尋ねてみた。国語の詩の授業。彼は生徒たちに詩を読ませて、「その詩のなかのどんな言葉でもいい、それについて自分が感じたこと、思い出、なんでもいいから書いてごらん」と言うのだそうだ。そうすると、生徒たちはまちがいなく全員、びっくりするほどたくさんのことを書くそうだ。生徒たちは今度はグループに別れて、それぞれが書いたことをみんなでまとめて、グループ毎に報告する。彼はそれからみんなに聞くのだそうだ、「君らにはこの詩から思い浮かぶことがこんなにあった。この詩を書いた人には、どんな思いがあったのだろうね」。子どもたちはみんな「詩」が面白いと言うという。こんな授業を受けて落ちこぼれるのは大層難しいことだろうなと思った。幼いときにこんな先生に出会えた子どもたちの幸運を思う。
正午に出会って、夜の八時に京都駅で別れた。瞬時のような気がした。それから今に至るまで、私の頭のなかを、「億劫相別れて、須臾も離れず、尽日相対して刹那も対せず」という言葉が駆け巡っている。私は一体だれと会っていたのだろう。
かつてスティーブン・アンティノフ氏が「内なる深淵に呑まれて」(禅文化148号・150号)という優れたエッセイを書いた。
わが「友」は、そこに登場する「片岡さん」である。

10月4日、晴れ渡る空のもと、名水汲み上げの儀に始まった毎年恒例の宇治茶まつり。
今年は最も尊敬する茶人、堀内宗心宗匠がお献茶をされるとの事ででかけてきました。
この宇治茶まつり、中国から茶の種を持ち帰った栄西禅師(ようさいぜんじ)と、栂尾でその茶の種を栽培した明恵上人(みょうえしょうにん)、そして千利休の3人の茶祖・茶道の先覚者の霊を祀り、茶を献じます。また併せて、茶の史跡保存と宇治茶の振興を図るために、毎年10月上旬に宇治橋周辺で行なわれるお祭です。


秋晴れの気持ちよいとある日、季刊誌『禅文化』の記事、-吾が師を語る-の取材で、愛知県一宮市にある妙興僧堂を訪れました。
稲垣宗久老師の師である、河野宗寛老師や挟間宗義老師について、お話を伺ってきました。
稲垣老師の飾らないお人柄、お話に魅了され、じんわり感動がひろがり、「あぁ……、師匠と弟子とは本当に本当に良いものだなぁ」などと、しみじみ思いながらお話を拝聴していると、目頭も熱くなりました。
私にも師と慕う心から尊敬する人がいますが、師と仰ぐ人を失った時の事について、御自らも師匠2人をお見送りされた経験から伺ったところ、「師匠を失ったらどうしたらいいか?じゃあこうしなさい、ああしたらいいですよとアドバイスをしてもそんなものは何の役にもたちませんよ。その時あなたが受け止める感情とか思いを、他の何かが引き受けるというような事はないですよ」と、強い大きな声で言われ、ハッとしました。
こうなったらどうしよう、ああなったらどうしようと先の事に対する不安を思いめぐらしていても致し方ない。今を精一杯生きる、自己をみつめ真摯に生きていく事を教わった有難い一日でした。
前回の山川宗玄老師につづき、大変興味深い素晴らしい記事になる事間違いなしです。
愛知一宮・妙興僧堂、稲垣宗久老師による、『吾が師を語る――河野宗寛老師と挟間宗義老師』は、来年1月発売の季刊誌『禅文化』215号に掲載予定です。


【第94回 大蔵会】
*どなたでも無料でご参加いただけます。ご来場お待ち申し上げております。
平成21年9月24日(木)
於:花園大学
法供養/午後1時より
記念講演/午後1時30分より
演題:『超仏越祖』ということ
講師:西村惠信(花園大学前学長・禅文化研究所所長)
展観/「臨済の学僧・無著道忠の世界」(この日1日のみ/於:花園大学歴史博物館)
問い合わせ先/花園大学総務課 TEL075-811-5181
本ブログで、愚堂東寔書「雲門云関」という記事を書いたのは、今年(2009)4月24日のことだった。
それからちょうど3ヶ月して、研究所の私に一本の電話がかかってきた。
それは、インターネット検索していて、たまたま上記ブログをみつけたというある方からの電話だった。
「その軸はうちにございます」というものだった。私は声がうわずるほど興奮した。
まずは先のブログを読んで頂きたいのだが、その後、できる限りの手を尽くしてツテをたどったが、結局どれも行き詰まってしまい、あとは、いつか、このブログを誰かが見つけてくれたら幸いだと思って、最後の布石として書いたのだった。
そしてこの電話である。
所蔵者は京都市内のとある骨董商、意外にも近くにあったのだ。撮影許可のお願いをしたところ、主旨もご理解いただきご快諾いただけた。
そこで先日、都合をつけていただき、写真撮影に寄せていただいた次第。それが下記の写真である。
愚堂禅師の墨蹟撮影に東京へ出張した。
東京は関東大震災と太平洋戦争での大空襲におそわれて消失した寺院が多く、古くからの資料が残るところは少ないようだ。
今回撮影にいった墨蹟も、おそらく戦後に買い求められて所蔵されているものだと思われる。
「莫外求」(外に求むること莫かれ)、横物三文字である。愚堂禅師の墨蹟の中では他に見た事が無い。そもそも愚堂禅師の書で、このように3文字の禅語が書かれているものは稀少である。
書き方も面白い。「外」の縦棒はうねうねと書かれ、「求」の右側の払いの二画は×のように交差して書かれている。
出典は、臨済禅師の言葉で、「你要與祖佛不別、但莫外求」であろう。臨済録の示衆に出る。
この部分、山田無文老師の『臨済録』から引用してみよう。
你、祖仏と別ならざんと要せば、但だ外に求むること莫かれ
釈迦、達磨と少しも変わらない真の世界、法身の世界、永遠の仏になろうと思うならば、永遠の命が欲しいと思うのならば、神仏とともに永遠に生きようと思うのならば、自分の外に仏や涅槃という結構なものがあるなぞと思うな。自分の外に永遠のものがあるとするならば、自分とその世界とが対立であるから、それは永遠のものではない。人間の外に神さまがあるというのならば、神も人間と対立だ。絶対ではない。外に神仏を求めてはいかん。(山田無文著『臨済録』)
いつも、無い物ねだりして、よそに求めている我が身には、きつい大きな一言である。

来たる平成26年の“建仁寺開山栄西禅師800年大遠忌”にむけて、研究所でも遠忌事業の一環として、書籍の発刊など、建仁寺さんからの依頼にてお仕事をさせていただいております。
栄西(ようさい)禅師といえば、中国より茶の種を持ち帰り、広く一般に喫茶の習慣が広められるきっかけを作られた方として茶祖と崇められますが、禅師による『興禅護国論』の序文の内容の格調の高さはもちろんいうまでもなく、日本語の美しさをも気付かせてくれます。私の中では、紀貫之の『古今和歌集』の
やまとうたは、人の心を種として、よろずの言の葉とぞなれりける。
世の中にある人、ことわざしげきものなれば、心に思うこと見るもの聞くものにつけて言い出だせるなり。花に鳴くうぐいす、水にすむかはづの声をきけば、生きとし生けるもの、いづれか歌をよまざりける。
-『古今和歌集』仮名序 より-
と並んで大好きな一文です。
大いなる哉、心(しん)や天の高きは極む可(べ)からず、しかも心は天の上に出づ。
地の厚きは測る可からず、しかも心は地の下に出づ。
日月の光はこゆ可からず、しかも心は、日月光明の表に出づ。
大千沙界(だいせんしゃかい)は窮むべからず、しかも心は大千沙界の外に出づ。
それ太虚(たいこ)か、それ元気か、心は則ち太虚を包んで、元気を孕(はら)むものなり。
天地は我れを待って覆載(ふさい)し、日月は我れを待って運行し、四時は我れを待って変化し、万物は我れを待って発生す。
大なる哉、心や。
-『興禅護国論』序 より-

幕末から明治維新、そして廃仏毀釈の激動の時代に、命がけで禅の法灯を紡いでこられた宗匠方の記録が新版で復活(7月17日発売予定)です。一昔前の禅僧、居士の気概とはこういったものであったのか…と、現代日本人が教えられる事が多々あります。
ご予約はこちらからどうぞ。
【もくじ】
明治時代の禅宗/荻須純道
越渓守謙 妙心寺僧堂開単の記/木村静雄
潭海玄昌 虎渓僧堂の開単者/古田紹欽
洪川宗温 近世禅界の一大学者/古田紹欽
独園承珠 廃仏毀釈に抗した護法者/荻須純道
滴水宜牧 滴水禅師と龍淵禅師/平田精耕
南隠全愚 白山道場の開単者/小池心叟
山岡鉄舟 禅者であると同時に類い稀な外護者/大森曹玄
禾山玄皷 禾山玄皷禅師衲覩/秋月龍珉
鄧州全忠 南天棒老師をたたえる/春見文勝
毒湛匝三 知行合一の第一人者/桜井景雄
龍淵元碩 陰徳の禅者/大森曹玄
黙雷宗淵 建仁寺の黙雷禅師/伊藤東慎
洞宗令聡 愚鈍の系譜―洞宗令聡とその周辺/加藤正俊
洪嶽宗演 楞伽窟老師の思い出/朝比奈宗源
宗演禅師の生涯 井上禅定
独山玄義 独山和尚の足あと/吹田独秀
法 系 図
あとがき

研究所で働くようになって、「おぉっ、さすが!このようなものを使っているとは!」と感心したのが、この十牛図便箋です。
個人的にもかなり気に入っています。京都の“自休菴”さんのもので、臨黄ネットのお買い物サイトにてご購入が可能です。
ちなみに我が家では、何人かで抹茶とお菓子をいただく際には、同じく自休菴さんの杉板十牛図焼印の銘々皿を使っています。裏返しにし、客人や家族と好きなものを引き、あとで付属の十牛図冊子を皆の前で読み、それぞれに「あぁ、まさに今の私の事だぁ、まだまだ修行が足りない!」、「お、最近頑張っているせいか8番目が来た?!」など、歓声があがり、かなり盛り上がります。
お茶とお菓子をいただく前に、話題に彩りを添えてくれます。


十年ほど前にとある篤信家の方から、自坊の前庭に寄進いただいた石である。表面には、"雲門云「関(かん)」 愚堂"と書かれている。とても力強い書である。
雲門というのは、雲門文偃(うんもんぶんえん)禅師(864~949)という中国唐代の禅僧で雲門宗の祖、有名な「日々是好日」という言葉も雲門の語である。
ここに書かれている語は、『碧巌録』第8則の本則にも出る難解な公案で、翠巌和尚が解制の日の説法で発した問いに対して、保福と長慶と雲門の三人の傑僧が答えた。その時の雲門禅師の答えが「関」であった。
内容については、碧巌録の解説書を紐解いていただくこととして、この公案はあの大灯国師も関山国師も3年間も取り組まれたといわれる難解なものだとか。
これを書かれた愚堂というのは、愚堂東寔禅師(1577~1661・大円宝鑑国師)である。来年、妙心寺塔頭の聖澤院(しょうたくいん)にて350年遠諱が勤められる。

今年もありがたい事に、3月28日~4月5日まで、別称“鹿ケ谷比丘尼御所”・“谷御所”とも呼ばれる門跡寺院・霊鑑寺(臨済宗南禅寺派)が公開されていました。
ブログでも何度かご紹介しておりますが、春と秋・椿と紅葉の美しい時期に限り1週間ほど特別公開されるのです。公開日程がわかった時点で、ブログや禅文化研究所のメールマガジンでもお知らせしておりますので、是非お心に留めておいていただき、春や秋に京都を訪れる際は、ご参拝なさってみて下さい。
さて、私が毎年こちらを訪れていて思うのは、「不審花開今日春」という禅語です。
表千家不審庵の号もこの語から来ているのですが、幾重にも美しく重なった衣笠(椿の種類)の花びらや、言葉では表現しきれぬ美しい白い色、京都市の天然記念物にもなっている日光・月光椿、黒椿のドラマティックな真紅の蕾、どれをとっても人智を超えたものとしか思えず、じっと見入るにつれ「あぁ、不思議だなぁ。どうしてこのように咲くのか…」と心から思い、人間のわかる事なんて微々たるものだ、おごってはいけないな…と思い知るのです。
道端に咲くたんぽぽを見てもそう思うべきですがなかなかそうもいかず、いつもこちらの椿を見に行くと心新たに気づかされるのです。


禅文化研究所は、臨済宗黄檗宗連合各派合議所(臨黄合議所)の事務局も兼ねています。
ですから、禅文化研究所のお仕事と、臨済宗黄檗宗関連のお仕事、どちらもさせていただいております。
本日(3/30)、臨黄ネットの広報活動として拝観寺院や美術館博物館でお配りしている“栞いろは歌”を納品する為、京都のいくつかの本山にでかけていました。
平日とはいえ春休み、そしてこの陽気のおかげで桜も種類によっては満開!という事で、京都中観光客でにぎわっていました。
おでかけの際のご参考までに、本山で撮った写真等をご紹介。
これは禅語かるた「だるま」というものである。
花園大学の旧・禅的教育研究所(H14~H19)の事業として、同研究所の編集委員によって100の禅語を選定され、かるたにされたものである。
昨年(2008)の10月15日(達磨忌の日)、芸臺幡(うんだいばん)から発売された。
私も少し出遅れたのだが、お正月に欲しいと思って、昨年末に注文をした。ところが、届いたのは2月の上旬。
というのも、この禅語かるた、上記の業者が、一枚一枚を手作りしているもので、受注から納品まで2ヶ月ほどを要するとのこと。だから、できあがりは御覧の通りで、すばらしい。
絵札は、仏教漫画家の臂美恵さんが描いたものである。
実はこの芸臺幡という業者は、禅文化研究所ともご縁が深く、特別事業・白隠禅師自筆刻本集成の製本を行なったのも、この会社である。
かるたとして遊ぶより、ちょっとした飾り物にもなりそうなぐらいの代物である。
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禅語かるた「だるま」通常セット 1セット 6,300円(税込み、送料別)
禅語かるた「だるま」桐箱入り 1セット12,000円(税込み、送料別)
ご注文は、(株)芸臺幡(うんだいばん) 電話:075-873-2750 FAX:075-873-2751まで

昔、中国の禅僧たちは真実の自分を求めて修行することを、「一頭の水牯牛(すいこぎゅう)を飼う」と言ったのです。
自分のなかに具わっている尊い仏性(ぶっしょう)を「牛」としてよく飼い慣らし、立派な人間になろうとしたのです。
これを「牧牛」とか「養牛」とかいうわけですが、誰でも「自分」という牛は、我欲が強くてなかなか仏さまのようにならないのは困ったものです。
しかしこれをうまくセルフ・コントロールできれば、この迷いだらけの自分でも、けっこう人に愛される仏さんのような「白牛」(びゃくご・熟した人間)になれるのですね。
皆さん、今年こそひとつ骨折って自分の牛飼いに励んでみようではありませんか。
禅文化研究所所長 西村惠信
『十牛図-もうひとつの読み方-』西村惠信著
『十牛図-禅の悟りにいたる十のプロセス』山田無文著
『How To Practice ZAZEN』(十牛図の英訳あり)

秋期展のテーマ『伝道布教最後の旅・・新黄檗の開立・・』にちなんだ講演会にて、弊所職員の能仁晃道が講演をさせていただきます。
秋の宇治を訪れる方は、是非黄檗宗本山、萬福寺に是非お立ち寄り下さい。
演題:『明僧渡来と本朝臨済禅の覚醒』
講師:兵庫松谷寺住職、禅文化研究所所員 能仁晃道禅師
日時:11月9日(日)午後2時より
場所: 黄龍閣別館 真空の間 受講料無料。参加自由ですが、電話予約が必要です。
※ただし、入山料と文華殿入館料(200円)が必要。
●萬福寺文華殿 TEL:0774-33-1199(専用)
禅宗の修行僧のことを「雲水(うんすい)」という。
もとは「行雲流水(こううんりゅうすい)」ということで、ひとところに留まらず、自由なさまをいう。つまり雲水は、一所不住で、諸方におられる禅匠をたずねて行脚するものなのである。
実際、唐代や宋代の禅僧の伝記をみても、修行中にはそれはそれは途方もなく遠い距離を行き来して行脚されているし、日本でも白隠禅師でさえ、北は新潟から南は愛媛まで、諸方の禅匠に参じている。
ところが現在というと、多くの雲水は、ある一僧堂で一人の老師について修行するというのが、あたりまえのようになってしまっている。
よく、「禅の修行は厳しいですね」と言われる。もちろん厳しいが、師を求め諸国を行脚する本来の雲水としての修行はもっと厳しかったであろう。

関東の盂蘭盆は7月だそうですが、ここ関西は8月盆ですから、愈々これからが本番です。炎天下、境内の墓地に出てお経を読まされるときなど、いったい誰がこんな暑いときをお盆に決めたんだと、秘かに恨めしくなります。しかし、お寺にやってくる人たちの顔ぶれが、いつもと違ってなんとなく華やいでいるのを見ると、こちらも汗を拭き拭き頑張らなければ、という気になります。
ここ滋賀の田舎では、昔からお盆になると、都会で暮らしている人たちが、家族を引き連れて故郷へ帰ってきます。するとお寺が一変して、昔馴染みの社交場と化すのは不思議な夏の風景です。それを見ると寺の和尚や寺庭の者も、今更のように日本仏教の健在を実感し、得も言われぬ充実感に満たされたりするのです。
誰かの句に、-墓拝む 人の後ろを 通りけり-というのがあります。今年もお盆を迎え、普段はすっかりご無沙汰していた亡き人たちへのお詫びにと、花や線香を持ってお墓へやってくると、もう既にみんなが墓を洗ってお供えを済ませ、一心にお経を唱えています。その邪魔にならないように、そっと後ろを通らせて頂く、という状景ですね。
私はそこに、日本人としての、言葉に表せない共感が詠われているように思います。仏教が難しい教理や厳かな儀式によってではなく、このような深く素朴な民俗信仰に支えられて伝えられてきたものだということを、今年もまたこうして私は実感させていただくのです。そういうお盆に会うのももうあと何回か、などとわが命を惜しみながら。
禅文化研究所所長 西村惠信
*研究所は、明日8月9日より17日までお休みをいただきます(ブログもお休みさせていただきます)。
お問い合わせや、書籍などをご注文いただきました方には御迷惑をおかけいたしますが、どうか宜しくお願い申し上げます。
平安時代、女性は罪深いものとされ、救済への道を閉ざされていた。女身は「垢穢」であり、一たび男性になってから成仏できるという『法華経』の「変成男子」は有名である。
自身の仏道修行への道を閉ざされた平安貴族の女性たちにとっての代替措置の一つに、息子を僧侶にするというのがあった。立派な高僧となった息子を媒介として自身も救済に預かろうとしたのである。
だから、彼女たちは、大変な教育ママであった。その典型、恵心僧都源信の母は「賢母」として有名だ。『今昔物語集』などによると、次のような人物であった。
幼くしてやんごとなき学生となった源信は、大后の御八講に召されて賜り物を受けた。その一部を故郷大和の母のもとに送ったところ、母は
「…名僧にて花やかにあるきたまはむは、本意に違うことなり。」
と戒めた。母の誡励をありがたく受け取った源信は、比叡山を下ることなく修行に励んだ。
そして年月が過ぎ、源信のもとへ、母危篤との知らせが舞い込んだ。何とか親の死に目に間に合った源信の導きによって母は念仏を唱え、息子に見守られながら安らかに浄土へと旅立った。
このような「女」の願いは、自らが達成できなかった宗教的願望を、息子に投影し補償させているにすぎないとも言えよう。フェミニズムの立場からも、このような母親像は当然批判の対象とされている。
しかし、立派な高僧に成長した息子に臨終の引導を渡してもらい、その腕の中でやすらかに息を引き取る、そんな理想には、子を持つ「母」としての偽りのない喜びが隠されていることも否定できない事実ではなかろうか。
生きることは 一筋がよし 寒椿
という句を、東海大光管長が好んでいると言われているためだ。
一旦、自分がこれと決めたら、とにもかくにも一心不乱で突き進んでいくことが尊い。見事な俳句である。
東海大光老師のお話からは、この句を好んでおられるのがよくわかる力強い気迫が伝わってくる。在家から小僧になり、迷うことなく真っ直ぐに突き進んできた結果が今の自分になっているとおっしゃっている。
現在、大本山妙心寺は、平成21年の開山無相大師650年の遠諱に向けて全国からの参拝法要も多く、また各地へ赴いてのご親化もあり、管長として多忙な毎日であろうと思うが、その中のわずかな閑を見つけては、陶芸や山登りといった本格的な趣味も楽しまれている。

松島の瑞巌寺での白隠墨跡展とフォーラムのご案内です。
詳しくは画像をクリックして下さい。
ちなみに、講演をされる芳澤勝弘氏は、現在、花園大学国際禅学研究所教授ですが、以前は、禅文化研究所の編集主幹で、私たちの上司でした。
したがって、「白隠禅師法語全集」は、編集主幹時代の成果です。

上田閑照先生の新刊書『言葉』(岩波現代文庫・哲学コレクションⅢ)。謹呈の栞に、「言葉の問題」は私の思想の動脈であったことに気がつきました、御大切に、と御書き添えくださった。
「御大切に」という先生の「言葉」が、ほんとうにありがたい。先生のあたたかさが静かに心にひろがって、ご本を頂戴した日は、雪が降りしきっていたけれど、一日中あたたかだった。今もご本を手に取ると、なおあたたかい。おそらく先生は、書を認められるとき、「御大切に」という言葉をお書きになるだろう。しかし先生が私にくださった「御大切に」は、たったひとり私のためにお書きいただいた唯一無二の「御大切に」で、天地一杯の「言葉」だ。そのことが何やかやと心騒がしい日を送る私に底知れぬ勇気を与えてくれる。
本書で、上田先生は、西谷啓治先生の「言葉」を次のように記しておられる。
――西谷啓治先生のもとで私は哲学を学び始め、先生が生涯の師となった。四十代半ば、その二、三年来の経験に打ちひしがれて、先生に「すべてがいやになりました」と訴えたとき、一呼吸、間をおいて先生は言われた、「それはいいことだ」と。これはその弟子の存在を別調に転ずる一転語になった。――

一連の管長老師の収録(禅文化研究所より、この春にDVD発売予定!)で、相国寺を訪れました(1/27)。
この日は朝から雪。家を出る時から、「雪降る寺の美しさはいかばかりか…」と、寒いながらも心は暖かく楽しみにでかけました。
静かな境内で、音もなく空から舞い降りる雪。高くそびえ立つ法堂。
桜や紅葉の気候の良い時ばかりではなく、多くの人にこの寒い凛とした空気の京都も味わって欲しい気持ちでいっぱいになりました。
観光客誘致の為、冬の京都では非公開寺院の特別拝観を行なっていますが、これは観光客にとっても本当に良い機会だと思えます。
どちらかというと、寒い冬には人の気持ちは内にこもりがちかもしれません。ですが、そんな時にこそ、さらに自分を見つめるべく、静かな所を訪れてみるのはいかがでしょうか。
撮影のあった、大光明寺の門前。撮影風景などのレポートは、明日明後日とアップさせていただく予定です。
以前にもご案内申し上げましたが、年も暮れてきたところで再度ご紹介を。
2008年の研究所発行禅語カレンダーです。
お値段も手ごろですので、年末年始のご挨拶・贈り物と一緒にいかがでしょうか。

今年は、天龍寺第7代管長、また天龍寺僧堂師家として多くの雲水の指導にあたられた関精拙老師(1877-1945)の画より選りすぐりの12枚。
毎月、精拙老師の画や賛と、それにあわせた禅のことばを楽しんでいただけます。
50部以上、100部以上のお申し込みにつきましては、1部あたりの価格も割引き価格となり、50部以上からは、カレンダー下部に寺名や社名などの刷込み印刷も承ります(100部以上なら刷込み無料)。
詳しくはこちらから
【表紙・ねずみに乗った大黒天】
手に持てる 打ち出の小槌 振り回し
何を出すやら 大黒の天
布袋頭、解開し了わり
十方世界、蕩蕩として辺無し
禅文化研究所・西村惠信所長が出演しました番組が、再放送されます。
早朝の放映となりますが、早起きは三文の徳! 是非ご高覧下さい。
9月23日(日) AM5:00~6:00
NHK教育テレビ
こころの時代~宗教・人生「自己を究める~一休の生涯から~」

戒名に使用される「居士」という尊称。
本来は在家でありながら仏道に精進する男性を称する語でした。
仏教で使う居士の語は、サンスクリットの「グリハパティ」、すなわち「家の主人・家長」の訳語ですが、特にインドの四姓の中のヴァイシャ階級の資産家を呼ぶときに使用されたようです。ヴァイシャは商工業に従事し、仏教を信奉する富豪も多くいました。
『祖庭事苑』という禅籍には、居士と呼ばれるための四つの条件が挙げられています。
およそ四徳を具するものを、すなわち居士と称す。
一には仕宦(官)を求めず。……役人ではない
二には寡欲にして徳を蘊(つ)む。……欲をもとめず功徳にはげむ
三には財に居して大いに富む。……大金持ちである
四には道を守ってみずから悟る。……仏道に精進する
居士になるのも並大抵のことではなかったようです。今となっては単なる理想像かもしれません。

研究所では、春夏秋冬と、年に4回(1,4,7,10月の25日)季刊誌を発行している。
僧侶をはじめ、研究者、禅に興味ある在家の方など、読者は様々だ。
その内容も多岐に亘り、語録の解説もあれば、禅の美術について、また読みやすいエッセイや掛軸拝見、日本達磨伝説、チベット紀行文、和尚さんの身体講座なども。
表紙はいつも編集者が吟味に吟味を重ね、良い画を探して決めている。むろん、その解説付。
次号では、教育に関しての記事も掲載する予定だ。
禅に関心をお持ちの方は、バックナンバーのもくじを一度ご覧下さい。
木登りの上手な猿も滑りそうな木だから「さるすべり」と呼ばれる百日紅。
また百日間ほど花を紅の花を咲かせることから、この「百日紅」と書かれるのであろう。
猿が上るほど大きな木ではないが、自坊にも5本ほどの紅白とりまぜた百日紅があり、今年もお盆が近づいた今頃から、きれいに花をさかせはじめた。

百日紅について、弊所の季刊誌『禅文化』85号(昭和52年夏発行)に、歌人の松本仁さんが書かれた「わが花物語 百日紅」という文章があるので、以下に全文を転載しておこう。

仏教、禅のことを勉強したい。
禅ってなに? 仏教って? 信仰って?
本を読んでみたいけど何から読めば・・・。
なんとなぁく、仏教、あるいは禅のことに触れてみたいな・・・と思われた時、その時の行動が後々自分の行く末や考え方、人生を変えるきっかけになるかもしれません。
ですが、自分が何から手をつけたらいいかわからない・・・。
そんな時はまず、無文老師のことばを読んでみて下さい。
“良いもの”に出会って下さい。
「第一歩」として、研究所HPの「読む」の欄には、無文老師のお話を掲載しています。
非常にわかりやすく物事の真理をお話し下さるため、力強いことばながらもとても優しく暖かく、読み進めやすく、心にじーんと響きます。是非。
こちらからどうぞ
>無文老師のことば
「わたくしは坐禅をするようになってから、坐禅こそ真のいのりであると思うようになった。絶対者の前に正しく自己をすわらせること・・・」
「甘いものを食べすぎると虫歯になるように、甘い教育を受けて育った人間は、精神的に虫ばまれてしまいます・・・」
「われわれの人生も永遠に途中であって、もうこれでいいという終点はないと思います。お互いの人格も、いかに修行をしてみても、もうこれでいいという終点はないでしょう」
「何もすることがないという人間などございません。人間は死ぬまで何かができる、何かを作っていかねばならん」

じつは、よくお尋ねになる方もおられますが、我が臨済宗・黄檗宗には総本山というものはありません。
臨済宗には大本山が14、黄檗宗には1つあり、あわせて15の本山があります。
しかしどこも同じ臨済禅の本山であり、修行僧(雲水)は別の本山の下にある道場においても修行することが認められていますし、各地方では、本山の異なるお寺同士でも密接におつき合いがあるということも少なくありません。
そこで、これらの本山の横の連携、つながりを持つ為に構成されているのがこの臨黄合議所なのです。
各本山についてはこちらから
>臨済宗・黄檗宗本山
この、臨黄合議所の公式HPを、-臨黄ネット-といいます。いわば、臨済禅の公式サイトです。
禅宗寺院を訪れる皆様に、より広くこのサイトをお知りいただきたい、また、拝観した寺院にて、建物や庭の他に、より禅というものに触れていただきたいという思いから、各派本山と一部拝観寺院において、拝観された皆様に小さな栞をお配りしております。
この栞、一昨年の秋には「いろはにほへと ちりぬるを」の12種類であったものが、さらに「わかよたれそ つねならむ う」の12種類が加わり、全24種類となりました。
栞の裏には、それぞれの頭文字から始まる禅語とその説明が書かれています。
特に外国の方には珍しい写真が多いようで、わざわざこれが配られている事を目当てにお寺に訪れる方もいらっしゃるほどだそうです。
全て集めると、24種類の写真つきの禅語集のようになりますよ!
*この栞の写真は、写真家、水野克比古さん・水野歌夕さん・田口節さんらによるものです。
詳細についてはこちら。
>栞いろは歌「禅のことをもっと…」

6月。食中毒対策からも、清潔が一層要求される季節となりました。
さて、玄関とトイレを見れば、その家庭のすべてが分かると言われます。玄関ももちろんそうですが、トイレ掃除の行き届いていない家は、内面生活も荒廃しているのではないかと疑ってしまいます。
古い清規(禅寺の規則)によると、禅院でトイレ掃除をする役職を浄頭と言います。東司(トイレ)を掃除し、水や洗剤、布などを用意し、修行者たちに気持ちよく使ってもらうための大切な役目です。
『禅苑清規』は、
浄頭は、行人の甚だ難(かた)しとする所、当人の甚だ悪(にく)むところなり。謂(い)っつべし、罪として滅せざるは無く、罪として愈(い)えざるは無く、福として生ぜざるは無し。同袍、手を拱(こまね)いて厠に上る。寧んぞ慚愧の心無からんや。
と、皆の嫌がる仕事だからこそ、功徳も多いのだと力説しています。
この文を読んで、浜口国雄さんの「便所掃除」という詩を思い出しました。

「人間が死んだら霊がどうなる」とか、「魂がどうなる」とか、そういうことが問題にされるのですが、仏法では問題にしないのだ。死んでからの霊というものを問題にしないと同時に、生きておるうちから霊というものは問題にしない。我というものは問題にしないのだ。何を問題にするかというと、全宇宙をことごとく我と直観のできないうちは迷いだという。客観の世界がそのまま我だ。主観と客観のない世界が分からないうちは、ことごとくが迷いである。自我というものも迷いである。死んでからの霊どころではない、生きておるうちから自我にとらわれたものの見方、ものの考え方は全部迷いだ。自我が取れて、主観と客観とが一枚だという世界が分からんことには仏は分からん。真実の自己は分からん。
(『無文全集』第九巻p617より)

多くの宗教というものがご利益というものを教えるのであるが、禅宗はそういうことを言わんのが建前である。自分の外にある神さまを拝んで、そのご利益をいただく、人間はそういう力のない奴隷的なもののごとくに、多くの宗教は教えるのであるが、そうではない。めいめいの中に神さまがあり、仏のあることが分かるならば、「能く千災を滅する」のだ。災難などは自然になくなってしまう。滅しようと思わんでも自然になくなるのである。心空王が分かるならば、心が空になるならば、災難は自然になくなる。
親鸞聖人も『歎異抄』の中で「念仏者は無碍の一道なり」と言うておられる。念仏を唱えておったら災難は自然になくなるのだ。頼んでなくなるのではない。念仏を唱えておったら、悪事や災難は自然に退散していくのだ。何も思わん者には敵はない。何も思わなければ、災難が向こうから避けていく。赤子のように無心であれば、千災はおのずから避けられるのである。
臨済禅師も言うておられる。「殊勝を求めんと要せざれども、殊勝自ずから至る」と。人間、生きておる間は、どうしてもいろいろないいことを求める。やっぱり生活も楽な方がよろしい。家庭も円満な方がよろしい。病気もせん方がよろしい。学問をする方は学問を成就したい。字や絵を書く方は早く立派なものが書きたい。商売をする方は成功したい。そのように、皆な願うことを持っておるが、その殊勝、何かいいことを頼んで求めては駄目だ、と。何かをあてにしたら、越中褌と何やらは向こうからはずれてくるのだ。正念相続し、真っ直ぐな心で生きていくならば、無心であるならば、「万徳を成就す」だ。おのずから体も健康になり、食べる物にも不自由せん。商売も繁盛し、学問も芸術も成就してくるのである、と。
「衣を思えば羅綺千重、食を思えば百味具足し、更に横病無し」と臨済禅師は言われた。本当に禅が分かり、本当に心が空になるならば、着物を着たいと思ったら、薄物でも羽二重でも、欲しいものはいつでも手に入る。「食を思えば百味具足す」、食べたいと思えば、どんなご馳走でも食べられる。「更に横病無し」、交通事故で死んだり、野垂れ死にするようなことは決してないと、臨済禅師も保証しておられる。
(『無文全集』第九巻p386~387より)