カテゴリー:「4.スタッフ便り」


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ガーデニング




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2月とは思えないとても暖かな休日、自宅の門柱の下に花を植えることにしました。
さっそくホームセンターでお気に入りの花を選び、帰宅してすぐにガーデニングに取りかかります。
今回植えた花は左から、桜草、ヘリクリサム コルマ、カーネーション、クモマグサ、花かんざし、スズランエリカです。
花を植え終わったら次は観賞タイムです。綺麗に咲く花に心が和みます。
この日はとても天気が良く、気持ちの良い作業が出来ました。
翌日から毎朝、花の様子はどうかなと確認する楽しみが一つ増えました。

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安産祈願 -京都・わら天神-




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私事ながら、妻の妊娠5ヶ月目の戌の日に、京都の「わら天神」へ行ってきました。
「わら天神」とは通称で、正式名称は「敷地神社」といい、安産のご利益で有名な神社です。
この日もたくさんの参拝者で賑わっていました。

授与所の前には、夫婦や親子で来られている妊婦さんの行列が出来ていました。
私たちも列に加わり、安産祈願の腹帯をいただきました。

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"THIS IS IT" マイケル・ジャクソンとアラン・ワッツ




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今やロードショーは終わり、一部で追加上演となってしまっている映画だが、やっと、マイケル・ジャクソンの "THIS IS IT" を観ることができた。
彼の音楽はラジオなどでよく耳にはしていたが、実のところ、CDを買ったりというほどのファンでもなかった。
しかし、予定されていた久しぶりの大会場での公演の目前に、あまりにも突然で謎めいた死をとげたことがニュースで報道され、そして、公演のリハーサル模様の映像を収めた "THIS IS IT" というドキュメンタリー映画が上映されると聞いて、是非観てみたいと思っていたのだ。

映画には予想以上にいたく感動した。ドキュメンタリーなのでとてもリアリティがあり、彼の音楽性がコンサートに向けてどうやって実現されていくのかが、事細かに記録されていたため、私が今まで感じていたマイケル・ジャクソンに対するイメージが一新したのだ。
彼はセールスのおかげでものすごい資産家となり、湯水のようにお金を使い、ネバーランドという夢の国のような家を持ち、整形を繰り返していたアーティストであったから、どちらかというと、遠い世界の人で共感するようなことがなかったのだ。
しかし、映画でみたマイケルは、自分の意志をとても繊細に丁寧にスタッフに伝え、そしてスタッフに気を配り、いいものを作り上げていくという真摯な姿勢であって、とてもすばらしいと思った。
そして、彼が訴えたかったのは、「今すぐ地球を救わなければ」ということだった。エンディングロールが終わって後に、さらにそのメッセージが繰り返されていた。人類愛に満ちた人だったのだと思った。

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占い

占星術研究家の鏡リュウジさんは「占いは迷信」だと言う、「星の動きが人の人生を決めているわけがない。……星のサイクルで、この辺がこの人の転機だというのはだいたいわかる。でも何がどうくるかはわからないです」。

人生何が起こるかだれにもわからないなら、やはり自分の人生について、占い師さんのアドヴァイスに依存するのはあまり意味がないかもしれない。私など結構「感」の強いほうなので、人よりちょっと何か見えてしまったりすることもあるが、よーく考えれば、それがどうしたということだと思う。AとBの岐路に立ったとき、占いによってAを選んだとか、占い師の勧めで「……座」の人と付き合ったなどと挙げればきりがないほど、若い人も占いに左右されているようだが、占いでよい結果が出たと思ったら、依存度はますます高まるし、うまくゆかないと思ってしまったら恨みだけが残る。あげくの果てに、「生あるものはすべて死ぬ」という現象はいかんともしがたいなら、どう選んだところで、結局は五十歩百歩ではないかと思うのだ。

「占い師さんの言に従ったおかげで、300歳になる今も元気で働いている」というような人に出会えたら、「おっ、占いも結構いいかも」と思えるもしれないが、平均寿命までタラリと生きて、病を得て死んでいくというおそらくは人生最大の幸運は、占いなどとは無関係に、手に入る人には案外手に入るものではないか。

鏡さんは言う、「人は、完全なランダムには耐えられない。人生のすべての凹凸に、一つひとつ対処していたら身がもたないから。だから、ある種のパターンや物語を見いだして、人生を意味あるものとして生きようとする。そこに占いの本質があると思うんです」。

お釈迦さまは、「人は生まれて老いて病いを得て死ぬ」と言った。これは見事なパターンだし、これほど簡潔で嘘のない物語もない。究極の占いと言っていいかもしれない。私たちはみな多少の時間の長短はあっても、この物語を間違いなく展開できるという恵まれた命を生きている。それさえ確実なら、鏡さんの言うように、人生の凹凸を一つひとつ占ってもらっても、得るところは案外少ないかもしれないのだ。

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加藤登紀子さん

昨年末、加藤さんの「ほろ酔いコンサート」に行ってきた。
満席の老若男女が結構ノッていたので驚いた。今回のテーマは「1968」。
この年に格別の思いを持たない若い人もノッていた。新しい曲の披露は極めて少なかったが、なにか新しい感じがした。'68の回顧ではなく、今の「1968」を加藤さんは歌っていたと思う。「新」しさはそこからきていたのかもしれない。

加藤さんを聴いていて、ふと、オノ・ヨーコさんを思いだし、平塚らいてうさんのことを想った。三人はどこか似ている。三人とも、時代よりちょっと早く、「当たり前」のことを当たり前に言い、行動した。三人は信じられないほどスマートだが、鋭利な刃物といった感じはない。その思考は身体全体で生み出されているようだ。極めて自然に母性を受け入れ、子をなした彼女たちは、その点ですでに、私の大好きなシモーヌ・ド・ボーヴォワールを凌駕しているのかもしれない。

出生率が低下の一途をたどる状況に、「……家庭や子育て、親子とかに対してすごく自由な感性が生まれてこなきゃいけないと思うの。おまえ、結婚しなくても子供つくってこいよというぐらいに。それが日本の社会の新しい課題だなと思うんですよ」と加藤登紀子はごく自然にコメントしている。

彼女たちは、あの類まれな知性にも関わらず、大らかで太陽のような「女性性」を揺らぐことなく堅持した。権力にNOと言い続けるときでさえ、彼女たちは非合法の眼差しと無縁であり、何かしらユーモアもあった。「女が男に負けるわけがないじゃない、だってオッパイがあるのですもの」とオノ・ヨーコは言ってのけた。

彼女たちは夫にとって妻であると同時に「グレイト・マザー」だったが、権勢をふるい、支配するもの全てを象徴する元型としての地母神ではない。自他に対する高度な客観性に富むゆえに、「かわいげのない強い女」といったステレオタイプなレッテルを貼る凡庸な者たちもあったが、彼女たちはいつだって遙かな高みにあり、精神の自由を手にしていたように思われる。
海清僧堂の臘八摂心を了え、「もう大丈夫だな」と南天棒に言われた平塚らいてうは、実に淡々と、「(森田草平との心中未遂事件のときから)私はすでに大丈夫だった」と述懐している。

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一年をふり返って




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2009.12.20 群発地震の続く伊豆韮山にて富士山を望む

今年もまもなく終わります。
皆さんにとって、今年はどんな一年だったでしょうか。
また来年はどんな年になるでしょうか。どんな年にしたいでしょうか。

漢字検定協会の恒例の今年の漢字は「新」だったようです。世間を騒がせたせいか、今年はひっそりと発表された感がしましたが……。

さて、今年は大本山妙心寺の開山無相大師の650年遠諱でした。そのテーマは「請う、其の本を務めよ」(こう、そのもとをつとめよ)でした。「新」とは正反対、原点回帰の精神ともいえるでしょう。

350年前にこの無相大師の300年遠諱で妙心寺住持として導師を勤められたのが、愚堂東寔(ぐどうとうしょく)禅師で、遠諱の翌年の秋に遷化されました。
したがって、来年秋には愚堂禅師の350年遠諱の正当ということになります。
禅師の遠諱事務局から依頼をうけた弊所は、その記念事業として、語録『宝鑑録』の訓注と、『愚堂禅師年譜』の訓注、『愚堂国師墨跡集』(仮題)の制作を行なっています。このブログでも何度か、そういった記事を書かせていただきました。

また、来年には、『宗門葛藤集』や『元亨釈書』の訓注版も発売予定です。大部の書籍ですが、禅文化研究所らしい書籍が出せそうです。他にも一般向けの書籍をはじめ、禅の文化財等のデジタルアーカイブ事業の展開や、禅文化研究所のWEBサイトの刷新なども計画しています。

さて、弊所も本日で今年の仕事納め。個人的には、明日から自坊の掃除に忙殺されることでしょう。
皆さんもどうかいい年末、そしていい新年をお迎えください。
また来年お会いしましょう。

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心を癒す音色




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少し前に、ヴァイオリニスト・葉加瀬太郎さんのコンサートを見に行きました。
普段、美しいもの美しいものと、せっせと寺巡りや美術館巡りを繰り返す私ですが、幼い頃から楽器などを習っていたわりに、さほど音楽の世界に興味がありませんでした。
コンサートもお誘いを受けるままにでかけたのですが、生の美しい音色とは、ここまで人をひきつけるものなのか……と久々に心より楽しみ、癒されました。

葉加瀬太郎さんのお人柄の素晴らしさもさることながら、その他のベースやチェロ、ギター、パーカッション、ピアノなどを担当されるメンバーの方達も、見るからに皆個性的で素敵な方々でした。そして、そんな個性が一体となって作り出す音色は、人々の心を打つのも当然で、感動の一夜でした。


……さて後日、色々な事が重なり、小々イライラしていると、テレビから優しい音色が。葉加瀬太郎さんのヴァイオリンでした。すーっと心が穏やかに、優しい気持ちになれるのが自分でも不思議なくらいでした。本当に美しいものとは、どのような分野のものでも、心の栄養になるのですね。

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美しい夕暮れ -和歌山・周参見-




美しい周参見の夕暮れ

先日、三島龍澤寺の心鏡室・鈴木宗忠老師のもとで修行した者の会下会(えかかい)に参加した。平たく言うと、修行道場のOB会といったところ。同じ釜の飯をいただいていた人達が、年に一度こぞって親睦を深めるのだ。
もちろん、自分が在錫(在籍)していたときには既に道場にはおられなかった人達も大勢おられるが、時は違っても、同じ師匠のもとに参じていたわけであるし、また道場の法要などがあると、お手伝いなどに集まるので、顔見知りである。
僧堂という、ある意味閉鎖された特殊な空間の中で、師匠や先輩から叱咤激励されつつ自己研鑚をし、苦労をしたもの同士であるので、私などのように会の中では弱輩もので世代が違っても、まるで仲間のように扱っていただき、とても楽しいひとときを過ごすことができる。

さて、今回の会下会は、和歌山県の白浜より、もうすこし南にある周参見で開かれた。
夕刻に到着すると、お日様が沈む方向が海の方のようなので、宿泊所の前にある海岸へカメラをもって降りてみた。

和歌山県・須佐美港

港にはクルーザーのほかに、長い竿が2本、角のように突き出た漁船がある。これは、ケンケン鰹を捕るためのケンケン船だという。「すさみ」と言えば「ケンケン船」とまでいわれるほど有名になっているとのこと。
道場の先輩が、ケンケン漁の名前の由来を憶測されていたので、帰坊してから由来を探していたら、こちらのページに書いてあった。先輩の憶測はこのなかの一説だから、当たらずとも遠からずだ。

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コスモス

二十年振りに親友に会った。二年前に小学校の教師を退職して、大阪にひとりで暮らしている。京都駅の中央改札口で待ち合わせをした。彼はまるで森のなかに一人でいるように、雑踏の改札口に、しんと佇んでいた。昼食を一緒にした。料理が運ばれてきたとき、彼は、「たった一人で心が餓えていると猛烈な食欲が出てくるものだ」と言った。そう言いながら彼はゆっくりと静かに食べた。貪っているのはむしろ私の方だったので可笑しかった。

どんな生活をしているのか尋ねると、彼はとても簡単に答えた。「朝起きて散歩をして朝食を取り、坐禅をして昼食をとり、坐禅をして夕食を取り、坐禅をして寝る」。一週間に二度ほどスーパーに買い物に行って、レジで「ありがとう」と言う。一週間に二回のありがとう。彼が人に話をするのはそれだけのようだった。会って三十分ほど経ったとき、この二年間でこんなに話をしたのは初めてだ、と彼は言った。

彼は私に、久松真一博士の「基本的公案―どうしてもいけなければどうするか」を、どんなふうに工夫しているかと尋ねた。私は困ってしまった。久しい前から「基本的公案」は棚上げしていた。とりあえず、「定」に入れば、公案はおのずと解けると思っていたのだ。彼はずっと持ち続けているようだった。彼は言った、「貴方に会うことになったとき、困ったなあと思った。ぼくはまったく前に進んでいないから」。私は心のなかで、「前に進んでいないというあなたの〈我(が)〉を私はどうしても捕まえることができない」と思っていた。

彼はとても温かだった。こんな温かさを現成できる人を私はあまり知らない。

以前から、彼が教師としてどれほど卓越していたかを知っていたから、学校のことをいろいろ尋ねてみた。国語の詩の授業。彼は生徒たちに詩を読ませて、「その詩のなかのどんな言葉でもいい、それについて自分が感じたこと、思い出、なんでもいいから書いてごらん」と言うのだそうだ。そうすると、生徒たちはまちがいなく全員、びっくりするほどたくさんのことを書くそうだ。生徒たちは今度はグループに別れて、それぞれが書いたことをみんなでまとめて、グループ毎に報告する。彼はそれからみんなに聞くのだそうだ、「君らにはこの詩から思い浮かぶことがこんなにあった。この詩を書いた人には、どんな思いがあったのだろうね」。子どもたちはみんな「詩」が面白いと言うという。こんな授業を受けて落ちこぼれるのは大層難しいことだろうなと思った。幼いときにこんな先生に出会えた子どもたちの幸運を思う。

正午に出会って、夜の八時に京都駅で別れた。瞬時のような気がした。それから今に至るまで、私の頭のなかを、「億劫相別れて、須臾も離れず、尽日相対して刹那も対せず」という言葉が駆け巡っている。私は一体だれと会っていたのだろう。

かつてスティーブン・アンティノフ氏が「内なる深淵に呑まれて」(禅文化148号・150号)という優れたエッセイを書いた。

わが「友」は、そこに登場する「片岡さん」である。

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伊吹山登山 2

伊吹山登山の目的は、以前、夏に登ったときの花畑の美しさに魅了されたからだった。
ところがじつは、この時期の頂上付近の花畑には、もう花など咲いていなかった。残念。
ただ、登っている途中、折々見ることのできた小さな野花や植物を、ファインダーにおさめてきたので、お見せしたい。

リュウノウギク
リュウノウギク


オオハナウド
オオハナウド


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伊吹山登山 1




伊吹山登山

連休の秋晴の一日、ふと思い立って、滋賀県と岐阜県の県境にある伊吹山(滋賀では最高峰の1377m)を登ってみようという気になった。
前にもブログで伊吹山の花畑を紹介したことがあるが、その時には車でドライブウェイを登ったのだが、今回は、麓から我が足で登ろうというのである。

そもそも、その前日にカーラジオを聞いていたら、伊吹山3合目付近に、ススキ野原が広がっているということをDJが言っていて、ちょっと登って写真を撮ってこようと思ったのがきっかけ。
だが、どうせなら頂上まで登山してみようかと思い、やおらリュックを取り出し、寒さ対策のウインドブレーカーや水・食料を詰め込んでの登山となったのである。

ここは実は25年ほど前の真夏に仲間と登ったことがある。が、そもそも登山自体が久しぶり。ところが、意外にも多くの人が登ろうとしているのである。登山道では、すれ違う人、追い越す人と必ず挨拶する。出逢った人の数だけ「こんにちわ」を言うというのも、普段ではできない感覚だ。

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3合目付近では、確かにススキ野原に出迎えてもらった。真っ青な秋の空に、ぼんやりとお月様も浮かんでいる。

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1時間半もかかっただろうか。やっと5合目に到着した。 この伊吹山は5号目までくらいは比較的なだらかだが、そこから頂上にかけて、斜面がきつくなる。この写真では大してきつくみえないが、なかなかどうして、ここからが大変だ。

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打算




秋の朝露

私の鍼灸師さんがかつて言ったことがある。
「配偶者を決めるとき、電車で足を組むような人は絶対やめといたほうがいいでしょう」
私は一瞬とまどった。そんな人は不遜な性格だという意味だろうか?
「足を組む癖のある人は早晩必ず大病します。身体に強い歪みがあるはずですから」
ちょっと目からウロコだった。配偶者を選ぶときに、身体の歪みのことを考える人はあまりいないかもしれないなと思って、ちょっと可笑しかった。

人間の関係を突き詰めると、どんなに密接な間柄でも微かな打算が入り込む。悲しいかな、親子だってそうだ。息子や娘の配偶者を探している親が、「自慢の息子です」とか「非の打ち所のない娘です」という場合、ほぼ例外なく世間のものさしが働いている。学歴、職業、収入、身体的美醜、性格の良し悪し等等。

医者だの弁護士だのという息子をもったおかあさんは、ただそれだけで、失業中で途方にくれている息子をもったおかあさんよりも、嫁選びの際には、ちょっとばかし鼻息が荒いというのが正直なところだろう。

ヘルマン・ヘッセに『デミアン』という小説がある。初めて読んだとき、母親と息子がこれほど美しく描かれた物語が他にあるだろうかと思った。もし息子がこんな母親を持つことができたら、至福以外の何物でもないだろうと思った。もし母親がこんな息子をもつことができたら歓喜以外の何物でもないだろうと思った。
母親は息子デミアンをも真に「正しく見」る「正思惟」の人である。そのことを完全に理解しているデミアンは母親について、「母は大丈夫です、世界でもっとも大丈夫な人です」と言う。不思議なことだが、デミアンは「私の」母だから母親を敬愛しているのではないし、母親は「私の」息子だから、デミアンを愛しているのではないように思われる。
二人の関係には、究極の打算である「私の」が欠落している。配偶者がデミアンであり、義母がデミアンの母であるような女性のことをふと思ってみる。「浮世」が遙か遠くに思われることだろう。

我に返って、このシャバで、浮世のものさしを考えたとき、さきの「身体の歪み」云々は、打算のなかでも比較的かわゆいものかもしれないなと、ふと思ったりした。

【第8回 西村惠信所長と行く“禅と文化”の旅 参加者募集中!】

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大型連休




大型連休

公的機関における休日を基準に見ていくと、19日(土曜日<休日>)、20日(日曜日<休日>)、21日(敬老の日<祝日>)、22日(国民の休日<休日>)、23日(秋分の日<祝日>)の5日間の連休でした。
ブログをご覧になっている皆様は、どのようにお過ごしになられましたでしょうか。きっと有意義な連休だったことでしょう。

さて、今回の連休には、敬老の日と秋分の日という2つの祝日がありました。
ご存じのこととは思いますが、祝日とは「国民の祝日に関する法律」(昭和23年法律第178号、以下「祝日法」と表記)によると、第1条に、「自由と平和を求めてやまない日本国民は、美しい風習を育てつつ、よりよき社会、より豊かな生活を築きあげるために、ここに国民こぞって祝い、感謝し、又は記念する日を定め、これを『国民の祝日』と名づける」とあります。

ということは、祝日には元来意味があって、それらのことを「祝う」・「感謝する」・「記念する」ためにあるということになります。ちなみに「祝日法」によると、敬老の日は「多年にわたり社会につくしてきた老人を敬愛し、長寿を祝う」ことを、秋分の日は「祖先をうやまい、なくなった人々をしのぶ」ことが記述されています。

老人を敬愛し、長寿を祝う。祖先をうやまい、なくなった人々をしのぶ。

これらの事柄を、国民の祝日として休日にし、日本国民がこぞって行う。私たちの祖先には、このような美しい価値観があったことを、今更ながらとても誇らしく思います。

ただ、確かに連続した休日であったことに間違いはないのですが、「祝日も休日なのだから、休む権利がある」と言わんばかりに、休日であることの方を強調しているような風潮があるように思えたのは筆者だけだったのでしょうか。それとも、これが現代の価値観・常識であり、ひょっとして、上記の価値観自体が、非常識になりつつあるのでしょうか。

このような風潮は、とても残念なことだと思うのですが。

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タブラ奏者 アリフ・カーンのコンサート




コンサート at 福成寺

9/18のブログでお知らせしたように、去る9月27日に、インドから若きタブラ奏者のアリフ・カーン氏が初来日し、京都市西京区の福成寺の竹林で、シタールの田中峰彦氏とのミニコンサートがあった。
コンサートを見に行くことにしたところ、今回の来日に深く関わっている人が、研究所に以前勤務していた方の奥方ということもあって、少々お手伝いを頼まれることになった。

彼と彼のインド側のプロデューサー的存在の女性を京都市内のホテルでピックアップし、車で会場のお寺に連れていき、コンサートの時にはカメラマンになってほしいとのこと。
そんなわけで、しばらくの時間では有ったが、直接、下手な英語で話をしたりして、コミュニケーションもはかれた。もしインドにいく機会があったら、きっとお世話になれそうなことに……

タブラ アリフ・カーン/シタール 田中峰彦

それはさておき、オープンエアで竹林を背景にしたミニコンサートは、約40名ほどの聴衆の中でアットホームな雰囲気のなか始まった。
シタールの田中氏から楽器やインド音楽の説明をしていただき、あのシタールの奏でる独特なインド音楽と、初めて目にする、タブラという打楽器のリズミカルかつメロディアスな音に魅入られて、あっという間の1時間半だった。

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秋の風景 秋桜と彼岸花




秋空

秋を感じさせる夕方の空だ。
今年は、いつのまにか名づけられた、シルバーウィークなる長期連休があり、各地へお出かけになった方も多かったようだ。
私たち僧侶はお彼岸で、連休の恩恵を得て行楽に出かけるというようなこともなかったが、そんな中、愛犬の散歩にカメラを持って出て、実近にある秋を味わって一興としていた。

秋桜(コスモス)

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「畜類償債譚」

延興寺の僧恵勝は、生前に寺の浴室で湯を沸かすための薪一束を無断で他人に与え、そのまま死んだ。その後、寺の雌牛が一頭の仔牛を生んだ。やがて成長した仔牛は、薪を満載した荷車を引いて休むことなく働かされた。

ある日、見かけない僧侶が寺の門の所に立っていた。いつものように荷車を引いて門を入っていく牛を眺めて、「恵勝法師は、涅槃経はうまく読めたが、荷車はうまく引くことができない」と言った。牛はそれを聞いて涙を流して嘆息し、そのまま倒れて死んでしまった 。
牛を連れていた人は「お前は、牛を呪い殺したな」と責めたて、その僧侶を朝廷に訴えた。朝廷はその僧侶を呼び出して取り調べるが、その姿は貴く美しく、ただ者には見えない。そこで朝廷はその僧侶を浄室に控えさせ、三人の絵師に似顔絵を描かせた。すると絵師が書いた似顔絵はみな観音菩薩の姿であった。気づくとその僧侶は忽然と消えていた。(『日本霊異記』上巻)

生前になんらかの形で罪を犯した人物が死後家畜に生まれ変わり労働して償うという形式の説話を「畜類償債譚」などと称し、中国の『太平広記』や『冥報記』に多く見える。南泉普願の「山下に一頭の水牯牛と作り去らん」の語も、ただこれらの説話を前提とするというばかりでなく、この生々しくも恐ろしい罪悪と業報の話によって担保さえされているようにも思われる。

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禅僧たちの国際交流

朝夕に秋の気配が漂う8月25日、中国とフランスに向かい二つのグループが関西空港から旅立った。

日中禅僧交換交流へ

一つは、平成10年から臨黄友好交流協会が中心になって進めている第7回「日中禅僧交換交流」である。今回は、広東省深圳市にある弘法寺で、相国寺(京都)、瑞巌寺(宮城)、永平寺(福井)から派遣された6名の修行僧が中国人僧と寝食を共にし10日間の修行体験を行なう。

東西霊性交流へ

もう一つは、禅文化研究所が事務局になって進めている第11回「東西霊性交流」で、現地での合流を含め6名の禅僧が、フランス国内にある3つのカトリック系修道院に分かれて2週間の僧院生活を体験し、シンポジウムを終えて帰国する。

同じ禅宗でも日本と中国では随処に修行形態の違いがある。ましてキリスト教との差は歴然である。しかし、同じ食事をし、同じように祈りと労働に参加するという実体験によってその宗教を理解することができる。また、他の宗教を知ることによって自分たちの宗教を見つめなおすことにも繋がるのである。
彼らたちが体験を通して何を得て帰ってくるかを期待したい。

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私の鍼灸師さん




マイナスイオン放出の清らかな滝

5年くらい前になるだろうか、片方の耳が少し聴こえにくくなって耳鼻科に通ったりしたが、パッとしない。鍼灸師の友人が、耳のコリからくるものかもしれないから、鍼をしてみたら、と助言してくれた。そして「鍼灸の施療ほど、実力の違いが如実に顕われるものはないから、鍼灸師を選ぶときにはよほど慎重に。私がとても尊敬している鍼灸師さんがいるので紹介してあげよう」と言ってくれた。

四条河原町から阪急電車に乗って、紹介された鍼灸師さんを訪ねた。「耳がちょっと聴こえにくいので」とだけ、予約のときにお伝えしておいた。
私が診察室に入るなり、先生は「左耳ですね」と言われた。ちょっとビックリした。左耳を中心に鍼をしてもらっておいとました。すごくビックリしたのは四条河原町に帰り着いたときだった。ここはこんなに騒がしい場所だったのかとあらためて思ったのだった。耳はとてもよく聴こえるようになっていた。

すっかり先生のファンになってしまった私は、それから毎週予約を入れた。先生はいわゆる「ツボ」には鍼を打たない。その折、その折の患者のコリを目で追って、ピタリとそこに鍼を打つのだ。まるで神業なので、聞いてみた。「どうしてコリが見えるのですか?」。「最初からこんなふうにわかったわけではないですよ。患者さんに鍼を打っているうちに、コリの箇所に私の肘の内側がビンビンと感じ始めたのです。コリが私を呼ぶんですねえ。アハハ」と。それから、だんだん見ただけで人のコリがわかるようになったのだという。

「先生は天才ですね」と感嘆する私に、先生は「いや、最初は本当に何もわかりませんでしたが、ただカムシャラに自分や患者さんに鍼を打ち続けた結果です。だから誰でもわかるようになります、やっていたら」。私の左耳のこりの発見も、先生にとってはごく「普通のこと」だったのだ。
それで、友人の鍼灸師に「コリって見てわかるようになるものなの」と聞いてみたら、「いやそんなことがわかるのはあの先生くらいのものだ」という答えが返ってきた。

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岡山 倉敷 美観地区




倉敷美観地区の風見鶏

倉敷美観地区を、3年ぶりに訪ねた。
前回は携帯でとった写真だけだったが、今回は少々、撮影に気合いをいれてみたので、主に写真で味わっていただけたら幸い。

涼しげな水辺

まだ残暑きびしいさなかではあるが、この美観地区に来ると清涼を感じずにはいられない。
お盆休みも過ぎて、旅行者も少ないからか、少々、ひっそりした感じであった。

それにしても、ホテルでもらった案内地図を片手に歩いているのだが、行こうとしているミュージアムが、あるはずの場所にないのには閉口した。
地図が古いのかもしれないが、観光名所としては、これはいただけない。
今どきの世相を物語っている気がする。有名無実とはこのことなのだろう。おかげでだいぶ散策させていただけたが。
しかし、この風情だけはいつまでたってもこのままであって欲しいと思う。

蔵のある町並み

きっと、この大作を描いているおじさんもそう思っているのじゃないだろうか。

美観地区を描く人
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古墨跡は縁のある人を集めるのか

本ブログで、愚堂東寔書「雲門云関」という記事を書いたのは、今年(2009)4月24日のことだった。
それからちょうど3ヶ月して、研究所の私に一本の電話がかかってきた。
それは、インターネット検索していて、たまたま上記ブログをみつけたというある方からの電話だった。
「その軸はうちにございます」というものだった。私は声がうわずるほど興奮した。
まずは先のブログを読んで頂きたいのだが、その後、できる限りの手を尽くしてツテをたどったが、結局どれも行き詰まってしまい、あとは、いつか、このブログを誰かが見つけてくれたら幸いだと思って、最後の布石として書いたのだった。
そしてこの電話である。
所蔵者は京都市内のとある骨董商、意外にも近くにあったのだ。撮影許可のお願いをしたところ、主旨もご理解いただきご快諾いただけた。
そこで先日、都合をつけていただき、写真撮影に寄せていただいた次第。それが下記の写真である。

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梅雨が明けない

雨にぬれる露草

もう七月も終わるというのに、今年はいつになったら梅雨が明けるのだろう。もう梅雨明けしたと言われているところでも、尋常じゃない豪雨があったりして、被害にあわれ命を落された方もいるという。ご冥福をお祈りしたい。
それにしても、カラッと晴れる日はいつになったら来るのだろう。
近ごろ、Slow Lifeに人気があるから、お天気までスローになってきたのか。
この調子では夏はさぞ短いことだろう。
でもまぁ、これも一興。大きな大きな自然界の中で、我らちっぽけな人間がどうあがこうが仕方のないこと。自然に抗おうとせず、あるがままに、大いなるものに包まれていればいいのかもしれない。

さて、この日の夕方にも雷雨があり、雨があがるのを待って愛犬を連れて散歩に出た。
空はいろいろな形の雲で、不思議な色合いを見せていたので、しばしみとれていた。

梅雨の空1

気圧が乱れているからだろうが、とてもいろいろな雲が一度に見える。

梅雨の空2

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山村御流 いけばな展 -大阪高島屋- 2009夏

山村御流 いけばな展

大阪(なんば)高島屋の7階グランドホールにて7/22(水)~7/27(月)まで開催されていた、-山村御流 いけばな展-にでかけてきました。
今回は親友が出展する事もあり、父と共にお祝いにかけつけました。
初めて御流の花を目にする父が、どのような感想を持つのかも興味深く思っていました。

最初、いくつかの作品を見て「これならお父さんにも生けられるんじゃないか」と、素人にありがちな感想でしたが、1つ1つの作品を丁寧に見てゆくと、次第に「この流派は、色々なものを花器に使って生けられるぶん、花器選びのセンスが重要だ。でも、花器を探す(見立てる)のもまた楽しいものだ」、「花器にあう花を選ぶセンスも必要だ」、「なかなかに難しいな、でも真似して自分で帰ったら花を生けてみよう」と、次第に心が花に寄り添っていったようでした。

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田舎のよさ -ドラゴンカヌー大会で思う-




ドラゴンカヌー大会

関東まで梅雨明けしたというのに、近畿地方は未だにあけず天候も不安定で、豪雨が降ったりして、夏らしくテリッと晴れる日はいつくるのだろう。
そんな中、毎年、自坊のある地元の琵琶湖の内湖で行なわれている「ドラゴンカヌー大会」に、今年も選手として出場した。
写真でもわかるかとは思うけれども、ドラゴンカヌー大会というのは、ペーロンのような船での競技である。8人の漕ぎ手と太鼓士1人、そして舵取り1人で1チーム。
ただこの競技、全国で唯一の特徴がある。それは折り返し地点があってUターンして戻ってくるということである。
このお蔭で、圧倒的な差が一気に縮まったりして、なかなか面白い。Uターンでは舵取りの技量も求められる。……実は私は毎年舵取りの選手として出ていて、別に自慢でもないし何も練習していないのであるが、皆が言うには上手らしく、おかげさまで法事と重ならない限り、必ず選手で使ってもらっている。

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東京国際ブックフェアと……悪夢




IMG_0740.jpg

ご案内していた、東京国際ブックフェア(7/9~7/12)が終わった。ご来場いただいた皆様、誠にありがとうございました。

早くから出展が決まっていたのに、なかなか新刊となる本の編集が進行できず、6月にかなり焦り、無理もしつつ2冊の新刊を間に合わせることができた。
それが、『明治の禅匠』『禅の寺』である。
新刊と言っても、実は両方とも復刊本。
『明治の禅匠』は私が研究所に勤務しだしてすぐに絶版になったので、既に20年ほどは品切れだった本である。今回、新版として再発行した。
もう一点の『禅の寺』も、以前はA5判の並製の本で、写真もすべてモノクロだったが、品切れして数年がたったので、今回、内容も加筆訂正していただき、オールカラーのムック本体裁に改め、新発売である。

ところが『禅の寺』は、フェアの1週間前に印刷会社に責了したので、実物は現地で始めてみることになるのである。いやはや、なんとか間に合ってよかったと、いったところ。
内部で使っている写真は、プロの写真家にお願いした写真などもあるが、8割ほどは私自身が撮影したものなので、充実感たっぷりである。

さて、4日間の会期中、禅文化研究所のスタッフ3名は、朝10時から夕方6時までの間、出展ブースに立ちっぱなしである。
交代でお昼休みと、若干の休憩はあるものの、普段、デスクワークばかりの身にとっては、なんとも苦痛。
もちろん、このブログを読んで下さっている方が見えたり、いつも本を買っていただいている顧客の方が見えたりするし、あるいは、「禅」という文字に興味を引かれて、我々に問いかけてこられる方もあって、それはそれで楽しいのであるが、体力勝負の感は否めない。
東京に本社や支社のある出展業者は、4日の間、スタッフを交代で送ってくるので、楽だろうなぁと横目で見つつ、我らは歯を食いしばるのである。
盛況ではあったが、関東が7月盆でなければ、関東圏の臨済寺院の方々ももっと来てもらえるのだろうが、いささか残念。
ブックフェアに来られていない方はご存じないだろうが、通常有り得ない、本の割引販売がここでは行なわれるのである。もしよかったら来年は足を運んでみられてはどうだろう。

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山村御流 いけばな展 -大阪高島屋-




山村御流 花展
山村御流いけばな展 案内状より

奈良の由緒ある門跡寺院、円照寺(現在は臨済宗妙心寺派)を家元とする華道の流派、“山村御流”の華展が下記のとおりございます。

「花は野にあるように」の山村御流。暑い盛りにどのような涼を運んでくれるのかと、今から心待ちにしています。今回は特に親友が出品するので、いつにも増して楽しみです。

ごくシンプルに楚々と生けられた草花に、素人目には「お、簡単?!」とうつるかも知れないこの流派の花ですが、シンプルなほど、生ける者の人格そのものが出てしまう気がしてこわいものですし、また、一旦お花の向きや生け方を迷ってしまうと、ついに、自分の心も花も定まらなくなってしまう…というこわさもあります。
華道の流派にも色々ありまして、あまりに不自然だったり、人間のエゴを見せつけられるようで疑問を抱く事もあります。が、こちらの花は、心から「はぁぁぁ(感嘆)。いいなぁ…」と、見ていて和む事ができ、季節と人の心にそっと優しく寄りそうように生けられるので、私は大好きです。

会期中無料にてご覧になれます。是非お運び下さい。


大阪(なんば)高島屋 7階グランドホールにて
7/22(水)~7/27(月)
入場無料
*7月24日(金)、27日(月)は午後5時閉場

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水が飲みたければ... -『栂尾明恵上人伝記』より-



栂尾の新緑

『栂尾明恵上人伝記』によれば、明恵上人の周囲では、たびたび不思議な出来事が起こったらしい。

ある時、上人が行法をしていた最中、侍者を呼んで言った。「手水鉢の中に虫が落ちたようだ。取り上げて逃がして来なさい」。行ってみると、蜂が落ちて溺れていたので、急いで取り上げて逃がした。またある時、坐禅の最中に侍者を呼んで次のようにおっしゃった。「後ろの竹原で小鳥が何かに襲われているようだ。行って取り離して来なさい」。急いで行ってみると、雀が小鷹に襲われていたので、追い払った。こんなことがしばしばあった。
ある日の夜更け、上人は炉辺に坐していらっしゃったが、突然、「ああ、大変だ。早く見つけないと食べられてしまう。火をともして早く追い払って来なさい」とおっしゃるので、前にいた僧が「何事ですか」と申し上げると、「湯屋の軒下の雀の巣に蛇が入った」と言われる。外は闇夜で妙なことだとは思ったが、とりあえず急ぎロウソクを灯して行ってみると、大蛇が巣にまとわりついて雀の雛を飲みかけていたので、追い払った。
こんな闇夜に、しかも遠く隔たった所の物さえ見ることができるのだから、まして我らが陰で良くない振舞いをするのを、どんなにか怪しからんとご覧になっていることだろうと、弟子衆や同宿の者も、後ろ姿までも恥じ恐れて、真っ暗な部屋の中でさえも、気ままには振舞わなかった。
こんな事があったので、侍者の僧が「上人は仏菩薩の化身だと、陰で人々は申しております」と申し上げたところ、上人ははらはらと涙を落して、次のようにおっしゃった。
「ああ、愚か者どもの言い草だ。だから、わたしのように禅定を好み、仏の教えの通り修行してみなさい。いますぐ、お前たちにもそのような事があるだろうよ。わたしはそのようになろうなどとは全く思ってはいないけれども、教えの通りに修行して長年になるので、知らぬ間に自然と身についたのだ。これは大したことではない。お前たちが水が欲しければ水を汲んで飲み、火に当たりたければ火のそばへ寄るのと同じことだ」

「大神通」を体得した人にとって、「小神通」など造作もないことだということがわかる。

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TVとネット

テレビが故障して4ヶ月近くになる。新しいのを買うつもりだったが、テレビがないことで生活に何の支障もないことに気づいてそのままにしてある。我が家では、TV受像機はDVDやビデオの再生装置でしかなかったようだ。

私の子ども時代は、居間の一台のテレビを家族揃って見るという、今考えれば信じられないような文字通りレトロな日々だった。しかし、そんな日々が懐かしくてよかったなんてちっとも思わない。みんなで揃って見たテレビのコンテンツで感動したなんて記憶がほとんどないからだ。

最近の博報堂DYメディアパートナーズの調査では、二十代男性のPCインターネット利用時間がTVの利用時間を抜いたという。十代・三十代男性においても携帯及びPCインターネットの利用時間がTVの視聴時間とほとんど差がなくなってきているらしい。

これは十分納得できる調査結果だなと思う。というのは、私のような若くない機械オンチでも、帰宅してまずスイッチを入れるのは、テレビではなくパソコンだからだ。大抵のニュースはインターネットで把握しているし、調べ物は圧倒的にこのお蔭を被っている。少し前までは、インターネットの情報はいい加減だとずいぶん言われたものだが、今では信頼できる情報も無尽蔵だ。

動画にしても、最近ちょっと充実してきている。画質はともかく見たい画像が瞬時に取り出せるなんて、かなり嬉しいできごとだ。TVコンテンツの劣化がますます進んで、安直なバラエティ番組や低級なドラマばかりということになれば、大衆もスポンサーも離れてゆくだろう。TVの未来なんてひどく暗いような気がする。

しかしこれはわれわれの未来が暗いということではけっしてないと思う。

受け身なTVの視聴から、もっと能動的なネットの利用に移行するほうが、社会への関わりという意味において個々人の主体性は増すだろう。自らが情報発信者になれば、確実に頭を使わなくてはならないし、情報を読む各人が、さまざまな出来事に対して真実を見極める目を培うことが、好むと好まざるとに拘わらず要求されることになるからだ。
情報のアウト・プットもひっくり返るほど簡便だ。たとえば個人のつぶやき(ブログ)の大衆へのリーチ(到達度)が、こんなに広汎でスピーディなものになるなんてだれが予測できただろう。一個人が直接世界に声を発することができるやりかたとしては圧倒的だ。この流れは間違いなくもっともっと加速するだろう。

テレビが壊れて、ちょっと考えさせられる日々なのである。

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“じゃないですか”症候群

「相手に、否が応でも同意を求めさせる言葉として、非常に下品なもんやけど、あんたは使ってへんやろな?どうや?」と、いつも色々な事を教えて下さる骨董屋主人から言われ、ドキッとした。
自分でも、使っているのか使っていないのか判断もつかないくらいに自然に口から出てしまっていそうなのだ。
「○○って、△じゃないですかぁ」……。

百貨店やホテルで、「ご持参下さいませ」や、「申し訳ございません」、「~円からお預かりします」、「~になります」など、日本語としてそれはおかしいのではないか?と気になる言葉は反乱している。
また、テレビでも、タレントなどが自分の妻を「うちの奥さん、嫁さん」と言っていたり、「~の方が、~の方は」と何にでも“方”をつけており、「なんだかなぁ…」と思っていたが、自分も他人の事を言えたものではなかった。
三十路を過ぎ、もう「若いので仕方ない」ではすまされない年代に入り、気をつけていかなくてはと心底思った次第。皆さんの日本語、大丈夫ですか?

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山口・洞春寺 -愚堂禅師墨蹟撮影行にて-




洞春寺山門

九州での愚堂禅師の墨蹟写真の撮影を終えた帰り、高速道路が日曜祝日1000円であることをいいことに、少々寄り道をして、山口市にある名刹・洞春寺に立ち寄った。

ここは、南禅寺僧堂師家の清光軒・日下元精老師が住持となっている、建仁寺派の寺院である。
ここは毛利元就の菩提寺としても有名で、山門は、洞春寺の前身である国清寺当時からのものであるとか。

以前にこの洞春寺蔵の嘯岳鼎虎禅師手沢本『山谷詩抄』の影印本を、依頼を受けて制作させてもらったことがあり、どんなお寺なんだろうと思っていたから、幸いの機会である。
嘯岳鼎虎禅師(1528~1599)という方は、この洞春寺の開山であり、もともと博多の人であった。明国入ること二度で各地の名師に歴参され、永禄三年(1560)に帰朝されたという。のちに、建仁寺や南禅寺にも住持されている。そして、毛利元就は禅師に参禅し、この寺を創建するに到るのである。
この開山禅師自らの自筆の抄物という点で非常に貴重な資料である。

ちなみに、山谷詩は、禅僧の中で親しく読まれてきた詩集であるが、双璧となる蘇東坡の詩集と比べると、意外に研究書や解説書が少ないため、そういった意味でも、学識ある禅僧の自筆本として重要な書籍である。

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大分・中津城 -愚堂禅師墨蹟撮影行にて-




大分・中津城

愚道禅師の墨跡撮影行で尋ねた大分県。
今まで何度も大分には来ているが、国東半島より福岡側には足を向けたことが無かった。
今回の撮影で大分に入ってから、僧堂時代の先輩のお寺に電話をかけて、愚道禅師のものを御所蔵になっていないかを聞いたら、ご実家であるお寺にはあるかもしれないとのことで尋ねていただいたところ、1本あるという貴重な情報を得たので、国東半島の北に位置する中津へも撮影に立ち寄らせてもらうことになった。

予定時間より少し早くついたので、近くにある中津城という平城を訪ねてみた。
もともとこの城は、戦国時代の武将、黒田如水が築城を始めたものらしいが、戦功により転封となり築城が中断された。のち、細川忠興、小笠原長次の居城となったが、奥平昌成が入城した後は明治維新まで奥平家の居城だった。

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十牛図便箋




十牛図便箋

研究所で働くようになって、「おぉっ、さすが!このようなものを使っているとは!」と感心したのが、この十牛図便箋です。
個人的にもかなり気に入っています。京都の“自休菴”さんのもので、臨黄ネットのお買い物サイトにてご購入が可能です。
ちなみに我が家では、何人かで抹茶とお菓子をいただく際には、同じく自休菴さんの杉板十牛図焼印の銘々皿を使っています。裏返しにし、客人や家族と好きなものを引き、あとで付属の十牛図冊子を皆の前で読み、それぞれに「あぁ、まさに今の私の事だぁ、まだまだ修行が足りない!」、「お、最近頑張っているせいか8番目が来た?!」など、歓声があがり、かなり盛り上がります。
お茶とお菓子をいただく前に、話題に彩りを添えてくれます。

十牛図便箋
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愚堂禅師の鐘銘 -愚堂禅師墨蹟撮影行にて-




浄満寺鐘楼

愚堂禅師の墨蹟の所在のほとんどは、開山されたお寺の多い岐阜や三重、あるいは京都を中心とした近畿圏なのであるが、大分県にも開山されたお寺があり何本もの墨蹟があるので、遠路を九州へと向かった。

今回わざわざ九州まで出向いた理由のもう一つが、福岡県うきは市に残る愚堂禅師の鐘銘の入った梵鐘を撮るためなのである。

太平洋戦争の時には、自坊の梵鐘もそうなのだが、多くの寺院の梵鐘は兵器のために金属供出にあってしまった。
実はこの鐘も、昭和17年秋に供出されんとして鐘楼から下ろされ、お別れの供養法要まで行なわれたという。
ところが下ろした梵鐘を確かめたところ、愚堂東寔禅師の銘が刻されていることが判明し、急遽、保存申請をしたところ、当時の九州大学教授の干潟竜祥教授の調査によって、保存の価値が認められ供出の難を免れたのだという。

愚堂禅師の鐘銘が残る梵鐘

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大分名物 やせうま




yaseuma.jpg

愚堂禅師の墨蹟取材で九州は大分県と福岡県を訪ねた。
旅先で立ち寄った食堂で、大分名物「やせうま」という食べ物に出会った。
ご存じの方もあるだろうか。
平べったく伸ばしたうどんの麺のようなもの(小麦粉をこねて長く伸ばしゆでたもの)に、黄粉(きなこ)をつけて食べる「おやつ」らしい。食べてみると、もっちりとした麺に、黄粉に混ぜられた砂糖の甘みがあって、子供たちなら病みつきになりそうなものだ。

とまれ、この「やせうま」という名前はなんなんだろうと思って、食べながら携帯でネット検索して調べてみたところ次の様なことであった。

平安時代、藤原鶴清麿という貴族の幼児が豊後の国に下向し黒野(現・由布市狭間町古野)というところに隠れ住んだ。
鶴清麿の世話をする乳母は、「八瀬(やせ)」という女、あるいは、京都の八瀬出身の女だったらしい。
ときおり、八瀬は小麦粉をこね長く伸ばして麺状にして茹でて黄粉をまぶしたものを作って、鶴清麿に食べさせた。鶴清麿はこれを食べたくなった時には、「八瀬、うま」(「うま」は食べ物の幼児語)といったといい、これが「やせうま」の語源だという。
こんなところで、京都の八瀬と出会うことになろうとはと思って、興味深かった。

その後、私の修行時代の先輩のお寺にお邪魔して、この「やせうま」の語源の話をしたところ、その先輩はそうじゃなくて、馬の世話をする馬子が、このおやつを食べたら、おいしくておいしくて夢中になるので、馬の世話を忘れてしまうから、馬がやせこけてしまう。だから「やせうま」というのだと聞いていると教えてくれた。
まぁいろいろな説があるのだろうが。

そういえば、八瀬と言えば京都の市街地から外れた山村だが、そのとなりの静原とともに、宮中の行列には重要な役を任される人達が住んでいたところだとか、何かの本で読んだ記憶もあり、八瀬出身の女性が、若君を連れて豊後に逃げてきたという話も、有り得そうな話だ。

しかし、現代の子供がこれを食べて喜ぶのかどうか、残念ながら、それは甚だ疑問。

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映画 グラン・トリノ




grantrino.jpg

今年のGWは、高速道路の割引があったためだろうが、毎年に増しての大渋滞。私の住む滋賀県は、北陸道・名神・新名神・京滋バイパスのそれぞれのジャンクションがボトルネックになるので、ひどいありさまだったようだ。

そういうときは、近場の映画館でゆっくり映画でも……と思い、休み中に2本の映画を見に行った。1本は、「レッドクリフ PartⅡ 未来への最終決戦」、そして、もう1本はクリント・イーストウッド監督・主演の「グラン・トリノ」である。
「レッドクリフ」は文句なしに面白く楽しめたが、より心に残ったのが「グラン・トリノ」だった。ポスター写真だけ見ていると、えらく怖そうなものだが、基本的には、いたって静かな映画だという印象。

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病を得るということ


天龍寺の竹薮

親しい娘さんが「大腸ポリープ」の摘出を受けた際、粘膜下にガンが広がっている可能性が極めて高いという医者の指摘があって、10日後に出るという検査結果を待っている間の親御さんの苦しみは大変なものであった。「若いからガンの進行も早いだろう、私たちより先に逝くなんて・・・」と、最悪の事態を予測したおかあさんは食事も喉を通らないし、ほとんど眠っておられなかったのではないかと思う。

その話を伺って最初に私が考えたのは、医者の診断を受けるまでの10日間をその娘さんはどう過ごしたらいいのだろうということだった。その日々をどんなふうに過ごすかで、検査の結果が出てからのことがほぼ決まるだろうと思った。意見を請われたので私なりに考えた。もし私なら、まずは断食をするだろうと思った。疲れ切った消化器をたっぷり休ませてあげなくてはならない。野菜嫌いで肉やケーキをほぼ毎日食していたという内臓は、多分相当イヤイヤをしていたはずだ。「我が身」とはいうけれど、身体の内部で起こっていることを「我」は何も知らないから、口が欲するものを身体に問わずに取ってしまう。そして身体に変調を感じたら、今度は医療機器や種々の検査を通しての医者の判断を待たずには、我が身のことすらわからない。せめてその10日間は、我が身と親しくつきあって、身体の声を聞いてあげなくては。

結局私はその娘さんに、「一日おきに断食したらどうでしょう。断食をしない日は、玄米クリームなどの穀類と野菜を少々食べたらどうでしょう」と自分の経験を通して知っている範囲のことを言ってみた。娘さんはやはり医者の言葉がショックだったのだろう、肉もケーキもピタリと止めて、なるたけ身体に負担をかけない10日間を過ごしたようだ。その間、漢方医の「断食はきわめて良い選択です。そのときに、胡麻と蜂蜜に根昆布の粉末をたっぷり入れておあがりなさい」という診断に勢いを得て、その娘さんは、自分の身体に結構「親身」になったようだ。生まれて初めてのことだったらしい。娘さんは、ガンの診断を受けたら、漢方医の意見も聞いて、自分でどうするか決めようという決心までしたらしい。10日くらいの間でも人は変わるものだとびっくりした。

診断の結果は、細胞が高度に異形しており、ガンの一歩手前であったという。もちろん油断はできないようだが、もしこの10日間の経験を食生活を含めた生活全体に生かすことができたら、この娘さんはきっと乗り越えられるだろうなあと思った。「我が身」が病を得るということを「我」が責任を持つということについて、若い娘さんがすんなり会得したのを見てちょっと嬉しかった。

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「おくりびと」に危機感?

4/5の日曜日の朝日新聞の朝刊を読んでいたら、"「おくりびと」に危機感"と題して、全日本仏教会長の松長有慶師(高野山真言宗管長)の記事があった。

僧侶の立場から「おくりびと」をどう見ましたかという質問に対し、
――葬儀はこれまで仏教の専売特許のような面が有ったのに、僧侶を含め宗教者は葬式にはいらないという雰囲気を感じた。
と答えられている。

確かに、「おくりびと」では僧侶はほとんど出てこなかったように思う。だが私はだからこそ、危機感というよりも、僧侶である自分自身のためによかったと思ったのだ。この映画を見ることによって、僧侶である自分が知らなかったことがわかってよかったのだ。
だが、松長師は、

――葬儀が形式化し、僧侶はお経を読むだけになってしまったという反省がある。多くの人が病院で亡くなる今、生命は医者の手に委ねられ、かつては僧侶が臨終に立ち会ったが、それが今では葬儀業者の担当である。僧侶が葬儀を通じて死の問題に介在することが難しくなっている。

とも仰っている。確かにそれはその通りである。
だが、ならばこそ我々僧侶は「生きる」ということについて、もっと目を向けなくてはいけないのではないだろうか。我々僧侶が、この現代でしなければいけないことは、そこにあるのではないように思う。
実際には、葬儀の儀式が儀式としてのみ一人歩きし、そんなことに高額な費用を費やすことに意味を感じなくなっている現代人が多いのである。しかしそういう方々は「生きる」ということについてさえも、自分を見つめて考えたことがないのではないだろうか。
「生きる」ということとしっかり向かい合うこと、これがいずれくる「死」と向かい合うことになるのだと思う。
それを伝えていきたいと私は思う。
もちろんそれを伝えるのに、親しい人のお葬式は絶好のチャンスではあるのだが。

――納棺師が、亡くなった人を死体ではなく、死者として扱う姿に人間の尊厳を感じ、多くの人が共感したのでしょう。人間を物として扱うべきではない。今ではいのちまでもが「物」として扱われている。

これはまことにそのとおり。
この映画については、以前にも絶賛したとおり、すばらしい映画だった。
だがしかし、これによって我々僧侶が危機感を覚えるというのは、いかがなものかと思った次第。

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「神が降りてきた」

WBCの決勝戦で、10回の表に2点適時打を放ったイチロー外野手が、試合後のインタヴューで「ぼくは(何かを)持ってますね。神が降りてきましたね。日本中のみんなが注目しているだろうと思って、自分の中で実況して、そういうときには結果が出ないものですが、それで結果が出て壁を越えたと思います」と言ったと報じられた。
「神が降りてきた」という言葉は日本人ジャーナリストたちの心を捉えたのだろう、大きく取り上げられて新聞の見出しなどに使われていた。私もこの言葉に良い意味でハッとした。それで、アメリカのメディアはこの言葉をどんなふうに受け止めているのだろうと思って、メジャー・リーグ公式ホームページのニュースを見たら、ちょっと別のニュアンスで報じられていた。

――バッターボックスに立っている間、心を清浄にして無心のアプローチ(take a Zen approach)ができたかと尋ねられたイチローは、クスッと笑って、「無心で(in a state of Zen)立てたらよかったのですが、さまざまなことを考えていました。考えてはいけないのに、あれこれとずっと考えていました。こうなると普通はヒットが出ないのですが、打つことができたのです。ぼくは自分のなかで何かを越えたのかもしれないなと感じました」。――

「神が降りてきた」という表現は英訳しにくいだろうなと思っていたが、その個所は触れられていなかった。多分、それが正解なのだろう。イチロー選手の言葉として「神が降りてきた」なんて紹介されたら、ヒュブリス(神に対する思い上がり)と受け止められかねないだろう。日本在住40年を越すアメリカ人の友人に聞いてみたが、やはり「神が降りてきた」というニュアンスは分かりにくいと言っていた。
Japan Times に、「天が主役イチローに加勢」という見出しの記事が掲載されているよと教えてくれたが、「神が降りてきた」というイチロー選手の言葉は取り上げられていなかった。こういう「配慮」は自動翻訳機ではできないなと思って可笑しかった。

それにしても、ZENという言葉は、「無心に」「超然として」「平常心で」というような気持ちを伝える言葉として、ある種の賛嘆と諧謔をともなって、しっかり根付いているのだなと改めて思った。

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関西くだかけ農園 まほろばの里

まほろばの里

尊敬する永源寺の篠原老師が、DVD収録でもお話されていた、「お百姓さんが一番偉いんです」と、「Back To The Basic! 」。そして、インド人青年が話していた「畑があるから仕事をしなくても食べていける。日本人は働き過ぎ」。
これらの言葉がずっと心の奥深くに残っている私は、将来自分で野菜を作る事を夢見て、先日久々に母校の恩師でもある松田高志先生(季刊『禅文化』にも寄稿いただいています)が世話役を勤められている「関西くだかけ農園」にでかけてみました。
“くだかけ会”についてはこちらをご覧下さい。

この農園は、自然豊かな奈良県御所市にあり、かの大和三山を前方に見渡せる素晴らしいロケーション。
かつては天皇も住まわれた場所…となれば、大地のパワーも並大抵ではありません。
高層マンションからの景色を贅沢と思うのか、このまほろばの里の景色を贅沢と思うのか、人によって価値観はまちまちですが、私にはこれ以上の贅沢な景色は無いように思えました。
ちなみに、まほろばとは、“真秀ろば”と書きますが、まさに漢字が表わす通りの土地です。

菜の花がキラキラ


関西くだかけ農園 まほろばの里の続きを読む

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英訳 『納棺夫日記』

おくりびと

昨日、邦画「おくりびと」がアカデミー賞外国語映画賞を取った。意外というのが大方の反応だったらしいが、私は至極当然だと思った。極めて完成度の高い、凄い映画だったからだ。もちろんアカデミー賞を取らなくても、間違いなく映画史に残る作品だと思っていたけれど、受賞のニュースを見てやはりとても嬉しかった。

青木新門さんの『納棺夫日記』が出版されたのは1993年だが、2002年には、以下のように英訳も出ている:

Coffinman: the journal of a Buddhist mortician by Shinmon Aoki,
(translated by Wayne S.Yokoyama)

翻訳は、花園大学の英語教授、横山ウェイン先生。日系3世の横山先生は日本語もすこぶる堪能で仏教関係の翻訳も多い。発行はBuddhist Education Centerである。

映画が世界に進出したのだから、映画の元になった『納棺夫日記』も是非世界の人に読んで頂きたいと思う。

○英訳『納棺夫日記』はこちらから入手可能です。


○また中国語訳も出ているようです。
『納棺夫日記』淨覺訳、香港法雷念佛會発行、2003年


その他、研究所職員によるおくりびと関連のブログ記事は↓こちら。

セイタカアワダチソウ -青木新門『納棺夫日記』より-

映画 “おくりびと”

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映画 "おくりびと"

映画 「おくりびと」

このブログでは、今のところ「映画 "禅ZEN"」への記事のアクセス数が多いので……、というわけでもないが、またまた映画のお話。

タイトルにある「映画 "おくりびと"」を、今頃になって観にいった。封切り当初からちょっと気になっていたのであるが、基本的にあまり邦画を観ないという性格のため、アメリカのアカデミー賞外国語映画賞部門にノミネートされたことを知って、慌てて行った次第である。

お恥ずかしい話、実はかなり泣かされてしまった。だが暗いだけの映画で無く、笑わせるところもあって、期待以上の上出来作品。

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今年もこの日が来た St. Valentine's Day

梅

昨年もバレンタインデーにはこのような記事があがっていたが、また今年もこの“バレンタインデー”について一考察。

この不況にベルギー産の高いチョコなんて買っていられない!  あの人へも買うのならこの人へも…ときりがなく、意外にすごい出費…。えびで鯛を釣るなんて人もいるのだろうがそれも私には望めない。
と、なんとなくぐちぐちと思いながらも、やはりやめられない、絶対にやめない、やめる勇気もなんとなく無い義理チョコ配り。そもそも“義理”という言葉がよろしくない。

結局のところ落ち着くのは、「日頃お世話になっている方へ、その思いを託すのにちょうど良い機会ではないか。何も無い時に突然何かお贈りしてもかえって気を使われるし。やはりこれはすべき事なのだ。感謝の心とおもてなしの心はケチるところではない!」
といったところである。

日本古来の「道」とつくような習い事の世界でも、芸道の世界でも、何かと“ご挨拶ご挨拶”といっては、何かを贈り会ったり、相手を思って日頃の感謝の心を形にあらわす事は少なくない。
St. Valentine's Dayも、そんな日本人の文化や、相手を思いやる精神、気質を受け継いで、もとの発祥なんていざしらず、西欧の風習なんてそっちのけで、日本独自の進化を遂げ続けているようである。
チョコレート会社の戦略として始まったとされる日本のバレンタインデーであるが、戦略だとすればこの日本人気質を大いにくすぐる素晴らしい戦略だと思う。私も無視はできない一人であるからだ。

海外の方達や、その気の無い日本女性からすれば「義理チョコなんて配るのはナンセンスだ」と言われても仕方ないこの風習であるのもわかるが、私としては「茶道やその他、道のつくようなお稽古をしていなくとも、日本人らしい“ご挨拶”の習性はこんなところで発揮されるものなのか……日本人とは愛すべき存在であるなぁ」とやはり日本礼讃なのである。
義理チョコは、単なる媚び売りではない!(や、色々あるでしょうけれども……)

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映画『禅ZEN』を観て -「あるがまま」って?-

映画 禅ZEN

さて、先ごろ掲載しました職員の酷評に続き私めも……。
おりんという女性の立場に立って観てみたい!と、おそろしく期待して楽しみに観にでかけたのですが、感想はというと、ほぼ前回、他の職員が書いたものと同じようなものでした。

一番残念だったのは、道元禅師という日本を代表する宗教者、禅僧が悟った瞬間のイメージが安易に描かれていた事です。
坐禅をしていると、蓮に坐っていてそのまま空高くぴゅーんと飛んでいき、光がぱああぁぁっと……。
悟りのイメージをわかりやすく…というのは難しく、このようになったのかもしれませんが、安易に描いても良いものなのでしょうか。冷や汗が出ました。
おりんの子供が、病気で死の淵をさまよっている時に道元に助けを求めれば、お釈迦様の芥子の実の話(釈迦 芥子の実 などで検索するとどのような話か出てきます)を、ほぼそのまま使っていたりするのにも興醒めしてしまいました。

また、少し禅に興味を持って観に来られた方や、歌舞伎役者が主演ということで観に来られた歌舞伎ファンの方には、禅の専門用語が出てくると、何のことか全くわからない場面も多かったのでは?!と感じました。

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セイタカアワダチソウ -青木新門『納棺夫日記』より-

セイタカアワダチソウ

「ススキが全滅しそうで、セイタカアワダチソウは好きじゃない!」と長い間思っていたのだが、何年か前、こんな文章に出会った。


「こちらへ来る途中見かけたのですが、セイタカアワダチソウ、すごいですね?」
「ああ、あの草ね」
「日本中、まっ黄色になるのじゃないですか?」
「いや、大丈夫ですよ」
「えっ、どうしてですか?」
「繁殖すると自分で出す分泌物で自家中毒を起こして自滅してしまう。一つ所に永く定着できない可哀相な植物なのです」
                          青木新門『納棺夫日記』より

それ以来、ススキに混じってセイタカアワダチソウが群生しているのを見ると、お友達というか、ちょっと知り合いに会ったみたいな気分になる。
上記の会話は、青木新門さんが、『納棺夫日記』で地方の出版文化功労賞を受けたとき、同じく農業に関する著作で受賞したある大学教授とのやり取りである。青木新門さんというのは、死体をお棺に入れる仕事をしていた人で、『納棺夫日記』を読んだときには隣りに座ってじっくり肉声を聞いたような不思議な気分だった。ちょっとした地主の息子さんだったのが、文学に走って(?!)身を持ち崩し、死体処理という凄まじい仕事をして、突き抜けられたのだと思う。「『仏は不可思議光如来なり、如来は光なり』と断言する親鸞は明解であった」とも書いておられる。
                           
「おくりびと」という納棺夫を描いた邦画が、米国アカデミー賞「最優秀外国語映画賞」にノミネートされたので、『納棺夫日記』のことを思い出し、それからセイタカアワダチソウのことを思ったのだった。

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ニトクリス

ヘロドトスは「歴史の父」と言われる古代ギリシアの歴史家であるが、その著書『歴史』の中に、アッシリアの女王ニトクリスについての記述がある。首都バビロンに堤防を築くなど、彼女の行なった様々な功績を記した後、ヘロドトスは次のような逸話を伝えている。

この同じ女王は、次のようないたずらを考え出した人でもあった。彼女は町で最も人通りの多い門の上に自分の墓を作らせたのである。墓は正に門の上に懸っているのであるが、この墓に次のような文句を彫り込ませた。「われより後バビロンに王たる者にして、金子に窮する者あらば、この墓を開き欲するままに金子を取れ。然れども窮することなくしてみだりに開くべからず。凶事あるべし。」

この墓はダレイオスの支配になるまでは手を触れられなかった。ダレイオスはこの門を使用できぬことも、財宝が納まっていて、しかも開けよという文句まであるのに、その財宝を取らぬことも、いまいましいことだと考えた。彼がこの門を使用しなかったのは、この門を通れば、死骸がちょうど頭の上に来ることを嫌ったからである。さて墓を開けてみると、財宝はなく、あったのは死骸と次の文句とだけであった。

「汝にして貪欲飽くことなく、利を追うて恥を知らざる輩ならざりせば、死人の棺を開くことなかりしものを」
この女王はこのような人物であったと伝承は語るのである。
(『歴史』第1巻187節。岩波文庫版の上巻140頁)
 
ところで、同じ『歴史』のなかで、ヘロドトスはもう一人の女王ニトクリスを伝えている。こちらはエジプト女王であるという。

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映画 "禅 ZEN"を見て その2

映画「禅 zen」

1月20日のブログ記事では、映画 "禅 ZEN"を見たというご報告だけをさせていただいた。
今回は、私なりの正直な感想を書きたいと思う。

結論からいうと酷評である。残念ながら全く以て駄作だと思うからだ。御覧になった皆さんはどうであったであろう。WEBで探すと、賛否両論あるようではあるが…。

道元禅師を讃えられている原作なので、もちろん道元禅師の素晴らしい生きざまを描こうとされたのであろう。だがしかし……。

道元禅師は入宋され行脚されるうち、当時の主流であった大慧派の禅を否定し、天堂山如浄に嗣法して帰国し、日本にその禅風を流布したのである。その禅風とは「只管打坐」、ただひたすらに坐る。そして、あるがままを受け入れるということであった。喜びも苦しみも涙も…あるがままに。

そのあるがままを表現するに、我々は誰の中にも仏があるとし、その仏を空に浮かぶ月に擬して説かれているようで、何度も「月」が登場する。
しかし、その月をあまりにも誇大化して映像にしているので、却って気になるのである。
道元が断崖絶壁にたたずむ時に、その向こうにある月はあまりにも大きすぎ、またおりんが俊了を連れてみる「田ごとの月」は、現実にありえない映像である。
あるがままであれば、どうしてもっと自然な美しい月を映像化できないのか。
また、坐禅中に道元が悟っていくイメージを、蓮の花にのってすーっと浮かんでいくように表現しているが、これは絶対やってはいけない演出である。
映画のあちこちで、こういうイメージがCGによって表現され、この映画の品を落しているのである。

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貴重な遺産 -掛軸の太巻-

太巻

今月はお正月ということで、年頭にあたり、大切な掛軸などを出されたところもあったのではないでしょうか。その中には、「出してみたはいいけれど、本紙部分にこれまでなかった横皺や波打ち、または折れがでてきた」ということがあったかも知れません。

人は健康を維持するために色々と工夫をしています。それと同じように、古物にも少しでも健康でいてもらうために、何かできることはないでしょうか。

例えば、今回の掛軸などの軸物の場合でしたら、細く巻かれていた方が格好が良いのですが、細く巻くとどうしても本紙に負荷がかかってしまいます。上記の症状は、このことに起因することが多いようです。ですから、それらを軽減させるためには、保存時に太く巻いておくことが必要かと思われます。特に、この方法は本紙部分が硬くなったものや厚塗りの日本画などに効果があるようです。

太く巻くには、太巻(正式名称があるのでしょうか?)という専用の道具を用います。この道具は、桐で誂えるのが一般的なようです。確かに昔ながらの桐材は保存の面においても優秀で、やはりこれに勝るものはないでしょう。ただし、最近の桐材は品質に問題のあるものも存在するとのことですので、気をつけなければならないようです。また、誂えるとなると、数にもよりますが、とても高額になりますので、やらなければならないと分かってはいても、なかなか手を出しにくいことも確かです。

しかし、これらの古物は、かけがえのない貴重な遺産です。お寺をはじめ、保有されている方は、現在から未来にかけて、それらの古物の持つ色々な情報というものを、必要とする方々に対して提供できることが必要かと思われます。

大切な遺産を少しでも損傷などから守るために、各所蔵者自身が考えていくことが大切だと思われますが、いかがでしょうか。

※ ここでの紹介は、あくまでも筆者の個人的な考えです。実際に適用される際には、専門家等にご相談なさるか、それぞれの環境や条件にあわせて熟考した後、自己責任でお願いします。

東京国立博物館 『妙心寺展』 好評開催中!坐禅会、法話などのイベントもあります!
妙心寺展

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映画 "禅 zen"を見て

映画 

このブログでも既に二度、12/812/24でとり上げていた、映画「禅 zen」を封切り直後に見に行った。

京都でも1つの映画館でしか公開しておらず、それも1日3回。だが、それほど混むこともないだろうと、お昼すぎの時間帯の放映分へ1時間前に行ってみたのだが、なんとチケットは既に売りきれ。
休日にわざわざこの映画を見ようと出かけてきたのに、このまま帰るのも……と思い、夕方6時半からのチケットを買い求め、時間つぶしをして、再度夕方に映画館へ。

10分前になっても、比較的席は空いたままだと思っていたら、直前になって、一気に満席になってしまった。自分も含めてだが、暗い中でも剃髪した頭がちらほら見える。やはり僧侶、特に曹洞宗のお坊さんが多いのであろうな、などと思っていた。

さて、映画の内容についてであるが、まだ公開されたばかりだし、これから御覧になろうとしている方も大勢おられるだろうから、ひとまずここでは感想は差し控えておこうと思う。
キャスト面でいえば、天童山の老典座役の笹野高史の演技がよかったと思う。すばらしい禅僧の姿だ。

タイトルが「禅 zen」であるから、一般的には曹洞禅と臨済禅の違いはご存じない方々も、これを見て、いわゆる禅の宗旨とはこのようなものだと感じたりされるのであろう。
しかし、この映画の曹洞禅と、我々臨済宗とは、同じようで違う。そのあたりのことも後で少し書きたいとは思っている。

東京国立博物館 『妙心寺展』本日より!
妙心寺展

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ブータン 『日立 世界ふしぎ発見!』にて

ブータン

09年1月10日のTBS『日立 世界ふしぎ発見!』は、ブータンでした。
ブータンに魅了された者の一人として懐かしく、民営化はうまく進むだろうかと少し心配しつつ、新国王の凛々しさに魅了され、一時間弱でこの国の素晴らしさをどう伝えるのだろうと思いながら観ていました。
結果……懐かしいブータンの風景にも(ハンサムな国王様にも)見入りましたが、何よりも、一番に印象的だったのは、ミステリーハンター(ふしぎ発見!ではリポーターをこう呼びます)の諸岡なほ子さんの心の底から笑っている、こちらまで幸せな気分にさせてもらえるような“笑顔”でした。この笑顔だけで、かの国がどのような所か、そこに住む人々がどのような人々かを大いに伝えていた感があります。
私も、普段写真であまり笑いませんが、ブータンで撮った写真は、意識せず撮ったはずが、満面の笑みなのです。
小学校以来のこの番組のファンで、毎回興味深い内容で、ほぼ欠かさず観ている私ですが、なんだか今までで一番素晴らしい表情をしていたミステリーハンターなのでした。

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戦国の気風

中国の戦国時代、燕の太子丹は、自分を冷遇した秦王の政(後の始皇帝)に復讐しようと協力者を探した。田光先生という人物の評判を聞いた太子は彼を丁重に迎えて協力を懇願した。田光は言った「私はすでに年老いてご要望には添いかねます。しかし、私の親しくしております荊軻という者がお役に立つかと存じます」。太子は言った。「それではお引き合わせの程、よろしくお願い申し上げます」。
 田光の帰り際、太子は言った。「先生、この事はくれぐれも他言無用に願います」。田光は微笑して言った。「承知つかまつりました」。
かくて田光は事を荊軻に託すると、みずから首を刎ねて命を断った。

『史記』の「刺客列伝」中の有名な一場面である。田光は秘密を漏らさないという約束の証しを立て、かつ荊軻を鼓舞するために自ら命を絶った。その荊軻も田光からの推薦を受諾した時点で死を覚悟していたはずである。荊軻は刺客として秦王政のもとに赴くが、目的を果たされず死ぬ。その後も荊軻の友の高漸離という人物が始皇暗殺をはかって殺される。

この話を読んで圧倒的に迫ってくるものは、彼らにおける人間どうしの結びつきの異様なまでの強さである。国も時代も異なる我々には想像もつかないすさまじいメンタリティーである。戦国時代という乱世がそうさせたのであろうか。同じ「刺客列伝」には、次のような当時のことわざが記されている。

士は己を知る者のために死し、女は己を説(よろこ)ぶ者のために容(かたちづく)る

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2009年 元旦

2009年 元旦

あけましておめでとうございます。
本年も、禅文化研究所をどうぞ宜しくお願い申し上げます。

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大晦日

除夜の鐘

画・トーマス・カーシュナー師

大晦日といえば除夜の鐘。
昨年私は旅に出ていて、ヨーロッパでお正月を過ごしました。ものすごい爆竹の音、わいわいとにぎやかな人々の声、翌朝には河原にワインボトルなどが大量に散乱し、それを拾う為に元旦から清掃車がお目見えでした。厳かなクリスマスを過ごす分、新年ではじけるのでしょうか?!
はるかかなたの国で、毎年かわりばえのしない日本でのお正月、ことに大晦日には除夜の鐘の音を恋しく思ったものでした。

寒く暗い中、どこからともなくお寺さんから鐘の音が「ごーん、ごーーーん」と聞こえ始める。
「そろそろやな……」と暖かくして家族ででかけ、鐘を撞かせていただく。
朝はお屠蘇を若い者から…。前日はお寺へ出かけ、今度はお宮さんへ初詣。何日も続くおせち料理。いつも変わらぬお正月のひとこま。
「変」で幕を閉じた2008年。変わるも大事、変わらぬも大事。
皆さんは一年をどのように締めくくり、どのように新たな年を迎えられますか?

画 トーマス・カーシュナー師
『禅僧になったアメリカ人』のトムさんの画です。著書の中にもトムさんの自筆画がありますが、とっても素敵なのです!

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ゆく年くる年 2008年

昨年末、私がお世話になった白隠禅師の古道場、三島市龍澤寺の中川球童老師が遷化された。
明けて新年早々に、禅文化研究所の前理事長で、大本山天龍寺管長の平田精耕老師が遷化。
その後も、相国寺僧堂の田中芳州老師、研究所前所長の真珠庵山田宗敏和尚をはじめ、臨済宗各派の高僧方の遷化が続いた。またつい先般は、自坊の隣寺の住職も鬼籍に入られたりと、お別ればかりの寂しい一年だった。お葬式に始まってお葬式に終わったという感がしないでもない。

そして、清水寺の森清範貫主が書かれた今年の漢字は「変」。色々な意味で変革の一年であったということだが、私の中では「底」という漢字が浮かんでいた。経済不況、政治不信、暗い話ばかりの連日である。
是非、今年が「底」であって、来年からはゆっくりでいいので、なんとか浮上の一途であって欲しい。


さて、今年一年、このブログをお読みくださった皆さん、拙い内容にもかかわらず、ありがとうございました。
まだまだアクセス数は多いとは言えませんが、これからも話題を多岐にし、なおかつ、ちょっぴり我田引水的なブログに育てていくよう、平日は毎日更新を心がけていきます。
来年もどうぞ、禅文化研究所の"ブログ禅 -ZEN-"に、おつき合いのほどをよろしくお願いします。(-m-)合掌

なお、明日12/27~翌年1/6まで、禅文化研究所は年末年始の休業をさせていただきます。1/6に所在地の花園大学内の電気工事で停電となってしまうので、今回はちょっと長めにお休みをいただきます。
ブログも基本的に研究所がお休みの時はお休みさせていただいておりますが、ひょっとすると?ちょこちょこっとアップされるかもしれません。
再拝

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映画 “禅ZEN” ~女性として観る~

曹洞宗瑞龍寺 雪の高岡にて

春は花 夏ほととぎす 秋は月 冬雪さえてすずしかりけり 『本来の面目』道元禅師

2009年1月10日に公開される、道元禅師の生涯を描いた映画『禅 ZEN』について。
08'12/8の記事では、僧侶である私の上司がこの映画についてふれていたが、女性の視線からこの映画を観る時、私が一番に注目し、とても気になっているのは、内田有紀さん演じる遊女“おりん”の生涯についてである。
おりんは、遊女として生活しながら乳飲み子と夫を養っている女性で、後に乳飲み子を失い自暴自棄になるも、道元禅師と出会い、帰依し、最後には出家を遂げるという。

道元禅師が生きた時代の女性の地位、さらに遊女という立場、まだ小さな愛する我が子に死なれたその心……苦しみ、悲しみ、怒りややるせなさというのは、比較的自由に生きている(ように思われる)我々現代の女性には想像すらつかないように思える。お釈迦様の時代に出家した女性の話を読んでいてもまたしかり……。

が、「人の心は昔とそうは変わらない」とよく言われるように、時代や立場やその内容は違えども、私たちにだって、悩みや苦しみはある!と声を大にして言いたいのである。
この叫びにならない叫び(と言いつつ不特定多数がご覧になるブログで、思い切りはっきり言う現代女性な私)を、映画“禅ZEN”を観る事によって、自分とおりんを重ねてみて、彼女の心が救われるように、私も道元禅師に心救われる事をひそかに期待しているのである。
公開が待ち遠しい。

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加藤周一さん

白菊

加藤周一さんが亡くなったことを、昨日の朝日の夕刊(2008年12月6日)で知った。深い衝撃だった。加藤さんは心底先生とお呼びしたい人だった。立命館に来られていたころ、一度でもいいから受講したいと願っていたが、平日で叶わなかった。直接お目にかかっていないので「加藤先生」と書けないのが悲しい。楽しみにしていた朝日掲載の「夕陽(せきよう)妄語」が見られないのがとても気にかかっていた。お具合が悪かったのだと、今になってわかる。
加藤さんは本当に桁外れだった。私など加藤さんのお仕事の片鱗を垣間見させて頂いただけだが、ずいぶん以前に拝読した文体論など、今でも鮮やかに脳裏に蘇る。東大医学部で学ばれた加藤さんだったが、象牙の塔に閉じこもってしまわれなかった。戦争体験が大きく関わったのだろう。しかしこのことは、われわれ民衆にとって幸いだったと思う。医学の分野のみならず、ゆうゆうと世界に飛翔して、途轍もない視野で、さまざまな事象を掘り下げ、私たちにわかる言葉で伝えてくださったことは、やはり掛け替えのないことだった。
矢島翠さんという類まれなパートナーとともに在って、加藤さんのスケールは2倍、3倍の拡がりを得、なお日々の暮らしの隅々にまで眼差しが注がれたことは間違いないだろう。

加藤さんは民を愛する人だった。あのような途方もない「知の巨人」の言葉がわたくしのような一人の民のこころに届くのは、加藤さんが何よりもまずヒューマンな人だったからだと思うのだ。

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映画 "禅 ZEN"

2009年の正月に封切される角川映画、『禅 ZEN』をご存じだろうか。
私もつい最近になって、この映画が作られていることを知ったのだが、ブログ禅 -blog ZEN-としては、やはりとりあげずにはいられない。

ただ、この映画の主人公は、曹洞宗の開祖である道元禅師である。
我々臨済宗とは中国において繋がる禅の一派で、同じ禅宗ではあるが、修行体系など異なることも多々有る。
そういえば、先日の「禅と文化の旅」のバスガイドさんが「臨済禅宗」という言い方をしていたので、あとで、こっそり、そういう言い方はしませんよといって正したのだが、そうでも言わないと、臨済宗や曹洞宗といっても、一般には、これらが禅宗であるということが分からないのかもしれない。

さて、話は少し脱線したが、この『禅 ZEN』という映画は、道元禅師の生涯を映画化したものであるらしい。道元役を演じるのは中村勘太郎である。
曹洞宗を開いた禅僧で、只管打坐を標榜した人であることは知っていても、その生涯は知り得なかったので、楽しみにしている。

専用のホームページもできているので見てみたところ、関連リンクページがあるのでのぞいてみたら、Coming Soon となっていた。いくら道元禅師の生涯の映画であって、永平寺が舞台として出てきても、未だ曹洞禅ネットにはリンクしていないようだ。

禅文化研究所で事務局を兼ねている臨済宗黄檗宗連合各派合議所では、臨黄ネットという臨済宗の公的なホームページを運営している。
このホームページでやりたかったのは、インターネットというある意味バーチャルな世界で終えず、そこから、それを見た人を近くの禅寺や、禅寺の和尚に向かわせようというものだ。

さて、この映画は見る人の目にどのように映り、そしてどんな感情を残すのだろうか。既成仏教というものを見直されたり、実近に感じられるようになるだろうか。

もちろん私も劇場に足を運ぶつもりだが、どんな映画に仕上がっているのか楽しみではある。
余談だが、Googleで"禅 ZEN"で検索してみたら、本ブログもなかなかいいところに位置していた。(笑)
それでもまだ、けったいな商品を販売しているサイトに負けているのは腑に落ちないが。

12/24の記事「“禅ZEN”~女性として観る~」はこちらからどうぞ。


*本日は仏成道会(ぶつじょうどうえ)。お釈迦様がお悟りを得られた日です。

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捨てられない

少し前、ちょっと遅めの衣がえをした。
これまで着ていた夏物から冬物にかえるのであるが、その時に数本を紐で束ねた状態にあった針金ハンガーに目がとまった。

針金ハンガー。クリーニング屋さんに衣類を出すと、返ってくる時に無料でついてくる、"あれ"である。いつの頃からかビニールでコーティングされているが、目にとまったのは、それ以前に出回っていた針金のみのもので、付け加えるならば、少々経年劣化による変色がみられる程度で損傷等はない。

ハンガーというのは、人体の肩の形状を再現してある部分と、それを何かに引っ掛ける部分とで成り立っており、針金ハンガーは、それを"ひとふでがき"のように、針金で描いたものである。逆に考えると、この創造物は、針金という素材でしかつくれない、針金という素材ならではの、針金という素材でしか成りようのない物である。しかも、お仕舞いはクルクルっと捻じるだけ、というのも、この素材ならでは、である。また、極限まで無駄をそぎ落としたかのような加飾のない形状ということもあり、このような素材や形状等の関係に美意識を感じる人もいるようである。

しかし、肩の形状というのは針金1本で形成し得るものではない。だから、かけられている物によっては、クセがつくため、クリーニングから返ってくると、ハンガーをかえてやる必要がある。ということは、それらの針金ハンガーの役割というのは、家についてハンガーを交換した時点で終わり、ということになる。

このような針金ハンガーであるが、形状が変わりやすく、さびやすいため、再利用には不向きということで、大部分が産業廃棄物としての処分となるらしい。プラスチックハンガーは殺菌して再利用できるが、針金はゆがみを直したりビニールをかえたりと、リサイクルにかかるコストが高くなるということである。待てよ。そういえば、このような問題は針金ハンガーだけではない。視点をかえると、いろいろな問題があるようだ。

そんなことを知ってか知らずか、当の本人達は、なんだか達観しているように見える。また、それに加え、前述の針金のみの経年劣化組からは、「ここに来てずいぶん時間がたったけど、かける物があるなら、いつでも肩を貸すよ?」と、あくまでも用に徹した謙虚な面持ちで語りかけてくるのである。

そんなこんなで、捨てられない。

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人類みな家族?

源氏庭
源氏庭 京都廬山寺

今年は源氏物語千年紀ということで、特に京都ではこれに纏(まつ)わる催しが盛んだが、ふと1000年(ざっと40世代)遡ったら私の祖先の数はいったいどのくらいになるのだろうと考えた。ネットにはちゃんとそれを計算してくれた人がいて、なんでも、2×40乗で1兆995億1162万7776人になるという。魂消た。

当時の世界人口は3億人ほどだったようだから、それこそ、今の隣り近所の人も、バスや電車でたまたま乗り合わせる人も、みんな同じ祖先を祀っているのじゃないかと思うと可笑しい。これが2000年前(ほぼ80世代)になると、その数はなんと1予2089垓2581京9614兆6300億人という聞いたこともないような数字になるわけで、このうちの一人欠けても私は存在しなかったと思うとなんだか厳粛な気分になる。

しかし、こうなると世界中の人はほとんど親戚といっても過言ではないわけで、人種だの民族だの、高貴な生まれだの、卑しい身分だのとワアワア言ってる場合ではなさそうだ。

よく街頭で見られる標語に「人類みな兄弟」なんていうのがあって、フフンと思っていたが、これは意外にも真実だったのかあと妙に感心したりしている。

ユダヤ民族のように民族の記憶をことさら大切にする人たちをみて不思議な気持ちがしていたが、本当は民族なんてチマチマしたものじゃなくて、今、地球に住む私たち一人ひとりが、実は共通の祖先の記憶を共有しているわけで、そうなると、あの「集合的無意識」の世界も断然納得しやすくなってくるのだ。

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弥勒仏はお酒を飲んだ? 実は布袋さんだった!

萬福寺 布袋さん
萬福寺の布袋さん -臨黄ネット-
より

日本の語録の訓注の仕事を続けていると、おもしろい説話に出くわすことが多い。これもその一つである。
「渠(かれ)は是れ真の弥勒、酒は元と米汁より成る。人に飲ましめて共に快楽、一酔、無生を悟る」。
これが、現在訓注している、愚堂東寔(ぐどうとうしょく)禅師の偈。しかも、婦人にあたえた引導の法語である。さて、この偈に注を付すのが、小生の仕事である。余程、中国文学に精通していないと、この偈の意味と典拠は分からないと思う。小生も、一読で分かるわけではない。いろいろな作業を踏んで調べて行くのである。

まず、「弥勒」と「米汁」とをキーワードに、パソコンのデータを駆使して検索する。すると、運敞(うんしょう)の『谷響集(こっこうしゅう)』巻3に、「弥勒仏好飲米汁」という項目があることが分かった。『谷響集』本文のデータはないので、すぐに、和本を見る。あった、あった。

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『崖の上のぽにょ』 そして鞆の浦…

鞆の浦
鞆の浦 鞆の浦支援の会HP 風景ギャラリーより


少し前の話になりますが、宮崎監督アニメ、『崖の上のぽにょ』を観てきました。
子どもが圧倒的に多く、「ぽーにょぽーにょぽにょ魚の子♪」と妙に耳に残るあの歌を唄う子ども達に囲まれつつ…。
いつも宮崎アニメの音楽を担当されている久石さんの曲には参ります。私も声には出さずとも、頭の中を一緒に歌がぐるぐる…。テレビで宣伝をみている時から、「魚の子?ふくらんだ?!」と、あの歌のリズムと歌詞を聴くにつれ、映画が気になって仕方ありませんでした。

宮崎アニメのすごい所は、観る人の年齢によってその時々の感動や“気づき”がある事です。
小さい子どもさんには子どもさんなりの、私のような年齢には私なりの、また年配の方がご覧になられても、その時に応じたそれぞれの感動があるのです。
今回も、胸いっぱいひろがる感動と暖さと、心をほぐしてくれるような安心感を得て映画館を後にしました。

さて、この『崖の上のぽにょ』ですが、舞台になったのは、広島の-鞆の浦-といわれています。
この美しい日本の風景が残る鞆の浦が、危機に瀕しています。
歳を取るにつれ、日本の美しい風景が、これまでのように人間の利便性のみを優先して開発される事が無い事を願っている今日この頃。

意外であったのが、地元の人々の中には、利便性を考え、このプロジェクトに賛成している方たちもたくさんいらっしゃるという事。住んでいない他県の者がとやかく言うのはとても勝手かも知れません…ですが…。皆さんはどう思われますか?
詳しくはこちらをご覧下さい。

余談ですが、先日NHKの世界遺産を特集したテレビを見ていました。
イタリアのチンクエ・テッレに住むご老人が、とても優しい表情で、「この地が世界遺産に登録されたのは、ご先祖様からのプレゼントでしょう。だから我々はとても嬉しいのです」というような事を話しておられました。
断崖絶壁の、とても暮らしやすいとは言い難いような過酷な地に住む人々が、ご先祖様への感謝を忘れずに生きている姿がとても印象的で、今でもあのご老人の表情が私の胸に残っています。

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松平の郷

松平の郷

室町時代、三河国のある山里での話。

土地の領主松平太郎佐衛門尉は、慈悲深い性格で信仰心に厚く、村人から慕われていた。
雨の続いたある日、無聊をなぐさめるために太郎左衛門尉は連歌の会を開いた。ところが、書き手をする者がいない。
その時、どこから現われたか旅人が少し離れたところから見物していた。太郎左衛門尉は声をかけて書き手を頼む。するとなかなかの手で句も見事である。太郎左衛門尉はしばらくの逗留をすすめ、先祖を尋ねる。旅人は答える。
「我々時宗の僧侶と申すは、東西を流れ歩く者で、お恥ずかしいばかりです」
やがて太郎左衛門はこの旅人を婿に取り、松平の家を継がせた。これが松平親氏である。親氏から八代目の子孫が徳川家康である。

徳川家の公式見解では、その先祖は清和源氏新田氏の流れを汲むということになっている。ところが、松平郷に古くから伝わる『松平氏由緒書』には、そのような先祖を飾る記述はない。もっと素朴な、牧歌的ともいえる一族の発祥譚が記されている。

愛知県豊田市の松平郷は足助川の谷筋の国道301号線から、さらに脇に入った沢筋の土地である。その山間部のわずかな平地に、周囲を濠で囲まれた松平東照宮がある。太郎左衛門家の屋敷跡である。谷の奧には松平親氏の墓などがある浄土宗高月院がある。

このようなひなびた山里から全国を制覇した徳川家が出た。それが遽かには信じられないほど、松平の郷は静かであった。

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宝彩有菜さんの新刊書

瞑想で始めるしあわせ浄化生活

宝彩有菜さんから新刊書が届いた。『瞑想で始めるしあわせ浄化生活』(毎日コミュニケーションズ刊)というイラスト満載の本である。いつものようにいい本だ。この書の「瞑想」とは「坐禅」そのもののことだが、「瞑想」の工夫が面白い。初心者向けの瞑想の手順は3つあって、
(1)集中(意識を集中する)
(2)気づき(出てきた思考、雑念に気づく)
(3)棚上げ(それを片づける。つまり浄化する)

このなかで「棚上げ」のやりかたには4つあるが、その1つが「ラベル貼り方式(まとめて別の名前をつけて、考えを止める方法)」というもの。つまりは出てきた妄想にラベルをつけて、棚上げするのである。ポコポコ湧いてくる考えや思いに、「お金持ちになりたい件」とか「美人化推進計画の件」また「商売繁盛の件」「無病息災の件」などと愉快な名前をつけていく。そうすると妄想にずるずる引きずりこまれないで、そこからあっさりと手をひくことができるわけである。坐禅で数息観や随息観が結構大変なことを御存知の方にはこの方法が画期的だというのはすぐにおわかりだと思う。

日々の瞑想を通して細かい工夫を重ねている宝彩さんは、乗り物のなかでも「定(じょう)」に入る。気づくと向かいに腰掛けている人が、どういうわけか眠り始めるという。「場」がゆったりとし始めるのであろう。不思議でも何でもない気がする。

第6回 西村惠信所長といく“禅と文化”の旅 参加者募集中!
詳しくはこちらからどうぞ。

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大和し美し -浄瑠璃寺付近の風景-

美しき国 日本

先日ブログにてご紹介しました、MIHOミュージアムの展観-大和し美し-ですが、浄瑠璃寺近くにはそんな日本の美しい-風景-がそこかしこに残っています。
人工建造物などはいっさい見えない、なだらかな山と田畑。とても美しいです。

花おくら

珍しい花おくらです。おくらの花と同じような色形ですが、数倍大きい!
そのまま食べられます。

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禅堂の改装

禅堂

本研究所のある建物は無文館(名称は花園大学の元学長であり、本研究所の初代所長の山田無文老師に由来する)といい、花園大学との共用で2階が禅堂となっている。
一度に200人以上が坐れる広さを持ち、普段は実践禅学の講義や一般を対象にした早朝坐禅会で使われている。
休会となって20年以上経つが、研究所主催の金曜市民坐禅会がここで行なわれていた。この坐禅会は2しゅ(火+主)の坐禅の後、無文老師の提唱のテープを聞くのが定例で、2階から流れてくるテープの音声を聞きながら仕事をしていたことを懐かしく思い出す。

さて、この禅堂が現学長の肝いりでリニューアルされた。専門道場を模した造りとなり、前後に板戸や火灯窓が設けられている。単の数は少し減ったが、それなりの雰囲気を醸し出している。
大学の総合化が進み、花園大学も宗門以外の学生が殆どを占める。しかし、臨済禅を建学の精神に標榜するからには、全学生に坐禅を基本とした臨済禅の教えをしっかりと学んでもらいたい。新しい禅堂がその中心となることを願うものである。

禅堂
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赤塚不二夫さん

漫画家の赤塚さんが亡くなって、久しぶりに、氏の「茶碗蒸しとスプーン」の会話を思い出した。スプーンと茶碗蒸しが描かれていて、スプーンの吹き出しに「あなたもう寝ましょうよ」とある。それで私は心の芯まで愉快になってしまった。スプーンも茶碗蒸しも、その役割を軽々と逸脱して、信じられないほど無意味に、しかし堂々とそこに描かれている。

別の図柄。頁の上の方におてんとうさまが描かれ「ポカポカ」とある。そのお日様の下のほうで若者たちが殴り合いをやっている。「ポカポカ」は殴り合いの音だったのだ。その絵を見た秀才の友人が、「赤塚は天才だね」と言ったのが何十年も昔のことだ。今思い出しても、その情景は色あせない。

8月5日の朝日の朝刊に、鶴見俊輔先生が、「赤塚不二夫さんを悼む」という追悼文を寄せておられる。
「一代の奇才、赤塚不二夫の逝去を惜しむ。赤塚不二夫を見るようになってから四十年あまり、まだその影響の渦の中にいる」という書き出しで始まるその文には、赤塚さんの造語もいくつか引かれている。「ガバチョ・トテシャン」(薬はまだか)、「タネプップー」(スイカ)。飛び跳ねる馬の情景を「パカラン、パカラン、パカラン」と何十コマも描く。鶴見先生はこの筆力を、「ゼロ歳児にもどった生命力の裏づけによる」もので、「その生命力の無法な羽ばたきが、今も私の耳にある」と書いておられる。

赤塚さんの漫画の数々を思い出してみると、どの楽しさにも、楽しさだけがある。赤塚さんのギャグは、出会ったときと同じ新鮮さを今も保っている。いずれにも「法(しばり)」というものがすっぽりと抜け落ちているからだろうか。

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ブログ再開

福山_明光院

ご無沙汰致しております。
皆さま、お盆はいかがお過ごしになられましたでしょうか。

私事ですが、小さい頃の記憶というのは断片的にとても鮮やかに残っています。
毎年皆でお墓へとご先祖様をお迎えにいき、お供えものには茄子や胡瓜に割り箸が刺され、いつもより豪華に色々な物があり、なんだかこの時期だけに登場する特別な提灯がずっと灯りをつけられ飾られている光景です。
子供ながらに「特別な日、大切な日」というのを感じていました。今になって記憶をたどり、考えてみると、子供というのは、親が思っているよりも色々なものをちゃんと見つめて、考えて、わかっているものだなぁ…と思います。
だからこそ余計に、子供には伝えるべき事はしっかりと! と思う今日この頃です。

お盆が過ぎたというのに、まだまだ暑い日が続きそうですが、どうか皆さま健やかにお過ごしください。
本日よりまた、宜しくお願い致します。

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普通の水

四国 石鎚山

ミネラルウオーターを飲んだ。
いろいろとミネラルが添加された「おいしい水」なのだそうである。
その水を見ながら考えた。この水と同じぐらいのミネラル分を有する天然水というのは、どこに行けば飲めるのだろうか。

そして、いろいろと水の綺麗そうな場所を思い浮かべ、おいしく水を飲みおわり、さて使ったコップを洗おうと蛇口をひねって、また考えた。いま飲んだ水と、このコップを洗おうとしている水と、どこがどのように違っているのか。

また、そういう時にかぎって、たまたまペットボトルの水を買っていた。ちなみに、ラベルによると某外国から輸入されているものらしい。

残り少なくなったペットボトルをながめながら、ミネラルウオーターが出てきた時には、「お金を出して水を買うなんて」とおもっていたことや、「水の臭い」と信じていたものの正体が実は「塩素」だったことなどを思い出した。しかも、このペットボトルに入っている水は外国から輸入されたものである。資源開発につながる地球規模の環境破壊にはじまり、天然資源の切り売りによって獲得される保有国の利益、そもそも水とは本来誰のものなのか、はたまた今日の研究成果の俎上にある人工的につくられた、さまざまな「おいしい水」が飲めることが本当に幸せなのか、などなど、そんな思いが浮かんでは消えていく。

そんなことにさんざん時間を費やしたあげく、ふと思った。
いつでも、どこでも、ただで、普通の水が飲めたらいいのに。

でも、普通の水ってどんな水なのだろうか?

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どですかでん

映画監督の黒澤明氏が亡くなって十年になるという。

黒澤監督の初カラー作品「どですかでん」は評価が二分した。とくに日本での評価は非常に低かった。

私はこの作品が好きで、当時映画館で二度見た記憶がある。
「どてすかでん」というのは、自分を電車の機関士と信じる少年が、作中で発する電車の擬声語である。夢の島で撮影されたというこの作品に登場する町は、想像を絶するような掃き溜めであったが不思議に美しい印象が残っている。
各々に過去を背負って町に流れついた登場人物全員が作品の主人公である。零落してなお過去の栄光のみに生きる子持ち男、智恵遅れの少年と、やたら「南無妙法蓮華経」を唱えるその母親、妻の姦淫が原因で完全に自己に閉じこもったインテリ、正体不明のご隠居、荒くれ人夫たちや破天荒なその妻などなど。日本の極貧の町の縮図である。
ある日、荒くれ男が怒り狂って雨のなか刀を持ち出して振り回す。だれも怖くて近寄れない。住民のひとりである「ご隠居」が近づいて、何やら言う。男は刀を振り回すの止め、うなだれて家に帰る。しばらくあとに、別の住民が刀を引っ込めた理由を尋ねる。荒くれ男が答える、「あんとき、ご隠居がこう言ったんだ、〈お一人ではお疲れになるでしょうから、私が代わりましょう〉。おれは何も道路工事をやってたわけじゃねえんだよ」。
黒澤作品に一貫するのは深いヒューマニズムだが、どの作品にもどこかしらユーモアがある。

日本での酷評による黒澤監督の落胆は大きかったと聞く。綿密かつ大胆な映画作りで定評のあった巨匠はまた繊細な芸術家でもあったのだ。名高い「羅生門」も当初日本での評価は極めて低く、大映で制作に関わった重役たちは全員飛ばされたという。
しかし1951年にこの作品がヴェネチア国際映画祭でグランプリを受賞すると、国中が手のひらを返したように黒澤氏を大監督と呼ぶようになったのは周知のことである。

黒澤作品には、いずれも世界に通じる〈普遍的な映画の言語〉があると看破したのは映画評論家の淀川長治氏だが、大戦後、欧米一辺倒となってゆく風潮のなかで、それまでと変わることなくどっしりと腰を落ち着けて、極めて日本的な風土・人々を描き続けた監督が、世界の圧倒的な共感と賞賛を得たのは愉快で嬉しい。

1970年代の終わり、時にはあからさまな人種差別の眼差しに射られながらフランスで勉強していた私が、当時もっとも誇りとしたのは、黒澤明と同国人であるということだった。

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ユニバーサルデザイン

電卓

私たちの身のまわりには、0から9の数字のボタンが付いた機器がたくさんあります。
電話や電卓をはじめ、パソコンのキーボードやテレビのリモコンにも数字のボタンが付いていますが、それぞれの機器によって数字のボタンの配列に違いがあります。
電話は上から下へ、電卓は下から上へと数字のボタンが並んでいます。この違いに違和感を覚える方もいらっしゃるのではないでしょうか。

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播磨灘物語 -黒田如水邸趾-

黒田如水像(崇福寺蔵)

司馬遼太郎の『播磨灘物語』を読んだ。戦国時代の武将・黒田孝高(官兵衛)が、立身していく物語である。のちに出家して黒田如水と名乗るので、その方が有名かもしれない。官兵衛は「かんべえ」と読むものと思っていたが「かんひょうえ」と読むようだ。

黒田はもと今の滋賀県北部にある木之本町黒田の出身とされる。ただし、この時代の出身地については、信憑性に欠けることも多く定かではない。祖父の代に播州に入り、小大名である小寺家に仕え、官兵衛はのちに姫路城代となり、東には織田信長、西には毛利輝元の二大勢力の狭間に位置することになったが、早くから織田につくべく主君を説得し、また孤立もし、まさしく戦国の世の中を突き進んでいくことになる。
その後、中国地方の平定のために出向く秀吉の軍師として、その力を発揮していく。特に、備中高松城攻略の際の巨大な堤防を築いての水攻め、そして直後の本能寺の変を聞いての秀吉軍の中国大返しを進言したのは、この黒田官兵衛なのである。

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西小路通り

西小路通り

花園大学キャンパスの西側を南北に通る道が西小路通である。南から太子道までは広く快適な道だが、大学付近は依然として狭隘な道だ。もちろん一方通行である。

ずいぶん以前から拡幅計画があるようだが、最近はあらかた用地買収も完了したようで、丸太町通りとの交差点には信号機も設置された。
 
道路が拡幅されると自動車の通行もスムーズになり、歩行者も歩道を安心して通ることができる。しかし、そのぶん自動車の通行量は増える。歩行者の道路横断は難しくなり、両側の町は分断される。
 
そのような状況が各地でしばしば見られる。道路整備は重要だが、人々のつながりを壊さないような配慮が必要であろう。

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改築中

改築中

現在、築28年になる私の実家では、改築作業の真っ最中です。トイレ、風呂、キッチン、リビングと順に作業が進みます。
先日、久しぶりに実家へ帰ってみると、家族団欒の場であった居間が取り壊され、柱がむき出しの状態になっていました。
ふと懐かしい思い出がよみがえりました。居間に家族が集まり、食事をしたり、テレビを見たり、正月にはトランプをしたり、時には逃げ出したハムスターを捕まえようと必死になったことも思い出しました。
小さい頃から慣れ親しんだ部屋が無くなるのは寂しいですが、きっと新しい部屋にもたくさんの思い出ができることでしょう。改築の完成が楽しみです。

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「御大切に」

福寿草

上田閑照先生の新刊書『言葉』(岩波現代文庫・哲学コレクションⅢ)。謹呈の栞に、「言葉の問題」は私の思想の動脈であったことに気がつきました、御大切に、と御書き添えくださった。

「御大切に」という先生の「言葉」が、ほんとうにありがたい。先生のあたたかさが静かに心にひろがって、ご本を頂戴した日は、雪が降りしきっていたけれど、一日中あたたかだった。今もご本を手に取ると、なおあたたかい。おそらく先生は、書を認められるとき、「御大切に」という言葉をお書きになるだろう。しかし先生が私にくださった「御大切に」は、たったひとり私のためにお書きいただいた唯一無二の「御大切に」で、天地一杯の「言葉」だ。そのことが何やかやと心騒がしい日を送る私に底知れぬ勇気を与えてくれる。


本書で、上田先生は、西谷啓治先生の「言葉」を次のように記しておられる。

――西谷啓治先生のもとで私は哲学を学び始め、先生が生涯の師となった。四十代半ば、その二、三年来の経験に打ちひしがれて、先生に「すべてがいやになりました」と訴えたとき、一呼吸、間をおいて先生は言われた、「それはいいことだ」と。これはその弟子の存在を別調に転ずる一転語になった。――

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St. Valentine's Day

梅の蕾もほころびかけて…

研究所のブログにこのタイトルは無いだろう…と思われた方には、先にお詫びを申し上げます。

「そもそも、バレンタインデーってなに?」と、疑問に思い調べたのは何年前だろうか。
いろいろな説があるようだが、ヴァレンタインとはローマ帝国時代のキリスト教司祭で、その死についてはなかなか血なまぐさい歴史があり驚いたものである。

日本では、女性から男性への愛の告白。そして、現在では、お世話になっている方へ感謝の証として義理チョコをせっせと配り、チョコに目がない女子は、この日を狙って輸入されてくる普段は買えない海外のあらゆるブランドチョコを「ご褒美チョコ」として自分に買ったり、友達と交換したりする。
そしてホワイトデーなるものも、日本で生まれた習慣。 本来のバレンタインデーの意味は知らなくとも、海外の行事を自国独自のお祭にしてしまう、日本人の懐の広さには驚くばかりである。

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病気にならない生き方

研究所前の花壇に咲く水仙

幼なじみに強く薦められて、新谷弘美著『病気にならない生き方』(サンマーク出版、2005)を読んだ。
母を膵臓ガンで亡くしたとき、木をみてまったく森をみない現代医療に対して強烈な不信感を抱いてしまった私は、この書の著者が、大腸内視鏡によるポリープ切除を世界で初めて手掛けた権威ということで、読む前からちょっと引いていた。
昏睡状態ですべてを受け付けなくなっていた母の腕には最後まで点滴注射が打ち続けられ、腕は二倍もの太さに腫れ上がっていた。「どうしてこんな無意味な点滴を続けるのか」と詰め寄った私に、ある意味誠実だった主治医が「これが現代の最善の医療なのです」と言ったのであった。

新谷(しんや)先生は9万件以上のポリープ切除を行なってきたが、40年に亘って一度も「死亡診断書」を書いたことがないという。大腸ガンなどのシリアスなケースを多く手掛けながら、「ガンの再発率ゼロ」という結果を出してきたからのようだ。
本書は、「何を食べて、どんなふうに生活するか」を具体的に示すことによって、「病気にならない生き方」「病気を再発させない生き方」を説いたものである。しかし、「健康オタク」系の本ではまったくない。40年を越す臨床医としての経験からくる信念と「だれもがよりよく生きてほしい」という祈りが随処に感じられるのである。

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「鍛える」ということ

警策

日々、黙々と坐禅をする友人の研究者が、「規律やしごきで人が悟れるなら、どうしてアウシュヴィッツの囚人たちは悟らなかったのだろう」と言ったことがある。

相撲部屋のしごき騒動が云々されている。激しいぶつかり合いの稽古が禁止されれば力士たちの教育が根本から揺らぐとの声もある。

かつて梅林僧堂で修行をされた加藤耕山老師(1876~1971)が、臘八摂心(12月1日から釈尊成道の12月8日まで僧堂で行なわれる不眠不休の修行)の様子をこう語られている。


梅林寺という所は、ほかの時は別だが臘八だけは思いきって叩きよりますからね。(中略)堂内のほうでは直日(じきじつ、禅堂内での総取り締まりの役)は「独参をせよ、グズグズ坐っておっても何もならん、独参せよ」と。そうすると行くんですな。行くと大庭の所に助警というのが五、六人警策を持って立っている。「何ウロウロしとるか、そんなドイツイことで老師の前に行って何になるか。しっかり坐って来い、禅堂へ行って坐ってこーい」。それでも禅堂へ行くと叱られて追い出されるから、我慢はって行こうとする。ナニクソと、もう暴力ですな。一人や二人ならいいが、四人も五人もおって、なかには柔道何段なんていうやつがおって、しまいには真剣になってやりだすんじゃ。(中略)坐れというのならいくらでも坐っておるんじゃけれども、両方ではさみ打ちする。一方は「行け」というし、一方は「いかん、行くな」とこういう。無理ですわね。それがもう、実に悲惨ですからね。バタバタバタと、まるで戦場とちょっとも違わん。血相を変えてやりますからね。あまりバタバタ、ガタガタやるから、老師が心配さっしゃるです。「えろうゴタつくが、どうも修行はそんなもんじゃないがねえ。あやまちでもできるといかんから、たいがいにするように」と。わたしが古くなってからですが、「老師、心配しなさるな。存外心配なさることはありませんよ」と、なだめよったがな。そりゃそんなふうで、「あんまりこういう時代のことだから、たいがいにしておかないと」と、これをやめた老師があったですよ。そしたらあんた、もうちいっとも気がのらないですよ。沈んじまって、どうもいかんです、……


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貪(むさぼ)る

いがぐり

米国の食品医薬品局(FDA)は、2006年12月に、「クローン動物およびその子孫の肉や乳は、我々が日々摂食する食品と同様に安全である」という発表をしたという。クローン動物の肉・乳の販売が合法化されれば、アグリビジネス企業は、その製品を販売することはもちろん、製品がクローンであるか否かの表示義務も課せられない。
かつてFDAは、死んだ家畜を生きた家畜に与えてもまったく問題はないとの見解を示した。しかし、牛海綿状脳症(狂牛病)の恐怖が世界を駆け巡ったことは記憶に新しい。
企業レベルでクローン化の採算が取れるようになれば、世界におびただしい数存在している米国発のファーストフードのチェーン店などで、早晩、規制の網をスルリと通り抜けた無表示のクローン動物の肉のハンバーガーなどが店頭に並ぶことになるのだろうか。
 
私たちはいつのころから、心の痛みを伴わずに、生き物を食するようになったのだろう?

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Myお箸でエコの仲間入り

Myお箸

夕べ深夜のニュース番組を見ていたら、東京都では今まで燃えないゴミとして出していたプラスチック容器を、燃えるゴミとして出していいことになるという。 私が住まう町は、ずっと前からプラスチック容器も燃えるゴミで出せていたので、存外意外ではあった。

東京都がこういう方向転換をしたのは、今まで燃えないゴミの廃棄場所として東京湾に埋めていたが、このままであと40年もすると、東京湾内に埋め立てられる場所がなくなることが見えてきたため、ゴミ処理施設の新設や改修して、プラスチックゴミなども高温度で焼けダイオキシンが出にくい処理が可能になったためであるという。
そういう意味では東京都よりうちの田舎町の方がゴミ処理場が先進的だったのであろう。
しかし、女性レポーターが訪れた東京湾のゴミの山は、そのレポーター自身も「絶句し、めげるほどだった」というほどのゴミゴミゴミ・・・。人間の愚かさを露呈しているような光景だった。

そして我が身のことに立ち返る。
常日頃から、できるだけゴミを出さないようにと心がけてはいるものの、なかなか実質的なことができないでいた。そんななか、最近、研究所の我ら編集部員は全員、Myお箸を持つようになった。毎日、昼御飯を購入するコンビニで、「お箸はいりません」と言っている。一度きりしか使わない割り箸を今までどれだけ無駄にしてきたことか……。
ほんの些細なことだが、エコ生活者への仲間入りである。

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女というのは・・・

久しぶりに楽しい言葉に出会った。

ジョージ秋山の『浮浪雲(はぐれぐも)』。連載八百回記念という今号は、なんとか良い妻をめとって子どもに恵まれていい生活をしようと生真面目一本でやってきた男のおはなし。ほのかに思いを寄せる女性はいるが、一歩が踏み出せずに悶々と日々を送る。そんな男に、品川宿「夢屋」の頭(かしら)「浮浪雲」が「指南」する。

「女とはどういう生き物か知ることでんす。女は三つでできてる生き物でんす。虚栄と快楽と打算でんす。この三つを満足させるのが男の仕事でんす」。

あまりに言い得て妙なので、思わず声を立てて笑ってしまった。こんなふうに思い切れる男に女はどれほど出会いたいことか。

そして不思議なことに、そんな浮浪雲と暮らす奥さんのカメさんには、「虚栄」や「快楽」や「打算」に駆り立てられる風が微塵も感じられないのである。

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老舗の心

熱帯地方の睡蓮(未草)

先日、とある老舗に長年使っている大切な物の修理をお願いした。
それが昨日届いたのだが、無駄なゴミを出さずシンプルながらも、大切な物を絶対に濡らさない、傷つけはしない、非常に気配りされた丁寧な梱包で、中味を見るまでもなく嬉しく思った。

そして、修理に出した物がまた職人さんによって新しい命を吹き込んでいただいたような気がして、「心を込めて何かをする」という事は、こちらにまで間違いなくきちんと伝わるのだなぁと改めて思い、大切な事を教えていただいた次第。

老舗、御用達、名店と謳われるほどの店になるまでには、先人の数知れぬご苦労があった事であろうし、今現在ものれんを守っていく困難との闘いであろうと思う。
修理に出した物一つに、老舗であるゆえん、その心を見、非常に爽やかな気持ちが心に拡がった。

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美しい国、日本?! -アレックス・カー氏-

氏は、雨蛙を見てエメラルドと・・・

7月15日、TBS『情熱大陸』というTV番組に、アレックス・カー氏が出ておられた。
どのような方かはこちらで>『情熱大陸 アレックス・カー(東洋文化研究家)』

様々な仕事をこなしていらっしゃるが、その全ての根底にあるのは、-本当に美しいものとは何か-であって、揺るぎない信念と審美眼を持つ彼だからこそ出来うる仕事をしていたら、それがあらゆる分野にまで拡がっているだけなのだと思えた。

「日本は、東洋の文化の終着地点のような所」と、番組内でおっしゃっていたが、まさにその通り。それは、アジア各国に趣き様々なものを自分の目で見て、手で触れて来たからこそ自然と出てくる言葉なのだろうと思えた。
今、政府は「美しい国、日本」というコピーを携えているが、それならば、その日本の源流とも言える国々の文化の知識までをも持ち、その上で、なかば壊れかけた日本の美しい風景や文化をどのように立て直して行くのかを見据えなくては、狭い狭い日本の内だけを見て「美しい国、美しい国」と言っていても、机上の空論に過ぎない気がする。
氏のように、知識と経験、ものを見る心の目を持った方に政策に携わって欲しいような、すがるような気持ちになってしまった。

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国鉄山陰線天神踏切西方20メートル

かつての国鉄山陰線

研究所から少し離れた所にある、何の変哲もない高架下。かつてここには踏切があった。
1969年6月24日午前2時36分ごろ、この地で一人の女子大学生が二十年の短い生涯を終えた。

“「独りであること」、「未熟であること」、これが私の二十歳の原点である”
                  (高野悦子『二十歳の原点』13ページ)


今、この地に立つと、時代の流れと個人の運命が交錯し、惻惻と私の胸に迫ってくる。

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雪の少ない冬でも、なごり雪となるか・・・

先日のニュースで、東京都内では、この冬、一度も降雪を観測していないと言っていた。観測史上初ということだそうだ。
確かにこの冬は暖かい。
つい1週間ほど前には、もう今にも芽が出て桜が開花しそうなほど暖かな日がきたかと思うと、この数日は一転して冬景色である。しかし、例年ではこのくらいの気温が標準なのであり、やはり今年はどうかしているようだ。
先に琵琶湖岸の菜の花畑をご紹介したのだが、その場所とそう遠くない湖畔の朝の模様。

最後の雪になるか・・・

湖西の山は白くなって、鳥たちもいささか寒そうに羽毛を膨らませているようだった。

さて、そこから琵琶湖大橋を渡って、京都へ抜ける途中という町。

途中町の雪景色

堅田からのバスの終点なのに「途中」というバス停のある、この滋賀と京都の県境の峠の町は、昔から若狭から京都へ抜ける重要な物資輸送路で「若狭街道」と呼ばれる街道の中継点だった。
この若狭街道は、若狭で捕れた鯖に塩をまぶして不眠不休で京都まで運ぶとちょうどよい味になっていたため、いわゆる「鯖街道」と呼ばれるようになった。
昔は今よりはるかに雪深く、さぞ難所であったことであろう。

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朝日と夕陽

亥年を迎えてから、はや半月。もう今年の24分の1が終わったことになる。

よく言われることだが、日本は敗戦後60年で、日本人としての大切なものをどんどんなくしてしまっていっているのではないだろうか。
例えば、大晦日から元旦。
ただ日が変わるだけといえばそれだけだが、やはり、ただそれだけのことではないと思う。
私が子供の頃、元旦の朝には必ず、下着から上着にいたるまで新しいものを着させてもらった。
そういう区切り、けじめが、今の時代ではなくなってしまった。

物が溢れているから、いつも関係なく新しいものを手に入れ、好きなときに身につけてしまっている。
そういうことになれてしまって、感謝の心も無くしてしまっていっている。
アメリカナイズされ、個人主義が高じてわがままになり、自分だけの生活のまま社会に出てしまっている人たちが世の中に沢山いる。
通勤途中でもそういう人たちを沢山見かける。電車の中で化粧する女性、禁煙の駅のホームで喫煙するビジネスマン、車内で着メロを鳴り響かせる高校生。
どこかに書いてあったが、現代社会では、部屋で寝ていたときの姿のままで外出できる人が、とても沢山いるらしい。信じ難いことだ。

asahi.jpg

そういえば、明治生まれの今は亡き私の祖母は、生前、朝夕に山門を開け閉めするのが日課だったが、その時にはかならず、朝日に向かって手を合わせ、夕日に向かって手を合わせ、月に向かって手を合わせていたのを思い出す。子供の頃、私もよく付き合わされたものだ。
今思うとと、祖母にとっては毎日毎日が元旦と大晦日のような心構えだったのかもしれない。
見習わなくてはいけないことだ。

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巨木の受難

古木が生い茂る鎮守の森。その姿は日本人の精神の原風景とも言えよう。「千古斧入れぬ」という形容もあるように、祖先たちはその保護に意を注いで来た。最近では巨木に対する関心も高まり、各地で調査保護の活動がなされている。

この鎮守の森に、思わぬ所から危険が迫っているらしいのである。

私の父が氏子総代を勤めている故郷の鎮守の森で、一本の桧(ひのき)が枯死した。直径1メートルもあろうかという巨木で、入札にかけたところ、保証金も含めて数百万という値がついた。大木が枯れたことは誠に残念ではあるが、不足しがちな神社予算に、思わぬ臨時収入が舞い込んだ。

ところが、である。

専門家に調べてもらったところ、地表に出た樹根の目立たないところに巧妙にドリルで穴が開けられ、なんと除草剤が注入されていたのである。こんなことをされたら、どんな巨木でもひとたまりもなく枯れてしまうという。

近頃は大木の伐採もままならず、巨材が品薄で価格が高騰、中には、このようなけしからぬ振る舞いに及ぶ悪質な木材業者も存在するようだ、とのことであった。

似たような事件は各地で起きているという。最近も和歌山県の丹生都比売(にうつひめ)神社のご神木が被害に遭った。ふだん人のいない神社が狙われやすいようだが、山林を所有する寺院でも注意が必要だろう。

今まで元気だった樹木の葉が突然黄変したら、一応は疑ってみる必要がある。

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情報をよむ

昨今は大学の履修科目に、メディア・リテラシー(media literacy)というのがあってなかなか面白そうだ。これは種々の媒体(メディア)を通して氾濫する情報を、批判的にどう読み取り、自らの考えをどう伝えるかという能力を培うための学問のようだ。
「新聞・雑誌・ラジオ・テレビといった古い形のメディアの伝える情報の圧倒的な影響力に対する問題意識」に端を発するというメディア・リテラシーは、当然の流れとしてのネット情報の読み取りや、芸術作品の解読といった方向にも切り込んでいる。
 
1920年代、ドイツの国策映画会社、ウーファを中心にしてドイツ映画は黄金期を迎えたが、そこで活躍した映画人の多くは、それ以後、ドイツが辿ってゆく反ユダヤ主義の思想とは相容れなかったのであり、ある者たちはアメリカへ、またある者たちは映画界を去って行き、最後にヒトラーの体制とともに残った才能は、レニ・リーフェンシュタールのみであったと言われる。

かつては舞踏家として活躍したリーフェンシュタール監督の撮影方法には、絶妙のリズム感があり、それまでのドイツ映画の卓抜な技術を継承した、比稀な感性が見事に開化した作品が、「意志の勝利」であり「オリンピア」であった。「意志の勝利」は1934年ナチ党大会の、「オリンピア」は1936年ベルリン・オリンピックの記録映画である。

しかし、いずれの作品も、見るものを圧倒するその映像の美のゆえに、ヒトラーをヒューラー(総統)とする体制を根底から支えるのに貢献をしたことは、歴史的事実として否定できないだろう。
「オランピア」においては、ドイツ選手たちの競技に一喜一憂するヒューラーの姿が、様々な角度から映し出され、選手たちの勝利のたびに、その栄光を讃えるハーケンクロイツ旗が高々と掲げられた。軍服に身を包み、貴賓席から拍手を送るヒトラーの「雄姿」からは、彼の頭の中にすでにできあがっていたはずの、国を挙げての狂気の未来について、何人も思い描けなかったのである。

レイ・ミュラー監督の「レニ」は、「意志の勝利」の制作によって、戦後弾劾され続けた、このレニ・リフェンシュタールの伝記的記録映画である。
「レニ」において、リーフェンシュタールは、「結果を知っていたら、決して『意志の勝利』は撮らなかった」と言っている。映画監督であったリーフェンシュタールの政治的無関心は、決して糾弾されずに済むものではないが、「あの時代」を読むことは、後代の我々が考えるほどに易しくはないだろう。ヒトラーは国民投票により88パーセントの支持を得てヒューラーになったのであり、ナチ党大会の記録映画「意志の勝利」をフランスはじめ、ヨーロッパの数カ国が表彰したのである。

私たちは「同時代」をいかに読み透すことができるのか。これは傑出した一握りの「専門家」にのみ向けられるべき問いではない。一市井人のこの「私」が確かな眼で情報を読まなければ、世界は想像を超えたスピードで歪んでしまうだろう。想像を超えたスピードで情報がゆき交っているからである。
 
メディア・リテラシーについて考えるとき、昨年一年、日本のマスメディアが狂乱して報道した堀江貴文さんの事件などは、私たちがどのようにして「真実」を読み取るべきかを示唆した象徴的な「出来事」にも思える。
(M)

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良いお年を・・・

雪の天龍寺


本年は、禅文化研究所ブログにお付き合い頂き、誠にありがとうございました。
禅文化研究所は、明日、平成18年12月26日~平成19年、1月4日まで、冬季休業を頂戴致します。
何かと御迷惑をおかけする事となりますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

さて、7月から始めさせていただいたこのブログですが、文章を書いて皆さんにご覧いただくというのは、
なかなか職員一同にとっても、良い刺激となりました。
また来年(1月5日より再会予定)も、日々皆さんに、新鮮な京都のお話・禅のお話・豆知識、その他職員
のつれづれ日記などをお届けして参りますので、どうぞお付き合い下さいませ。

それでは、皆様どうか良いお年をお迎え下さい。        禅文化研究所 職員一同

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功名が辻

12月10日の日曜日、大河ドラマ「功名が辻」が最終回を迎えた。
ご覧になっていた方々も多いだろうが、いかがだっただろうか?

私は毎回毎回、面白く、感動を覚えつつ見させてもらった。
実はこれまで、あまり大河ドラマに興味がなかったのだが、今回の「功名が辻」は興味を持って見てしまった。
まず、原作者が司馬遼太郎であること。それから、筆者は滋賀県に住まうことから、長浜を中心にする話の展開に興味があったのももちろんであるが、仲間由紀恵演じる千代や、一豊役の上川達也をはじめとして、キャスティングがよかったこともあるだろう。

実は私は「石田三成」が好きなのである。司馬遼太郎も三成が好きだったと、何かで読んだことがある。司馬の『関ケ原』は、明らかに三成側に立って書いてあるくらいである。
ドラマ上では数回前に、関ケ原の戦いにおいて、豊臣軍につくそぶりを見せながら徳川についた武将たちの裏切りにあい、結局負けて落人となってしまった正義の人、豊臣に義を尽くした三成である(ドラマでは中村橋之助が演じていたが、これまた素晴らしかった)。
そういう視点からみると、山内家存続のために豊臣を裏切ったといえる一豊は、三成の敵であるが、そのあたりが「功名が辻」のテーマそのものであるから、なんとも言えない。

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故郷 -ふるさと-

仏坂 何の人口建造物も見当たらない美しい風景

皆さんは故郷-ふるさと-ということばに、何を思い浮かべられますか。
都会で育った私ですが、祖父母や先祖がいた土地に行くと、感慨深いものがあります。
幼い頃は、何も無さ過ぎる田舎に、ここが父の故郷か・・・となんとなくかっこわるいような気もしたものです。
それが、大学を卒業した頃から、「不便かもしれないが、自然に恵まれた何て美しい場所だろう」と思うようになりました。場所によっては、何の人口建造物も見当たりません。

今年もお彼岸に墓参りに訪れると、高野山・熊野古道などが世界遺産に登録された際に、同じく祖父が眠る寺から見える山(仏坂)も世界遺産に登録されたのだとか。
このような日本の美しい風景が、世界遺産に登録される事によって守られていく事と、登録するに値すると認められた事に、とても嬉しくほこらしく思いました。

清らかでゆったりとした川の流れ

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百済寺 -ご開帳-

ご開帳でにぎわう百済寺

以前も書いたが、近江の百済寺にて、本尊十一面観世音菩薩のご開帳(9/18~10/27)があり、参拝した。
今まで見たことの無いようなお顔のように思った。
つらつらと感想を書くのも気が引ける。是非この機会に近江まで足をお運びいただきたい。
他に湖東三山の、西明寺・金剛輪寺も同時に秘仏が公開されている。

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ガラスは液体!?

ガラスと水

「ガラスは液体だ」
ある人が、こう主張しているのを聞いて、はじめは「またお得意の詭弁が始まった」程度に聞いていた。
しかし調べてみると、満更嘘でもないらしい。むしろ化学の世界では常識に属することのようだ。

我々の感覚においては、ガラスはどう見ても固体にしか見えない。しかし化学的に見た場合、ガラスは固体に特有の結晶構造をしておらず、液体のまま過冷却された「ガラス状態」という状態にあるとのことである。
たしかに、ガラスを熱すると次第に柔らかくなり、流動化する。中学校で習った、いわゆる融点というものがない。また、常温でもごくわずかではあるが、流動性を示すらしい。つまり、ガラスとは非常に粘性の高い液体、例えば硬い水飴のようなものとイメージすれば良いのだろうか。

ガラスは硬くて脆く、その破片はとげとげしい。繊細で傷つきやすい心をガラスの心と喩えたりもする。それに対して液体の代表格である水は、古来その適応性や柔軟性が賞讃されてきた。老子は「上善は水のごとし。水は善く万物を利して争わず、衆人の悪(にく)む所に処(お)る」と述べ、白楽天も「水は方円の器に任ず」と吟ずる。
この全くの正反対にみえる二つの物質が、実は同じ「態」に属するのである。
人も、目に見える性質の背後に、いかなる本質が隠されているのか分からない。表面的な性質だけで物事を判断してはならないと、改めて思った次第である。
(T.F Wrote)

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事務室改装

明るくなった事務室

先週末、当研究所の事務室と応接室の内装工事を行なった。壁紙と床を貼り替え、天井を塗装し、カーペットや窓の洗浄を行なうというもので、比較的仕事量の少ないこの時期を選んで行なった次第である。しかし事務室を空っぽにする作業はなかなか大変で、ロッカーや机を移動するために詰め込んだ書類は段ボール箱90個にもなり、また元に戻すことを考えると、少々気が重くなる。

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寂しいポスト君

研究所のポスト君

研究所の玄関横に、デッカイポスト(郵便受)がある。 15年ほど前に新調、ガッシリした郵便受だが今は使われていない。時々請求書が寂しく入っている。
それにしても、最近の郵便局のサービスぶりには目を見張る思いだ。 民営化の波は彼らを本気で働かせているようだ。

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「沖縄病症候群?」

「沖縄病」という病気があるらしい。ちなみに今日(8月8日現在)、「沖縄病」をGoogleで検索した結果、「116,000」件にものぼり、この数値は「ニコチン依存症」を検索した「94,500」件よりも多い。

この「沖縄病」とは、インターネット百科事典の「ウィキペディア日本語版」によると、「この言葉を最初に使用したのは、茅誠司と言われる。1960年に沖縄教育研究中央集会の講演で、『沖縄のことを考え続ける沖縄病』という表現をしたことに端を発」し、「沖縄の魅力に取り付かれ、高い飛行機代をものともせず通う人や、果てには移住してしまう人を指」しており、その代表として宮本亜門等の芸能人があげられている。

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「沖縄病症候群?」

「沖縄病」という病気があるらしい。ちなみに今日(8月8日現在)、「沖縄病」をGoogleで検索した結果、「116,000」件にものぼり、この数値は「ニコチン依存症」を検索した「94,500」件よりも多い。

この「沖縄病」とは、インターネット百科事典の「ウィキペディア日本語版」によると、「この言葉を最初に使用したのは、茅誠司と言われる。1960年に沖縄教育研究中央集会の講演で、『沖縄のことを考え続ける沖縄病』という表現をしたことに端を発」し、「沖縄の魅力に取り付かれ、高い飛行機代をものともせず通う人や、果てには移住してしまう人を指」しており、その代表として宮本亜門等の芸能人があげられている。

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ブラックブラックガムの香り

先日、岡山県の蒜山高原にある蒜山ハーブガーデン・ハービルを訪れた。庭園には様々な種類のハーブが咲いており、その先には紫色に染まったラベンダー畑が広がっていた。さらに丘へと進むと蒜山三座が一望できるとても気持ちの良いところだった。
庭園へと進むと案内係の方が「このハーブの葉の裏を指でこすって香りをかいでください。ブラックブラック(ガム)の香りがしますから」と来園者に説明していた。私もその説明を聞きながら、実際にハーブの葉の裏を指でこすって香りをかいでみた。すると、たしかにブラックブラックガムの香りを感じた。
しかし、よく考えてみるとおかしな話だ。

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お盆雑感

蓮

今年もお盆の季節がめぐってきた。
八月十五日前後の日本が、なんとも言えない不思議な雰囲気に包まれるのを感じるのは、私だけではないであろう。これは、終戦記念日も含めて、日本が、死者とともにその数日間を生きるからに違いない。
田舎出身の私にとって、祖母とともに盆棚の飾りつけをしたり、迎え火を焚いたりしたことは、しみじみとした忘れられない思い出になっている。その祖母も、数年前に死んだ。
早くに死んだ祖父の戒名の横に、真新しく彫られた祖母の戒名を見たとき、ふと思った。 「ああ、祖母が先に通ってくれたのだ。死出の道を。私も将来、誰も通ったことのない道を行くわけではないのだ」

人は死ぬときは一人だ、誰も身代わりになることはできない。そういう実存的な考え方に支配されていた私を、不謹慎だが、妙な安心感へ導いてくれたのを憶えている。
思えば、祖父母も、その父母も、そのまた先祖たちも、同じように死出の旅路を通っていった。そして我々の先祖もこれまた同じように、死んだ先祖が帰って来ると信じて、この行事を愚直に何百年と繰り返してきたのだ。
昔の人は孤独であっただろうか。孤独であったとしても、よるべき共同体のない現代人とは、また違ったものであったのではなかろうか。
(T.F Wrote)

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出家希望者

研究所には一般の方から様々な問い合わせが寄せられる。
その多くは禅語の出典などに関する学術的なもの、
あるいは坐禅ができる寺院を紹介してほしいというものである。

ときおり禅僧になりたいという相談もある。禅僧といってもそう簡単になれるものではなく、臨済宗では先ず派に属する寺院の徒弟となることから始まり、専門道場での一定期間の修行が必要となってくる。

先日もAさんという方から出家を希望する電話がかかってきた。

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倚りかからず



鷺



先日、某所で雑誌をぺらぺらめくっていたら、あまりに有名な茨木のり子さんの「倚りかからず」が出ていました。

触れたのは久しぶりでしたがやっぱりいいなと思いました。
ご存知の方も多いと思いますが、以下に記しておきましょう。

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自分の顔

蓮葉

昨今、高額なお金を支払って美容整形をする人が増えてきているようです。
昨夜も某テレビ番組で、整形を熱望し、そして実現した人達の番組がありました。
その中で、ある若い男性が整形した自分を見てもらう為、先輩(女性)のところへ行くと、その先輩は整形した顔を見て驚き、だいぶ大人びた顔になったねといいつつも、「変な自信を持っちゃだめ。結局、大事なのは心で、あなたがどう生きていくかが問題だ」と、浮かれ気味な後輩を諌めていました。
この番組を見て思い出したのが、山田無文老師の『和顔』に収録されている、“自分の顔に自信を持て”のお話でした。

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