百日紅(さるすべり)
百日紅は夏の暑いさなか、百日も咲き続けるとも言われている。
『広辞苑』によると、
さる・すべり【猿滑・百日紅・紫薇花】(幹の皮が滑らかなので猿もすべるの意)
①ミソハギ科の落葉高木。中国南部の原産。幹は高さ数メートル。平滑でこぶが多く、淡褐色。葉は楕円形で四稜のある枝に対生。秋に紅葉する。夏から秋にかけて鮮紅色または白色の小花が群がり咲く。庭木としてわが国で古くから栽培。材は緻密で細工用。云々……
百日紅は夏の暑いさなか、百日も咲き続けるとも言われている。
『広辞苑』によると、
さる・すべり【猿滑・百日紅・紫薇花】(幹の皮が滑らかなので猿もすべるの意)
①ミソハギ科の落葉高木。中国南部の原産。幹は高さ数メートル。平滑でこぶが多く、淡褐色。葉は楕円形で四稜のある枝に対生。秋に紅葉する。夏から秋にかけて鮮紅色または白色の小花が群がり咲く。庭木としてわが国で古くから栽培。材は緻密で細工用。云々……

山科にある門跡寺院で、真言宗山階派大本山、勧修寺(かじゅうじ)を訪れました。
このお寺の建立は昌泰3年(900年)で、由緒も歴史も随一。
蓮と睡蓮の咲き誇る氷室の池を中心とした庭園も圧巻です。平安時代には、1月2日、この氷室の池に張った氷を宮中に献上し、その厚さで五穀豊穣を占ったとか……。

この素晴らしさとは裏腹に、京都市内中心部からは少し離れた山科区にあるからか、訪れる観光客もまばらで、京都の人にもさほど知られていなかったりします。
かくいう私も、東京出張の際に新幹線のホームにて、「そうだ、京都いこう」のポスターを見て知ったのでした…。
今年も咲きました。
研究所前の花壇にて。さほど手入れされているわけでもなく、冬はどこに行ったのか?!と思うほどに印象の無いこの花なのですが、この時季になるといつのまにか可愛らしい蕾をつけ、花が咲きます。
茶花としても使えますし、一輪挿しに飾っても、楚々としつつも非常に雰囲気ある花です。
繊細なように見えて、意外と水揚げもよく、長持ちします。
今年もたくさんの桜を楽しめました。なぜか今年は初めて桜に夢中でした。むろん毎年綺麗だなぁと思って見ているのですが、どうしてでしょうか。現在の心境?年齢?でしょうか…。
なかなか綺麗な写真が撮れましたので、皆さまにご紹介を。
来年のお花見のご参考にどうぞ…。 上の写真は京都御苑の小川の糸桜、下は吉田神社です。

研究所の出版に関する仕事で、滋賀県高島市にあるお寺に墨跡撮影に伺いました。
その帰り道、看板に「坐禅草群生地」とあり、これは!と少し立ち寄ってみました。
坐禅草を見て「圧巻」という言葉も変かもしれませんが、すごいです。なかなかこのような群生にはお目にかかれないことでしょう。
琵琶湖の水は美しく澄み、少し寄り道するとこのような場所があり、また白洲正子さんが訪れた隠れ里も点在するこのあたり。またプライベートで訪れたいと思いました。
ちなみにこの坐禅草。いまだかつて茶席で出会った事はありませんが、茶花としても使えます。
どのようなお席でどのような時に使おうか…考えを巡らせるとなかなか楽しいものです。

特別公開中の霊鑑寺(左京区鹿ケ谷)を訪れました。
毎年、椿の見頃と紅葉の美しい頃、公開されます(今年は4/6まで)。
昨年も参りましたが、やはり今年も心洗われる美しい椿を拝みたい。椿参拝です。
あまりに美しい椿を見ていると、不思議だなぁ…という気持ちになり、お釈迦様が金波羅華一輪をお示しになられた事を思い出します。
尼門跡寺院といえば、前回の禅と文化の旅にて、奈良の円照寺(後水尾天皇の第一皇女、梅宮さまが開山)を拝観させていただきましたが、こちらは同じ後水尾天皇の皇女、多利宮さまが開山です。
明治維新まで皇女などが入寺されたため、「鹿ケ谷比丘尼御所」「谷の御所」とも呼ばれます。
代々皇女が入寺された寺は、どことなく雅な感じが漂い、凛としつつも女性らしい優しい空気が流れているような気がします。
それでは、今年の椿を是非皆さまに…。
哲学の道も桜は満開。そして、水仙、ミツマタ、クリスマスローズ、レンギョウ、雪柳、石楠花、あらゆる花が咲き誇っていました。

現在、天龍寺では下記のものが楽しめます。
椿・坐禅草・馬酔木・山茱萸・桃・木瓜・梅
これからは…
桜・木蓮・海棠桜・辛夷・芍薬・牡丹・平戸躑躅・満点星躑躅・石南花・五月などが楽しめます。
ところでみなさん、これ全て読めますか?!


墨跡の撮影ででかけたお寺にて、蕗の薹をみつけました。
雪解けの、ようやく顔を出す頃とは違って、これだけ暖かくなってくるとかなり成長しています。
ほろ苦い春の味、てんぷらにして食べたら美味しいよなぁ…と一人しみじみ眺めます。
春の寺には、最近都会の道端ではとんと見なくなったすみれやいぬふぐり、ホトケノザなどの小さなかわいい花や、沈丁花の香りも満ち、木蓮のつぼみもどんどん大きくなって、春の知らせがそこここに。発見だらけで楽しいものです。

3月8日(土)の京都御苑の様子です。
少し寒かった頃に比べて、だいぶ梅見の人々でにぎわってきました。
ただ、やはりまだ頑なに蕾を閉じたままの木も多く、満開となるにはもう少しかかりそうです。
今週のこの陽気に反応して、蕾がほころぶ事を期待しつつ…。
3月11日には自宅近くで、研究所に向かおうとしている時にうぐいすの初音を聞き、まだあどけなく、うまく鳴けないそのさえずりも可愛らしく、心和む一日の始まりとなりました。

尾形光琳の描いた梅の画を思い出します。京都御苑の木々は、剪定や手入れも素晴らしく、散歩していて飽きません。梅の木も下手に剪定してしまうと、うまく花が咲きませんよね。
ちなみに御所は宮内庁、御苑は環境省の管轄だそうです。

毎日のように雪が降る京都です。
京都御苑内にある梅林では、まだ頑なに蕾のままの木もあるものの、春の訪れを敏感に感じて咲き始めている梅もあり…。
そんな梅の木には写真愛好家達が集い、まだ春の色乏しい御苑内でもにぎわいを見せていました。


季刊『禅文化』の206号より、東慶寺の寺庭婦人井上米輝子さんに、自然の彩り鮮やかな、鎌倉は松岡山にある東慶寺の四季の移ろい、季節ごとの喜びや楽しみなどをご寄稿いただいています。
実は、ご寄稿いただく前から、寺庭婦人さんのブログ、-まつがおか日記-をいつも楽しみに拝見させていただいていました。
ことに茶の湯をたしなむ者には、この東慶寺境内の山野草、茶花の豊富な事に心ときめかせつつ、季節ごとに掲載されるその可憐な花々を写真で楽しんでいた次第です。
畑などで採れる季節の恵みは、スーパーで買うのとはまた違って、自然からの恵みに対する感謝の気持ちへと直結しているような気がします。だからこそ、東慶寺で饗される精進料理の美味しさはいかばかりかと…。
近くに住んでいれば、茶会や坐禅会、朗読の会など、あしげく通いたいお寺です。

急に秋らしくなってきた昨今。
今年の8月、9月は猛暑にて思考回路が分断していた。漸くそれも接続されたが、あの夏の暑さは地球温暖化の影響か?はたまた自分の老化か…と悩む。
庭にはやはり秋はちゃんと来ている。様々な種類の杜鵑草が咲き、金木犀のオレンジ色の花・銀木犀の白い花からはかぐわしい香りが「秋」を知らせてくれている。
珍しい山路杜鵑草でしょうか。

様々な種類があるこの杜鵑草。
この花を見ると、「あぁ、また秋がやってきた」と思います。
夏のまだ暑い頃から、かすかながらも秋を感じているのかたくさんの蕾をつけ、もう今は満開になっている株もあるくらいです。
日本では、この斑点模様がホトトギスの模様と似ているとして、風情ある名前で呼ばれています。
イギリスでは、トード リリー(toad lily/ひきがえる百合?!)、中国では油点草。う~む、そのままですね。
やはり、-杜鵑草-と呼びたいものです。
さてこの杜鵑草、実は葉がとても焼けやすいのです。写真でも、葉の先が茶色く焼けてしまっているのがおわかりかと思います。
昨今の異様なまでにギラギラした太陽の日差しには耐えきれないのではないだろうかと、見る度に心が痛みます。
この花一輪にも、環境問題を真剣に考えなくてはと思わされるのです。
話は変わりますが、家の食器類で使わない蕎麦猪口や片口、とっくりなどはございませんか?
そこに一輪生けて飾るだけで、なぜかその部屋はとっても秋っぽいしつらえに変化を遂げるのです!(おおげさでしょうか・・・)
こういったかわいらしい山野草あふれる秋、皆様も是非お楽しみ下さい。

いつも(年に2回)楽しみにしている、京都高島屋での山村御流の華展にお邪魔した。
華道の流派は数えきれないほどあり、自分が習っている流派はもちろん好きで習っているのだが、この「山村御流」の花というのはまた格別な存在なのだ。
誰にも何にもこびず、ただ-花は野にあるように-をモットーに、決して派手でも華やかでもないのだが、日本人が古来から持つ小さきもの、美しきものを慈しむ思い、季節への感謝、感動をほんの少しの草花で思い起こさせてくれる。
いつも無料で開催されるので、是非一度自分の目で見て感じていただきたい。
(全国何カ所かの高島屋にて開催されるはずです。是非お調べ下さい)
「雲はわき 光あふれてー♪」 大会歌にある全国高校野球大会は今年も終わった。
わきおこる雲をみて、この歌を思い出して、思わず口ずさんでしまった。
伊吹山のお花畑もさることながら、私は雲をみていてもしばらく飽きなかった。
雲はいつも天空にあるものだが、自分が高い位置にいると、目の前や下に雲があることにふと気が付く……。

通常のトラノオとはうってかわって、ごくごくかわいらしいイブキトラノオ。


こちらはルリトラノオ。瑠璃色が美しいです。こちらも茶花としてよく用いられます。

これはイブキアザミ。

最後にキンミズヒキ。黄色い花がとても涼しげです。

どれもこれも愛らしい山野草。
こういった山野草の中には、絶滅の危機に瀕しているものも数多いのですが、心無い登山客に根ごと掘り起こされたり、摘み取られたりする事もあるようです。
家で大事に育てる、飾るにしろ、それは決して花を愛でる、自然を愛でる事にはならず、人間の傲慢な私利私欲から来る行為に他なりません。
自分が摘み取った品種が絶滅すれば、その原因の1つに自分の行為があるかもしれないという所まで想像が必要です。
地球環境でも何でもそうです。「まだ大丈夫だろう」との慢心が、物事の手遅れへと導くのでしょう。
本日も伊吹山の草花の紹介。
これはカワラナデシコ。 茶花としてもよく用いられるかわいらしい花です。

黄色いのは菊科のメタカラコウ。白い泡だった花は、シシウド。シシウドは山でよくみかけますね。

ヤマアジサイ。大きく咲き誇るあじさいの花もいいですが、こういった山野に咲くつつましやかな紫陽花にも、心惹かれます。

シオガマギク。秋の花ですが、すでに花を咲かせつつあります。実は、この花が何なのか調べるのに、ちょっと苦労しました。

冬は雪に閉ざされる伊吹山であるが、春から秋にかけて、とても沢山の花が咲き乱れる。
これから何日かに亘って、伊吹山の草花を紹介したい。
8月に訪ねると、まずはシモツケソウが一番きれいに目立つ。
調べて知ったのだが、シモツケソウとシモツケはよく似ているが別の花。
花はよく似ていても葉が異なるのだ。さらに、シモツケソウと京鹿子(キョウガノコ)は葉っぱもよく似ているが、これも違う花のようだ。
これは、シモツケソウ。

時折、ひときわ目立って咲いているのは、コオニユリ。
自然界の色とは、人智を超越したかのようななんとも不思議なものである。

かの関ケ原の合戦があったあたり、滋賀県と岐阜県の県境にある標高1377mの山が伊吹山である。
日本百名山の一つでもあるこの山は、ヤマトタケルノミコトに関する神話があったり、『源氏物語』の「関屋」の巻にも出てくるので、伊吹山は歌枕にも使われる。
この山は薬草でも知られるが、様々な野草が自生しているお花畑があり、登山客や観光客の目を楽しませてくれる。
何かと忙しくて避暑とまではいかないが、伊吹山ドライブウェイを使えば、車で8号目まで登れるため、まさしく百花繚乱のお花畑を容易に楽しむことができるのだ。
夏真っ盛りでも、雲が眼下に見えるほどだから、風はとても涼しい。
次回は花にクローズアップ。

緑濃くなっていく6月頃から徐々に山道などでちらほらとみかける合歓(ねむ)の木。
9月頃まで見られます。緑多い山あいなどで、このピンクの刷毛のような花はとても目立ちます。
奈良の方でしたでしょうか、七夕の夜に合歓の木と大豆の葉っぱを川に流して邪気を払ったりするようです。
オジギソウの葉と合歓の木の葉はそっくりです。オジギソウは手で触れるとすぐに閉じてしまいますが、合歓の木は閉じません。
夜になるとゆ~っくり閉じるのだそうですよ。
背丈が2mもあろうかと思われる巨大な薊(あざみ)です。夏によく見られます。
朝鮮あざみ、またの名をアーティチョーク(こちらの方が知られているかもしれません)。
濃縮エキスやハーブティー、サプリメントなどもあり、健康食品として売られています。
イタリアンやフレンチレストランで使われているのをご覧になる機会もあるでしょう。
コレステロール値を正常にする事から、ヨーロッパでは薬草として用いられてきたようです。
食用としては、花の付け根の膨らんだ蕾部分を用います。
個性的な花束を作ってくれる花屋さんなどでは、花材としてもたまにみかけます。
はてさて、最初にこの蕾を食べたのは如何なる人物でしょうか。
私から見ると、薊とはとげとげしく、少しおどろおどろしく、野の花として小さな種類の物を生けるのはよしとして、食べようとは…。先人に感謝です。
木登りの上手な猿も滑りそうな木だから「さるすべり」と呼ばれる百日紅。
また百日間ほど花を紅の花を咲かせることから、この「百日紅」と書かれるのであろう。
猿が上るほど大きな木ではないが、自坊にも5本ほどの紅白とりまぜた百日紅があり、今年もお盆が近づいた今頃から、きれいに花をさかせはじめた。

百日紅について、弊所の季刊誌『禅文化』85号(昭和52年夏発行)に、歌人の松本仁さんが書かれた「わが花物語 百日紅」という文章があるので、以下に全文を転載しておこう。

暑くなってきたなぁ、梅雨だなぁ・・・。
と、なんとなく心が晴れない季節。
ふと気づくと咲き始めているのがこの花、木槿(むくげ)。
天を向いて、厳しい日差しも梅雨の雨も何のその。
花が少なくなってくる真夏にも、茶室で大活躍。
毎日毎日、誰に頼まれなくとも新しい花を次々と咲かせます。
そんな木槿の花を見て思う。『日新日々新』。

自然の模様、色ってすごい。歌舞伎役者も舞妓さんも顔負けの美しさ!
と思ってしまうのは私だけでしょうか・・・。

研究所玄関の今週の花。
桧扇(ひおうぎ)水仙、河原なでしこ、九蓋草(くがいそう)。
豪華な花よりも、なんとなく心を和ませてくれるこんな花が落ち着きます。

未草(睡蓮)の季節ですね。
朝開いて、夕方には閉じる事から、エジプトでの花言葉は、「復活」です。国花でもあります。
太陽信仰があり、水を大切に思う人々にとってはまさに、慈しむべき花であったのでしょう。
ツタンカーメン王の墓の中にも、ブルーの未草が敷き詰められていたと言われていますし、壁画やパピルスに書かれている絵にも、この未草が見られます。
エジプトを旅される方は、色々な所で遭遇する機会があるでしょう。
そんな未草、アジア諸国、むろん日本でも愛されていますね。
そういえば皇室では、紀宮様のおしるしが、未草でした。
あらゆる種類があり、水面に浮かぶ神秘的でありつつもかわいらしい花には、しばしみとれてしまいます。
写真でもおわかりのように、水面に葉も花も浮いているようにあるのが未草(睡蓮です)です(ただし、熱帯性のものは水面より茎が伸びて咲くそうな)。
もう少しすると蓮も満開ですね・・・(蓮は、葉も花も水面より上に伸びています)。

「夏至から数えて11日目(現在は、天球上の黄経100度の地点を太陽が通過する日となっているそうだ)、だいたい7月2日~七夕頃までの間の日を、半夏生と言ってね、この花は、その頃にちょうど花を咲かせて、花のすぐ下の葉が白くなるから、半化粧とも言われるのよ。お化粧してるみたいでしょ!」と、お茶の先生から習った半夏生。
毎年毎年、この時期になると必ずと言っていいほど、茶室の床にお目見えし、「不思議・・・」と、1枚だけ白くなった葉をまじまじと見つめる。
小さな茶花の、たった一枚の葉っぱに、涼を覚えたりもする。
「半夏生」は、私にとっては、「これからさらに暑くなるなぁ、あ、もうすぐ祇園祭か・・・」と、季節の到来を知らせてくれる花の一つだ。
毎年、変わらずこの時期になると葉っぱが白く・・・。なんとも不思議な自然の営みなのである。
北鎌倉東慶寺さんの事を書いたブログにて、八重のどくだみをご紹介しました。
本日は斑入りどくだみのご紹介。
観賞用園芸用の物であるためか、普通のどくだみほどに匂いはきつくありません(植え替えなどする時はさすがに独特のかおりがします!)。
観賞用らしく鉢植えにしています。「先祖返り」する事もあるようで、緑一色の葉っぱになってしまう事もあるようです。ならない為には日陰よりも日が当たるところの方が良いなど色々言われるようですが・・・。もともと日陰を好む品種なのに?!
庭に苔などを育てたい方には、地植えしてしまうと天敵?!になってしまうかもしれません。
生命力強く、根は縦横無尽にひろがり(なんて書くとまるで怪物のようですが・・・)増えて行きます。
どくだみ茶としては解毒作用もあり、おできなどにも効き、乾燥させると脱臭効果もあると聞きます。
水草として育てる事が可能だとも聞いた事がありますが、どなたかご覧になられた事はありますでしょうか?! 非常に気になる私です。
とりあえずは、小さな瓶や器に生けて、そのかわいらしい姿を愛でる事に致しましょう。
西国観音霊場第10番札所、三室戸寺を訪れた。
どなたでも、あじさいの寺としてこの寺の名前はご存知であろうと思う。
ただ、その寺の縁起となると私も全く知らなかった。
実は本山修験宗の別格本山だそうな。約1200年前に、三室戸寺の奥、岩淵より出現された千手観音菩薩を御本尊とし、光仁天皇の勅願により創建されたとの事。
天皇・貴族の崇拝を集め、霊像の霊験を求める庶民の参詣で賑わった・・・との事であるが、はてさて、はるか昔の賑わいと今の賑わい、その人の心の内はどのように変化しているのでしょうか。
臨済宗円覚寺派、松岡山東慶寺を訪れてきました。
研究所発刊の季刊誌『禅文化』に、今年の10月秋号より4回に亘って、東慶寺の寺庭婦人さんのエッセイが連載される予定です。 そんなご縁もあって、寺庭婦人さんによるブログ「まつがおか日記」がある事を知りました。
その日記には、お寺の茶室で行なわれる月釜や、境内で咲く花の様子などが紹介されており、少なからず茶道に関心があり、茶花が大好きな私は、毎回の更新を楽しみに拝見し、この時期に訪れたくて仕方が無かったのです。
学生時代に、小林秀雄氏の墓を拝みに訪れたのは冬であったから、ブログを拝見していると、この季節はだいぶ境内の様子は違うようなのです。
そんな折、ちょうど鎌倉出張が!
仕事に支障をきたさぬよう、早めに京都を出て向かうは北鎌倉東慶寺!
十時前には着いたものの、この時期の紫陽花やその他様々な花を観ようと、境内は既にすごい賑わいでした。
鎌倉の自然豊かな地に位置する東慶寺の土地は、山野草・茶花と言われる花々にはうってつけのようで、様々な花が元気よく咲いており、植木鉢で育てるのとはわけが違うその瑞々しさ、はかない小さな花であっても、その力強さに、一歩進むごとに立ち止まりつつなかなか先へ進めないほど。
研究所前にある花壇の雪の下が咲きました。
まだほんの少ししか咲いていませんが、これが群生して咲くと、雪が降っているようです。
研究所前の花壇にある雪の下です。
もう少しであのかわいらしい花を咲かせます。
雪の下は、茶花としても用いられる他、その葉は天ぷらにして食べられたり、
火傷にはりつけたりと、様々に使われて来ました。
花が咲いたら、またご紹介致します。
かれこれ8年ほど前、紅葉の三千院に行こうとしたのが、あまりの混み様に、八瀬の紅葉を楽しめれば充分か・・・と、バスを降りた。
その時に偶然みつけたお寺、蓮華寺。
まさに紅葉真っ盛りで、その当時はまだ観光雑誌などにもさほど掲載されていなかったせいか、拝観す者は私を含め、数人であった。
それから何度かこのお寺を訪れているが、きっと今の時期、緑の海のようだろう・・・と期待し、久々に訪れてみた。
筆舌に尽くしがたく、あとは写真をお楽しみいただきたい。
本ブログでは、桜の話ばかりが続く感がするが、日本一の桜の名所ともいわれる、奈良県は吉野山に行ってきた。
奈良県吉野郡吉野町。
ここから和歌山にかけて繋がる紀伊山脈は、「紀伊山地の霊場と参詣道」として、2004年に世界文化遺産に登録された。
この吉野の山には、下千本、中千本、上千本、奧千本と呼ばれる4つのエリアにわたって、約1カ月かけて桜が咲き乱れていくそうで、でかけた日は上千本が満開になりはじめた頃である。
というわけで、桜も満開ならば、人も多いことこの上ない。

-哲学の道-といえば、春の桜ばかりが取り上げられるが、近所の方々が植えていらっしゃるのか、元々ある花なのか、様々な春の花を楽しむ事が出来るのだ。
下ばかり向いてないで、上を向いて歩こう・・・とはよく言うが、桜桜と、上ばかり向いて歩かずとも、下にも花はたくさんなのだ。
石楠花(しゃくなげ)。 実はこの花、昨年私が訪れたブータンの国花なのだ。
山中は石楠花だらけ。見頃を迎えると、それはそれは美しいそうな。
後水尾天皇の第一皇女、文智内親王(梅宮さま)が開山の門跡寺院。
法華寺、中宮寺と並んで大和三門跡寺院の一つで、現在は臨済宗妙心寺派の寺院、本尊は如意輪観音である。
花の好きな後水尾天皇の影響を受けてか、開山の梅宮さまも、奈良の豊かな自然の中、野にある花を摘んでは生けておられたという。また、母、明鏡院の菩提を弔う為、添花会を催したとも伝えられる。
このような事から、「花は野にあるように」を流儀とする山村御流が興り、代々の住職が、山村御流の家元となられるのだ。
普段公開はされてないこのお寺。年に一度、4月の第一日曜(今年は第二でした)に、法要と免状授与式が行なわれる時に、山村御流の門下生が参詣する。
桜も満開を迎えた4月8日、今年はこのお目出度い日がお釈迦様の誕生日と重なり、修練に励んだ門下生が本堂にて免状を受け取る姿も晴れ晴れと、見ている者の心にも感動が湧き起こった。
入学式といえば桜が似合いますね。家の近所にある小学校の桜も鮮やかなピンク色の花を咲かせています。現在は5分咲きといったところで満開になるのが楽しみです。
桜の木の根元に目を向けると淡い紫色の小さな花が咲いていました。これは「花にら」というユリ科の植物です。ちなみに花言葉は「別れの悲しみ」、見た目の可愛らしさからは想像できません。いったいどのような由来でついたのでしょうか。
京都府亀岡市にある亀岡運動公園の桜です。3分咲き程度の開花で、まだまだこれからといったところです。
桜の本数は有名スポットに遠く及びませんが、人が混み合うこともないので、じっくりと桜を楽しむことができます。のんびりと散歩したり写真を撮ったりと、私にとっては大切な穴場スポットです。
この日はあいにくの空模様、これではあざやかな桜色も映えません。さらにポツリポツリと雨が…。バーベキューを楽しまれていた方々は大丈夫だったでしょうか。来週こそは、青空の下で見る満開の桜を期待しています。

待ちわびていた霊鑑寺(臨済宗南禅寺派)の特別拝観。
鹿ヶ谷の傾斜を利用して造られた池泉観賞式庭園は、敷地を巧みに利用しており、尼門跡寺院の格式に相応しく、寺の境内としては広いとは言えない中にも、趣深く凛とした姿をみせている。
緑の海のような苔の中、椿を愛でつつ庭を歩いていると、徐々に拝観する者の心の汚れを流してくれるかのようだ。
さらにあまりに白く美しい椿、「衣笠」を見ていると、自分の中の醜い部分があらわになるようで、悔い改めねばと思わされる・・・。
「何色」とはいえない花の色の美しさに、人智をはるかに越えていると思わせる自然の力を見て取れた。
一気に春になりつつあるこの頃である。
今年も自坊の白木蓮(はくもくれん)がきれいな花をさかせている。

ところが、いわゆる木蓮と白木蓮は別種なのだそうである。
雨上がりの朝、花びらを濡らせて、その白を一層引き出させている気がした。
自然の色は、なんとも言えず美しい。
先日、お天気の良い日に御所へと散歩に。
ここ最近、寒い日が続いている為、まさかまだだろうと思いつつ見に行くと、立派なしだれ桜が咲き始めていました。
桃が咲き誇っています。
梅は終わりかけではありますが、まだ咲いているものも・・・。
足もとにも