カテゴリー:「自坊つれづれ」


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いかなご




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寒さの中にも春の気配が見え始めた3月の初旬、明石市に住む檀家さんからいかなごの佃煮が送られてきた。沖から揚げたばかりの新鮮ないかなごを、醤油や味醂、砂糖、生姜などを入れて炊き込んだ佃煮は釘煮と呼ばれ、この時期神戸周辺では多くの家庭の食卓に並ぶ郷土料理である。

この釘煮が送られてくるようになって20年近くになる。お母様の手作りによるもので、いつも美味しさを堪能しながら春が来たことを実感したものだ。
7年ほど前にお母様が他界されてからも、奥様より「義母のように手作りはできませんが」と断りを入れて老舗の品を毎年送っていただいてきた。

宅配の包みを開けると、釘煮の入ったタッパーには「お口に合いますかどうか」との一文が添えられていた。手作りならでは温かな味わいは、酒の肴にもご飯の友にも最高の一品となった。

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椎茸




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研究所職員の寺で穫れた椎茸です。職員全員に持ってきていただきました。
とれたての椎茸のしめり気をおびたみずみずしさに嬉しくなり、また、裏を見てみるとその美しさに感動します。普段スーパーで買う物との違いは一目瞭然!
さて、この嬉しい季節の恵みを、どうやっていただきましょうか……。

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お釈迦様お悟りの日 -成道会-




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本日12月8日には、仏成道会が各寺院で行なわれる。
お釈迦様が菩提樹の下で7日間の坐禅の後、12月8日の暁の明星をご覧になって、お悟りを得て仏になられた、仏教徒にとってはとても重要な日である。

上の写真は、自坊にある「出山釈迦像」の軸である。坐禅をされる前にお釈迦様は、雪山(ヒマラヤ)で6年にもわたる苦行をされたが、苦行だけでは悟りは得られないと判断し山から出てこられた。その時の様子を描かれたのが、この像である。目は光り輝き、髪は乱れて、痩せ果てた苦行の様子が見て取れる。
雪山から出てこられたお釈迦様は、尼連禅河で沐浴をされ、スジャータという女性に乳がゆを供養された。そして心身を回復された後、菩提樹の下で坐禅をされ、ついにお悟りを得られた。
そのお悟りの言葉が、「奇なるかな、奇なるかな。一切衆生、悉く皆な如来の智慧徳相を具有す」である。生まれた時から仏と同じ智慧と慈悲を誰もが持っているのに、それを自覚しないから迷っているのだ。また別には、「一仏成道して法界を観見すれば、草木国土、悉皆成仏」というお言葉でもあったという。山も川も草も木も、何もかも光明に輝く仏だと言われたのだ。

禅道場では、このお釈迦様の故事にのっとり、その恩徳に報い、追体験をするために、12月1日から8日の朝まで、臘八大摂心(ろうはつおおぜっしん)が行なわれ、昼夜をわかたず横になって眠ることなく坐禅する。
そして、12月8日、この像を本堂正面に掲げて、成道会の法要を行なうのである。

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銀杏の絨毯




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自坊の隣には神社があり、その神社の境内に植えられた銀杏の木が、毎年、この時期になると黄金色に色づいて美しい。
ただ、その落ち葉の大半は、自坊の参道に落ちてくるので、掃除が大変ではあるのだけれど。
普通の落葉樹の葉のようにからからに乾かず、じっとりと水を含んだ葉は、掃き集めるのも大変だし、集めた葉っぱを運ぶのも大変ではある。
だが、銀杏の木は水を多く含んでいるので、寺や神社の境内には、火事の時に水を噴くというような意味合いも兼ねてか、よく植えられるのだ。

ご存じのことと思うが、銀杏の木には雌雄があるらしく、雌雄が揃っていないとあの美味しいギンナンの実はできないらしい。
ギンナンの実は、木から落ちると強烈な匂いを発する。御堂筋に行くと、街路樹の銀杏に雌雄揃っているらしく、道路にギンナンの実が落ちて、それを車が踏み潰して散乱し、その強烈な匂いに圧倒される。雌雄の違いは、葉っぱの形によるという説もあるらしいが、科学的根拠はないようで、どうもはっきりしないらしい。これも不思議なことだと思う。

それにしてもギンナンは、なんであんな臭い匂いがするのだろうと思って調べてみた。
すると、落ちたあとに野生動物達に食べられてしまって、銀杏の子孫を残せなくならないように、動物が口にしたくないような匂いを発しているという説が有力らしい。ものすごい自然の摂理だ。
ギンナンは銀杏から落ちる実だけに、「胃腸」つながりだというふざけたことを書いているWEBも見えたが……。

あまりにも綺麗に銀杏の葉が落ちているので、愛犬を登場させてみた。まるで、銀杏の絨毯の上にいるようだった。

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亀は万年の寿




自坊のお施餓鬼荘厳

お盆の間、小さな自坊の境内にも沢山の方々がお参りになる。
檀家のほとんどが近隣の方だが、中には遠方からお参りにこられる方もおられ、約3時間にわたる施餓鬼は、自坊の法要の中で一番にぎやかなものだ。
今年はとても涼しい風が吹いてくれたおかげで、汗だくにはならずに気持ちよく法要をさせてもらえた。
お供えにあった野菜がユニークな形だったので、こんなふうに並べてみたらおもしろい組み合わせができた。

変わった形の野菜

夕方、墓経を終えて、ようやくひっそりした境内を歩いていると、玉砂利の上に黒い大きな塊が……。

産卵中の石亀

弁天堂のある池に住んでいる石亀が産卵しているのである。後ろ足で上手に砂をかきわけて、深い穴を掘り、そこに産卵するのである。

親亀が何匹いるのか、普段は姿を見せないのであまりわからないが、今頃の時期になると、境内にポコポコと穴があき、産卵した跡を見つけることができるし、運がいいと、こうして、産卵しているのを見かけることもある。

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地蔵盆と地獄絵 -子供達に与える記憶




地獄絵

関西以外の地域ではなじみが浅いであろうが、滋賀や京都を中心として、夏休みも終わりに近づいた今日8月24日(旧暦では7月24日だった)の地蔵菩薩の縁日には、「地蔵盆」という行事がある。
多くは前夜23日~翌25日に行なわれる。発祥は滋賀県南部だとどこかで読んだ気がするが定かではない。

自坊にも飛び地に地蔵堂があり、地区の子供会などが中心になって行なわれる地蔵盆の行事が、子供達の楽しみにしている夏休みの一つのイベントにもなっている。

さて、上の写真は、江戸時代から自坊に伝わる地獄絵である。昔から地蔵堂にこの地獄絵をかけるのが風習となってきた。地区の大人たちも小さい頃にこの地獄絵を見て、肝を冷やした記憶があるのだ。

また、近くのニュータウンにも小さな地蔵堂があって、老人会の人たちのおかげもあって、毎年、地蔵盆にお参りに参らせていただく。
いつも自坊の地蔵堂には、上の地獄絵を飾り、子供たちにも見せてきたのだが、今年、ふと思い立って、ニュータウンの子供達にも、地獄絵を持っていって見せてやろうと思った。

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霜を知らない子供達へ -田舎の禅寺の朝-

霜の降りた朝

もう立春を過ぎた。つまり暦の上では春なのだ。
ただ、朝夕はまだまだ冷え込む日もあり、文字通り三寒四温といったところか。

そんななか、先日も、自坊の裏の田畑は、まっしろに朝霜で覆われた。
朝霜に覆われた田んぼにカメラを向けていると、翼の黒白茶色のコントラストがはっきりした鳥が飛び立った。チドリ科の鳧(ケリ)という鳥らしい。田地や河原に住む気の強い鳥らしいが、飛んでいる色が美しい。

こんな田舎で生まれ育った私は当たり前のような景色だが、都会に育った子供たちは、「霜」が何なのかを知らないらしい。特に昨今叫ばれている暖冬のせいか、霜の降りる朝というのが少なくなってきているようだし、街のアスファルトの中では霜を踏むこともままならない。
文学作品中に、寒くいてつくような冬の「朝霜」の事が書かれていても、その情景が思い浮かばないのはなんとも悲しい。
霜柱を踏む、あの「サクッ」とした感覚を味わったこともないのだろう。

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自坊の雪景色

自坊の雪景色

この冬は暖冬だから、スタッドレスに替えなくてもいいんじゃないかと、カーディーラーに言われ、真に受けたうちの閑栖和尚は、結果、後悔するはめになった。
今は一月中旬。年末から数えて、すでに5度は積雪したのではないだろうか。

茅葺き屋根の雪

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素晴らしい眺望の公園 -滋賀県野洲市-

蓮池の里 多目的公園


私の最近お気に入りの公園はここ、-野洲クリーンセンター 蓮池の里-の多目的公園。
日本全国探しても、なかなかこのような素晴らしい立地条件の公園は無いのでは?
近所の年配の方たちがよくグラウンドゴルフをされているが、なんと贅沢なことだろうと思う。
滋賀県の者にとっては見慣れたこういう景色も、都会に住む人からすればなかなか見られないものであろう。
見渡す限り緑いっぱいで、心底気持ちよくゆったりできるので、たまに愛犬を連れてでかけるのである。

グラウンドゴルフをする人を見ています そろそろお寺へ帰ります

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うかつな一言 -山寺のある一日-

山寺のある一日

8月31日、少々事情があって、師匠の寺で檀務を勤めた。
お経も終わり、自坊に戻ろうとしていると、玄関先に来客があった。「お墓をお世話になっております、××です」と、本尊さんに、お供えのお菓子をいただいた。私には、初めてのお顔であった。
「ありがとうございます」とお礼を言って、お菓子を本尊さんにお供えして、駐車場の車に行くと、先ほどの××さんが、奥さんと女の子との三人で、お墓に登っていかれるのが見えた。
女の子は、小学校の2、3年ぐらいで、お父さんの背中におんぶされていた。
私は、すぐに、「自分で歩きなさあーーい」と、大きく声をかけた。
すると、両親は、にっこりと笑って、「この子、歩けないんです」と答えられた。

私はびっくりした。そして、女の子の姿をよくみると、確かに左足が伸びたままであった。「すみません、知らないこととはいえ、失礼なことを言いました」と、私は頭を下げ、逃げ出すように車に乗りこんでしまった。
うかつにも、取り返しのつかないことをしてしまった。私は、自己嫌悪でいっぱいだった。ただ、救われたのは、御両親の笑顔であった。
こうして、私の8月の法務は終わった。我ながら、情けない8月最後の一日であった。

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お盆の風景

夕立が来そうで来なかったお盆の夕暮れ

今年はお盆の前から雨も降らず、誠に暑いお盆であった。
私の自坊では、近隣の寺院との兼ね合いがあるので、毎年8月14日にお盆のお施餓鬼の法要を行なっている。もちろん、本来は8月15日に行なうのが正式だ。
8月14日にお施餓鬼を行なうために、うちの檀家さんたちは、14日を中日として、13日にお精霊さん(おしょらいさん)をお迎えし、15日の夕方には送り火をしている。

そういえば、去年の8/7のブログには、お盆の用意をする自坊の七日盆のことを書いていたようだ。もう一年がすぎさってしまって、今更ながら「光陰矢の如し」である。

お墓の前に吊られる行灯

さて、お盆には夕刻に墓経を誦むのだが、各家のお墓にはごらんの様な行灯(あんどん)が下げられ、夕方になると檀家さんが個々に訪れては行灯に灯をともして帰る。中には都会から帰郷した家族も賑やかに引き連れてお参りされているうちもある。
去年はよちよち歩きだった子どもたちが、元気に走っていたりすると驚く次第。
宗教行事とはいえ、古き良き風物詩である。
そういえば、市の市史編纂担当の方がカメラをもってやってきて、自坊の施餓鬼の様子を取材していかれた。
いつの日か、こうした行事も無くなってしまい、未来の人は市史をみて、「へぇ~、こんなことをやっていたのか」と言う日が来るのかもしれない。

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「不生不滅・不増不減」ということ -山寺のある一日-

なにか?

わたしの山寺は、とても小さく、お葬式といえば、1年に2、3回しかない。
これは、わたしの個人的な習癖なのか、お葬式は、とても疲れてしまう。

まず、枕経(まくらぎょう)に出向き、お顔をおおっている布を取る。今さらながら、わが手が震えていることを感じる。そして、『涅槃略経』をお読みする。それが終わると、故人の髪に、カミソリを当てる。何年、坊主家業を続けても、その手は震えるのか、わたしには、わからない。そこに横たわっているのが、死人(しびと)とか、そんな感覚ではない。なにか、荘厳なものに触れるような感覚がある。

その枕経から帰ると、戒名を考え、引導法語を作る。故人と立ち向かわねばならない。
この戒名で、故人の全生涯をあらわすことができたのか?
この法語で、故人が、畢竟(ひっきょう)の悟りを得るのか?
無学無修のわたしは、最後に、その髪にカミソリを当てた者として、たたかわねばならない。

今度の死者は、八十九歳のお婆さんだった。無責任な第三者は、よく、大往生という言葉を使う。
「大往生で、おめでたいぐらいだ」などと言っている。
しかし、八十九年も生きれば、孫たちはとっくに大人で、曾孫も物心がつき初め、祖母と遊んだ思い出に、涙を流している。決して、おめでたいことではない。弔問には、この言葉は使ってはならない。

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小さな山寺の温かな晋山式

稚児行列
私の自坊の法類寺院(仏法上での親類関係寺院)である小さな山寺が、新しい住職を迎えることになり、先日、晋山式が執り行われた。

今までこのお寺には尼僧さんが住まわれていたが、一昨年の夏、お盆の施餓鬼法要の翌日に急逝された。
生前、この庵主さまから、「どうか私が亡きあとの後住を探して欲しい」と、法類である私に懇願されていたのであるが、亡くなられたあと、ご縁あって、間をおかずに後住を探し出せたことは本当に幸いで、心からうれしく思っているのである。
なぜなら、このお寺にはいわゆる檀家さんがないのである。
であるのに、8年前に本堂が建て替えられたばかりで、庫裡も建て替えられて20年も経過していない。
実はこのお寺のある自治区の人たちは、このお寺を村のお寺だとして大切に思い、各家にはそれぞれ別に他宗の願い寺があるにもかかわらず、本堂や庫裡の建築資金を負担し、庵主さまの生活費も負担してこられたという。
したがって、このお寺が無住になってしまわないようにしたいというのは、老いた庵主さんはもちろん、村人たちの悲願であったのだ。

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言葉の癒し

過日京都にある表具屋に電話した時のこと。
「○○君いますか?」。
「へぇ、今高野参(こうやまいり)ですねん」。
と言われ、和歌山にある真言宗の大本山高野山を思い、「えらい遠くへ行ったんやね。帰りはいつになります?」と聞くと、「へぇ、もうすぐです!」と…。
妙な会話で受話器を置いた。
しばらくして本人より電話があり、御手洗に行っていたと聞かされびっくり。なぜ高野参なのかわからず広辞苑を引いてみた。
「【高野参】(1)高野山に参詣すること。(2)便所に行くこと。紙(髪)を落すからいう。」とあった。また、厠(かわや)が高野(こうや)になったとも書いてありました。
後に、「おやじさん、博学やなぁ」と言ったら、小さい頃から母親がよく言っていただけで、真似をしているだけとの事。ですがこのおやじさん、洒落好きで、「○○君いますか?」と聞くと「へぇ、あいつは鴨川塵みたいなやつで!!」と…。わかりますか? 

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陶工に号をつけるその3 -山寺のある一日-

山寺のある一日


さて、2回に亘ってわたしが号をつけた陶工の話をお伝えしたその彼が、今、一所懸命に何を作っているかといえば、なんと、“骨壺”である。

「陶工に号をつける」
その1 *その2

彼は、商工会議所の青年部会に入っている。陶工とはいえ、やはり俗世間のつながりは無視できず、なかば、強制的に入会させられた。商工会議所であるから、多種多様の職業の人がいる。そこに、石材店と葬祭店とがいた。彼等も生き残りで必死である。いろんな知恵をしぼる。そこで浮かんだのが、生前に自分だけの“骨壺”を持っていただくという案である。「この壺にわたしは入るのね……」と、生前は飾っておける“骨壺”である。売るのは葬祭店である。その骨壺を売っておけば、買った人は、必ずその葬祭店を利用する。もちろん買った人の遺族ではあるが。そして、その葬祭店と提携している石材店は墓石が売れる。「これは名案だ」ということで、話が、青年陶工のもとへ行った。彼も「それは面白いかも知れませんね」と承諾した。そして今、形だの図柄だのを研究している。

世の中は変わったものである。骨壺といえば、円筒形で乳白色に決まっていた。どうですか、このブログを読んでいる方、生前に自分だけの“骨壺”を持ってみたいと思いますか。青年陶工の経済を考えると、この“生前骨壺”作戦がうまくいけばよいなとも思うが、坊主の立場からは、骨壺がドンドン売れるというのも…… 考えさせられるところではある。

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椎茸栽培

コマ菌打ち込み作業

寺山を通る林道を拡幅することになり、邪魔になるクヌギの木を伐採することになった。先日、檀家さんらによって切り倒されたクヌギの木が椎茸栽培用の原木に玉切りされ、50本ばかり寺に届けられた。

今日はその原木への椎茸菌の植え付けである。
作業は、原木に専用ドリルで均等に穴を開け、その中にコマ菌と呼ばれる椎茸菌を金槌で打ち込んでゆく。(写真1)

原木の太さにもよるが、1本あたり約30~40個のコマ菌を打ち込むことになる。単純な作業だが1人でやるとなると結構時間がかかる。打ち終えた原木は井桁に積み上げる。1袋分を打ち終えても10数本原木が余ってしまった。これは菌を入手しだい改めて打ち込むことにする。(写真2)

井桁

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陶工に号をつけるその2 -山寺のある一日-

山寺の春

陶工に号をつける その1→こちらを読まれてから本日のブログをどうぞ!

わたしが、“岱嶺”という号をつけた青年陶工が、なぜ“岱玲”と改めたかといういきさつは、ザッとこんな話しである。

彼は、“岱嶺”という号を、さっそく、九州伊万里の師匠のもとへ報告した。そして、師匠からは許しをもらった。
しかし、周囲の弟子や関係者からクレームがついた。「師匠の号は“岱山”である。“岱嶺”は、字づらからして師匠を超えることになる。遠慮せよ」というのが、兄弟子たちの言い分であった。
言われてみれば、その通りである。“山”という字と、“嶺”という字に、上下はあるまいが、やはり、“嶺”の方が偉く見える。彼も、そう思った。しかし、“タイレイ”という響きは、気に入っている。そこで、“嶺”を“玲”に変えて、“タイレイ”という音は残した。そんな話しをわたしにしてから、青年陶工は、こう言った。
 「“嶺”は僕で、“玲”は**ちゃんで、二人共通の号だと思っています」
**ちゃんは、彼の新妻である。彼女は、陶器の絵付けをする人で、夫の素地にも絵を付ける。よって、二人で一つの作品を仕上げることも多く、「“岱玲”は、二人のものなんです」と。それがまた、“玲”という字は、響きといい、字づらといい、いかにも初々しいその**ちゃんにピッタリなのである。わたしは、そんな話しを聞き終わり、「いい名前だね、まあ、二人で、頑張りなさい」と言うだけであった。二人があまりにも仲睦まじいので、しまいには、なんだかバカらしくなってきていたのである。
その**ちゃんも、今では二人の子育てに忙しく、“岱玲”は、青年陶工一人のものになっている。

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涅槃会

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今日2月15日は、三仏忌の一つ、仏涅槃会の正当日である。お釈迦様が入滅された日。 この日には、涅槃図とよばれる図像を掲げて、お釈迦様の法に感謝する法要を営む。 自坊には大した書画の掛軸はないのだが、そのわりには不釣り合いな大きな涅槃図がある。釣り下げるのには一人ではできず、二人がかりの仕事である。 真前にお膳やお供え物をして、檀家さんたちも集って楞厳呪をお勤めする。 そのあと、檀家さんだけで、西国三十三観音霊場の御詠歌を御唱えするのが風習となっている。お講のなごりがこういった形で残っている。 この時には檀家さんの中の長老が、小磬や木魚を打って維那をしなければならないのが習わしなので、長老といえども、おかしいほどの緊張の具合だ。

入滅の時、お釈迦様は最後の説法で「自灯明・法灯明」を説かれた。入滅間近の師に対して悲しむしか術のない弟子たちに、これからは、自らをよりどころとし、仏法をよりどころとせよ、と諭されるのである。
おろおろとしている長老に、届けばいいが。

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老婆の弔い

大寒の雪

わたしの自坊のような貧しい骨山でも、だいたい年に数軒の檀家のお葬式があるものなのだが、昨年は見事というべき、たった一軒のご不幸もないまま終わった。 新年恒例の檀家総会でこのことを話して、今年一年も皆さんお元気でお過ごし下さいと話したのも束の間、その4日後に、ある檀家さん宅の老婆が享年94の大往生をとげられた。 別に悪いところもなく、いわゆる老衰である。 いかにも大寒、雪の中の弔いとなった。

さて、お葬式の仕方は、宗教諸派はもちろん、地方の土着風習の影響をかなり受けていると思う。
私の住むあたりでも、集落ごとに少しずつ違うほどだ。
例えば、「朝悔やみ」という風習がある。
集落の住人からのお悔やみの挨拶を、当家が玄関で受けるというものである。
それこそ、「朝悔やみ」というだけでも、読者各位には縁遠い風習なのかもしれない。これは葬式当日の朝7時ごろに、集落の一軒残らずすべての家から、誰か一人が必ずご当家に出かけ、お賽銭をあげて、ご霊前に合掌し、当家の遺族にお悔やみの挨拶をするのである。
おまけにこの時、私の集落に限っては、当家の主婦が喪服の着物姿で素足に草履をはいて、玄関の土間にずっと立ちっぱなしで悔やみを受けなければならないという風習もある。寒いときには格別きびしいことだとは思う。

それから、出棺の際には必ず玄関を出たら西に向いて棺を出す。東側に大きな通りがあっても、必ず西へ向かうのである。これは浄土信仰によるものだと容易に推測はできるが、禅宗の葬式でも同じである。こういった古くからの風習が、まだわずかながら残っているのは、とても喜ばしいことだと私は思っている。

今どき何を……と思われるむきもあるかもしれないが、都会では「家族葬」が流行ってきているなか、それに歯止めをかける意味も含めて、伝統文化の継承はなくしてはならないと思うのである。
そうして、大往生のお婆さんは、家族に送られて西へ旅だっていかれた。

達磨さんも雪に震える

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陶工に号をつける -山寺のある一日-

寒い寒い山寺

この山寺に、二人の青年が突然登って来たのは、もう十年も前のことである。一人の方は、村の若者であった。二、三年前に、お婆さんのお葬式を出したので憶えていた。もう一人の方は、初顔であった。村の青年が言うには、その若者は、青年の奥さんの弟で、出身は大阪。九州は伊万里で修行した陶工だという。姉の縁を頼って、この村に自分の窯を持つことになった。ついては、陶工としての号をつけてほしいと言う。

「しかし、号などというものは、お師匠さんからいただくものじゃないの」。わたしは、ひとまずそう言って逃げた。「号をつけてほしい」と聞き、実は少し緊張したのである。わたしには、子供もなく、弟子なども持ったことがないので、誰かに名前をつけるということをしたことがない。もちろん坊主なので戒名はつけるが、生きている者の場合とでは、やはり違う。死んだ人が、わたしの戒名を背負って、あの世とやらで生きていっているのかは知らないが、この青年陶工は、確実にわたしがつけた号を背負って、これからの陶工人生を生きていくのである。号〈ゴウ〉が、業〈ゴウ〉になったらどうするのだ。そう思うと、なかなか容易には引き受けられなかったのである。

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田舎寺の越年

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昨年は「僞」の歳として幕をおろし、かくして新年を迎えた。 毎年より少々早めに仕事おさめをした禅文化研究所ではあるが、自坊のある私は、結局年末の大掃除期間が長くなっただけということで、ありがたいやら何やらわからない。 昨年末は雨続きで、28日だったか、一日晴れた日が有ったので、頑張って山道の草ひきやら掃き掃除を済ませ、雨の日には本堂や庫裡のほこりを払って掃き掃除に拭き掃除、はたまたガラス拭き。家族総出の大仕事。 ぼやっとしていると普通の一日の連続であるが、一年の締めくくりということで、改めて念入りに普段できない部分まで掃除をしたり手を入れたりしていると、やっとお正月を迎えるという気持ちになってくるから不思議である。 大晦日の年越し蕎麦をいただき、一般の人は、晩酌でもしながら紅白歌合戦でも観るのだろうが、11時過ぎあたりからの除夜の鐘もあるから、そういうことは毎年ままならない。また、同僚には冬休みを利用しての長期旅行に出かけている者もあるが、自分には一生できないことだろうなと、今年最後の煩悩をつくりながらも、百八つの鐘をうつ。 大晦日はかなり気温が下がったせいで、鐘楼に立っていると寒いことは寒いが、星が瞬いて満天の空がとても美しい。新年はこんな澄み渡った歳になって欲しいと思いたら、大学生の頃、教育実習で教えた生徒の一人が今年もやってきた。もう35歳になるという。ほかにもわずかな常連の参詣者もあるので一人っきりというわけではない。

年が明けて、平成二十年。あっというまに、平成ももう二十年かと驚く。キリッと冷えたいいお正月だ。
こうして、檀家さんや近隣の人たちの年始のご挨拶を、住職として本堂で受けるようになってから、もう何年になるだろうか、あと何年できるだろうかと思う。
若いと思っていた檀家の人が今年で還暦ですとか仰ると正直に驚いている自分ではある。

実は年末29日、私が掛搭していた静岡三島の龍沢寺僧堂の現老師の突然の遷化の報。驚くまもなく、大晦日には近所の幼なじみの母が長い長い闘病生活の末亡くなった。新年になって2日に伯母が逝去。なんだか寂しい年の変わり目であった。

さて今年はどんな年になるのだろうか。泥の中に蓮がきれいに咲くように、僞の世の中にも真実が育つと思うことにしよう。
皆さんの健康とご多幸をお祈りする。

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柚子の収穫

収穫前

秋晴れの好天に恵まれた一日、境内に1本だけある柚子の収穫を行った。寒さとともに鍋物が恋しくなる季節、柚子の香りと酸味は料理をいっそう引き立ててくれる。
昨年は実のなりが少なかったが、今年は全体に小ぶりながらもたわわに実ってくれた。早速作業服と厚手の手袋に身を包み、剪定鋏や高枝鋏を使って作業に取りかかる。枝には無数の鋭い刺があり、気をつけないと擦り傷だらけになってしまう。

半日かけて収穫した実は、汁を搾って瓶詰めにして冷蔵庫に保存する。そのまま料理に使ったり、柚子醤油にしたりと冬場の食卓には欠かせない名脇役になる。残った皮は布袋に詰めて風呂に入れ、冬至には早いけれど柚子湯として楽しんだ。古来よりひび・あかぎれを直し、風邪の予防になると伝承されてきた柚子湯だが、血行を促進して疲れや痛みを取り、冷え性にも効果があるらしい。体も芯から温まり、深まりゆく秋を実感できた一日であった。

もぎたての柚子たち

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親子の坐禅会

親子の坐禅会

毎年この時期に行なわれる地域の交流を深めるための行事に協賛して、その体験活動の一つに、自坊での坐禅会を組み入れてもらっている。
自坊の檀家さんの子供たちではないため、今まで坐禅などには縁のなかった子供たちとその保護者の人達を対象としている。
他の行程もまわるため、お寺ではたった1時間しか時間がない。なかなかじっくりとした坐禅会とはいかないのだが、まずは子供たちに、ふざけてはいけないこと、まじめに取り組むことという雰囲気を与えなければならない。

今年は大人と子供あわせてちょうど40名。まずは靴をきちんとそろえてあがる。靴下を脱いで、座布団の上に正座して、荷物は自分の後ろに整然と並べる。
たったこれだけのことでも、なかなか時間がかかる。
最近の子供たちは、家で正座するなどということは皆無なのではないだろうか。
しかし、お寺という彼らにとっては異種な空気の中で、ちょっと和尚さんにビシッと言われると、案外まじめに対応してくれるようだ。
20分ほどかけて、坐禅の形、呼吸の仕方、呼吸を数えることに集中してみること、などを説明し、引磬と柝の合図で、いよいよ坐禅の開始である。

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山寺のある一日 -その1 犬小屋で経を読む-

山寺のある一日

あれは、わたしが、この山寺に入寺してから、間もない法事の席であった。ある檀家さんのお爺さんの三周忌の法要である。お葬式は、先住さんがなされ、先住さんの遷化後、一年を経て入寺したわたしには、そのお家のことは、何もわからない。しかし、法事は、厳粛に勤めなければならない。わたしは、改良衣と呼ばれる簡易な法衣で、そのお家に赴いた。

通常の挨拶をすませ、改良衣から正式の大衣に着替えをしている間、一人の、十七、八歳くらいのお嬢さんが、シクシクと泣いている。こんなことは滅多にない。田舎の法事は、もう、お祭りである。お酒が飲めて、普段は口にできないご馳走をいただく。集まる親戚などは、お祀りではなく、文字通り、お祭りなのである。しかし、そこに、ほとけさんに対する畏敬、崇拝の念がないのではない。たくさんお酒を飲んで、ご馳走を食べるのが、ほとけさんに対する御供養なのである。坊主は、それをリードしなければならない。そのような田舎の法事である。わたしは、感心に思った。「このお嬢さんは、よほど、お爺さんに可愛がられたお孫さんなのだろう」と。

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秋の恵み

丹波栗

研究所では、職員の寺で採れた季節の恵みがよく届けられます。
実りの秋、今回は丹波の寺で採れた立派な栗!
この立派さに加え、「丹波栗」というブランドネーム?でしょうか。
丹波の豆、栗、などと聞くとわくわくしてしまいます。
あと一ヶ月もすれば丹波の黒豆の枝豆がやってくることでしょう(毎年の楽しみ)。

さてこの立派な栗、帰ってから土鍋で栗御飯を作りました。
旬の物というのは、うまみをたくさん持っている為、少量の塩とお酒だけで充分です。
炊き上がると栗は何とも言えない色、ほくほくです。土鍋ですと、おこげがまたたまりません。

季節の恵みというのは、人間の身体にも恵みを与えてくれます。
文句無く美味しいので、調味料を最小限に控えられ、今話題のメタボ対策にもとても良いのではないでしょうか。
私たちは季節の恵み、生きている物をいただいて、ようやく生きる事ができるんだなぁ…。
そんな感謝の気持ちが自然と湧いてくる秋の恵みでした。

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“真実不虚”の布施

丹波篠山

「和尚、お経ばかり読んでおらんと、年寄りを遊ばせるのも、和尚の仕事やで」と、檀家総代から言われたのは、自坊へ入寺して、1年ほど過ぎた時だった。住職になってから間もなく、“年寄りを遊ばせる”という意味がよく分からず、ポカンとしているわたしへ、その総代は言った。「年寄りを集めて説教でもせんかい」と。

“説教” まだ40歳そこそこの若僧が、60・70・80の、じいさん、ばあさんに、何の“説教”ができるか。波瀾万丈の年月を乗り越えて来られた、人生の大先輩である。わたしは、正直にそう言って、「説教はできませんが、『般若心経』の文字の講釈ぐらいなら、どうにかできます」と告げた。すると総代は、「それでいい、何でもいい」と、言い放った。わたしには、“どうでもいい”というような雰囲気に聞こえた。
それから、「お布施はどうする」「お布施はいりません」「そりゃ、いかん」「いえ、結構です」「そりゃ、いかん」と、押し問答が続いた。「それじゃ、お茶と菓子代で、ひとり、百円持って来て下さい」と、わたしが言うと、「オッ、分かった。それでダ、その話は、お寺でせんといかんか」と、総代は尋ねた。かりにも坊主が、『般若心経』の講釈をするのだ、お寺以外の、どこでするのか。わたしには理解できなかった。またもやポカンとしているわたしへ、総代は言った。「あの坂は、年寄りには難儀や。下の公民館でやってくれ」。なるほど自坊は、かなりの高地にある。わたしはスンナリ、「いいですよ、公民館でやりましょう」と承諾した。

そういうことで、毎月1度、第1月曜日の夜8時から2時間の予定で、わたしの講釈は始まった。なぜ、夜の8時なのか。自坊のある小さな農村は、ご多分にもれず、3チャン農業で、60・70・80の、じいさん、ばあさんは、現役の仕事人だからだ。

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七日盆(なぬかぼん)と招き幡

8月7日を盆の入りとして、七日盆という。
この日、筆者の自坊では、朝早くから作業着を着た檀家さんたちが集まって見え、本堂にてお勤めをした後、墓掃除、草刈り、境内清掃など全山清掃を行なうのだ。
それとともに、お盆にお精霊さん(おしょらいさん)がキュウリの馬に跨って戻ってみえるための目印にと、東と西に招き幡を2本、高く立てるのだ。書かれている文字は「宝楼閣神咒」という呪文である。


招き幡

そういえば関東は7月がお盆である。となると七日盆は7月7日、つまり七夕である。
七夕として祭るのは単に星の祭りのようなものではなく、こういった七日盆の行事とも関係があるのではないかと思えてきた。
そう思って調べてみたら、七日盆というのは、どうやら関西を中心に行なっている行事のようである。奈良でも盆入りというようだし、井戸さらいをやる「池替盆」をやる地方や、「七度親を拝み、七度海に浴びる」 「七遍飯を食い、七度海に浴びる」「七度ホウトウを食べ七度水泳ぎをすれば腹を病まぬ」というような女性の禊を行なう地方もあるようで、地方によって七夕は色々な意味合いを持っているようだ。
地域に根付いた信仰と、仏教の行事が関係している行事の一つと言えるのだろう。
自坊の近くには縄文時代の祭場跡と言われる遺跡が在る。星を仰いでいた太古にまで思いをはせる。

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百日紅

木登りの上手な猿も滑りそうな木だから「さるすべり」と呼ばれる百日紅。
また百日間ほど花を紅の花を咲かせることから、この「百日紅」と書かれるのであろう。
猿が上るほど大きな木ではないが、自坊にも5本ほどの紅白とりまぜた百日紅があり、今年もお盆が近づいた今頃から、きれいに花をさかせはじめた。


百日紅

百日紅について、弊所の季刊誌『禅文化』85号(昭和52年夏発行)に、歌人の松本仁さんが書かれた「わが花物語 百日紅」という文章があるので、以下に全文を転載しておこう。

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お盆前の一仕事 -庭木の剪定-

今年は猛暑だと言われているが、今のところは冷夏とも言えるような涼しい毎日ではある。
それでもようやく近畿も梅雨が明けたからこれからは暑くなってくるのだろう。
そしてお盆がやってくる。

筆者の自坊では、お盆までには境内の木々をきっちり刈り込んで、お参りに来られる方々をお迎えせねばならない。
大きな松の木や泰山木などは、自分の手に負えないので、シルバー人材センターにお願いして、かつて庭職人だったお年寄りの方々に手入れをしてもらっている。
今年もつい先日、2日間をかけてやっていただけた。

のこりの低い木、例えばさつきなどは、自分で電動植木バリカンや剪定ばさみを使って刈り込んでいく。これが毎年、お盆前にしなければならない大仕事の一つである。

刈り込み前はこんな感じ。
刈り込み前・・・

電動バリカンに慣れるまでは、何度も電源コードを挿んで切ってしまったり、思ったように刈れずにいたが、すべて剪定ばさみでやっていたことを思うと、なんと手早いことだろう。
しかし、刈り込んでいった中には蜂の巣があったりして、知らずに刈っていると、ぶぅ~んと蜂たちが飛び出してきて大慌てで逃げることもしばしばである。スズメバチの巣もあったりするから、笑っておれないのである。

刈り込んでさっぱり。これで今年もお盆が迎えられる、そんな気分になるのだ。


刈り込み後……


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お仏壇の購入

泥の中から美しい花を咲かせる蓮

つい先日、自坊の檀家の独居老人のAさんの家に、年忌にあわせて購入された新しいお仏壇の開眼に出かけた。
今まではご縁のある方から譲ってもらっておられた古いお仏壇で、宗派様式が禅宗とは違うものだったので、それを処分して、新しいお仏壇にされたのだ。
法要の後、親戚の方々と話をしていたとき、こんな話が出た。

「分家した家ではお仏壇をいつ買えばいいんでしょうか。誰も亡くなっていないのに買うもんじゃない、縁起が悪いことが起きると、よく人がいいます」と。

そこで私はこんな話をしました。
分家した当主にももちろんご先祖がおられるでしょう? 自分はそのご先祖方の縁をいただいて今ここにいるのです。だからお仏壇を購入してお祀りするご先祖がないわけじゃないのだから、気持ちが起こったのなら買えばいいんじゃないでしょうか。追善供養することに悪いことがあるはずはないでしょう……。

冒頭に書いたように、この檀家さんは、6年ほど前に、息子さんと奥さんを順に亡くされ、今は一人暮らしのお爺さん。法事には嫁がれた娘さんのご主人と子供達、そして2、3人の親戚がお参りされていた。
嫁がれた娘さんの子供達も、もう成人されたお嬢さんなので、彼女たちに話すつもりで、こう続けた。

失礼と存じつついいますとね、こうして新しいお仏壇を買われたけれど、なんで今更って思いませんでしたか? この家にはもうAさんしかいないんでしょ。Aさんが亡くなった後はこのお仏壇をお守りする人がいないのに、なんで今頃お仏壇を買うんだろうって、思わなかったですか?
だけど、それほどまでしてAさんは、息子さんや奥さんの菩提を弔いたかったのではないでしょうか。
そうすることによって、自分に大きな安心(あんじん)を得られたのではないでしょうか。
そうですよね、Aさん。

するとAさんは大きく頷かれていました。なんかホッとしたと仰いました。

これが本当の追善供養、そして回光返照ってことだと思う。
回向返照というのは、仏壇の花を仏様に向けて供えないで、自分たちに向けて飾っているのも同じことで、仏様やご先祖様に功徳していることが自分たちにさし巡って返ってくることの象徴なのである。
Aさんのされたことを、席を共にした若い人たちに知っておいて欲しくて、下手なお話をしたのであった。

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燕の巣立つころ

各地が梅雨入りしたという。
今年の梅雨は入りが遅いが、その期間も短いらしい。じめじめした季節は心地よくないので、それはうれしいことではある。
毎年5月、自坊の玄関に燕が巣作りにやってくる。去年巣だった子燕達が戻ってきて巣作りをするのだとか言われるが、その真偽は確かではない。しかし、毎年3組ほどのつがいの燕が巣作りをして雛を育てにくる。


毎年作り替える燕の巣


昔の田舎の玄関は障子紙や板硝子の扉だったので、その中の1枚を一時的に外してやれば出入りできたのだが、最近はアルミサッシになったので、用心はよくなったが、燕たちには不便な玄関となった。
そのために、自坊の玄関には燕さま専用の玄関まで作ってあげてある。これで夜間や早朝、あるいは留守でも、燕の親はせっせと餌を運んで来ることができるのだ。


燕専用の玄関


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木蓮

一気に春になりつつあるこの頃である。
今年も自坊の白木蓮(はくもくれん)がきれいな花をさかせている。


白木蓮の木

ところが、いわゆる木蓮と白木蓮は別種なのだそうである。
雨上がりの朝、花びらを濡らせて、その白を一層引き出させている気がした。

雨に濡れた白木蓮の花

自然の色は、なんとも言えず美しい。

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大般若祈祷会

11日の日曜日、不肖の自坊にて、大般若経を転読する祈祷会を行なった。
ひどい北風が吹き荒れ、吹雪になったかと思えば、陽が照ってポカポカと暖かくなったりで、一日の中で三寒四温を思うような日となった。


大般若祈祷会


この大般若祈祷会は、本来、お正月の三ケ日に、今年一年、魔障を除き、世界の平和、五穀豊穣、家内安全などを祈願して勤めるものである。

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いのちについて思う

先日「硫黄島からの手紙」という話題の映画を見た。戦局の最先端にいて殺し合いの末に命を落す人、弾薬が底を突き戦うことができず自害していく人、敵に投降したにもかかわらず殺される人、そして戦地に愛する人を送って国で待つ人……。戦時中に生きていた人たちのそれぞれの生きざまの集約を見た気がした。重い映画だったが、とてもいい映画だった。

ところで、このところ、子供の自殺、夫婦や兄弟でのバラバラ殺人事件の連続。毎日ニュースを見ていても、次から次へと悲惨な事件ばかりで、どの事件がどの事件かさえわからなくなるほどである。
また、これだけ飲酒運転を警戒されているのに、飲んで乗ってひき逃げ・・・。無責任極まりない。
いったい人の命の重さというものを、どう考えているのだろう。そう思わずにはいられない。
彼らはずっと身近な人の死と向き合わないで生きてきたからではないか。

自坊の檀家のことであるが、篤信家の好々爺がいた。
自身を献体申請しており、そのために万が一の時には遺体がないことになるからと、毎年お正月になると床屋で散髪をしては、これを遺髪にせよと紙に包んで家族に渡しておられた方だ。
その曽孫である当時小2のSちゃんは、このお爺さんのことが大好きで、日頃からいつも手をつないで歩いていた。
ところが、ついにその爺さんも93年の寿命がつきた。死に際に家族が集まり見守る中、Sちゃんは、お爺ちゃんに「私にパソコン買ってやるっていってたのに、買わないで死んだらあかん」と、徐々に冷たくなる手を握って泣いて訴えたそうだ。
お通夜の時、Sちゃんは私に、「お爺ちゃんの暖かい手、だんだん冷たくなっていったんやで」と話してくれた。
自分の死をしっかり見つめていた老人と、それをしっかり受け止めていた幼女の姿なのである。

しかし、かたや、家族が亡くなっても、忌み嫌って子供達を近づけないように避けてしまわれる家庭が多いことも確かだ。
人は息を引き取ると、暖かい手が冷たくなっていく。それを実感として知らないで生きている人がどれだけいることだろうか。
テレビドラマで人が人を殺めるというフィクションを毎日のように眼にしてしまっているのに、人が死ぬということを現実として感じられない人たちが溢れているのだ。

学校教育には任せられない部分、私たち宗教者の手でどうにかしなければならない。
『子育てのこころ』(盛永宗興 著)。読んでもらいたい一冊である(もうすぐカバー一新)。また、一番小さな社会である家庭において、自分と他人の命のことを考えてもらえるような本も考えたい。

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イチョウの大木

紅葉のコントラスト


私の寺の境内には大きなイチョウの木がある。
イチョウは保水性が高く、防火樹としても知られ、昔から社寺の境内等で広く植えられてきた落葉樹である。
年配の檀家さんの話によると、村に小学校が出来た時に、校庭と寺とに1本づつ植えられたというから樹齢は80年くらいになるのだろうか。
秋になると葉は目映い黄色に変わり、紅葉とのコントラストを楽しませてくれる。
庭に敷き詰めたように広がる落葉の絨毯も綺麗なものである。

葉が全て落ちきった先日、10年ぶりに職人さんに枝を切り落としてもらった。伸び放題となった枝からの落葉は相当な量で、水分を含んだ葉の後始末はかなり大変だったが、これで来年の落葉は少しは減って掃除も楽になることだろう。

蹴ちらして まばゆき銀杏 落葉かな 花蓑

来年から掃除が楽かも?!

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慧玄が這裏に生死なし

去る12月12日、神戸市の山寺に住まっていた筆者の兄弟子E師が京都にて急逝した。享年56。
教区の支所長として、大本山妙心寺の開山、無相大師の開山毎歳忌に参列し、そのあと、修行時代の仲間との久しぶりの宴席で酒を酌み交わした後のこと。あまりにも早すぎ、あまりにも突然だった。
だれもが思いもかけていなかった。

E師は兄弟子でもあるが従兄でもあり、大阪の在家に生まれたEさんは、大学生になる頃、発心して私の父の弟子となって花園大学に入学し、私の自坊で小僧としての生活をした。
私は当時小学生で、実兄弟の中で長男であったから、まるで兄ができたようではしゃいでいた記憶がある。Eさんは4人兄弟の末っ子であったから逆に私を弟のように可愛がってくれた。
当時流行っていた北山修作詞のフォークソングが好きで、ギターを弾いて私に教えてくれた。
私のような年齢にして当時の歌を歌えるのはEさんの影響である。
また、私が富士山の裾野の三島・龍沢寺に掛搭したのも、評席までつとめられたEさんの修行した道場であるがためでもある。

E師は妙心寺まで自家用車で出てこられていたために、持ち主を失った車をもう一人の兄弟子とともに、神戸のお寺まで搬送した。車のステレオには前述のような懐かしい曲がまとめられたオムニバスCDがセットされていた。
「♪命かけてと 誓った日からすてきな想い出 残してきたのに……」と北山修作詞の「あの素晴らしい愛をもう一度」など懐かしい曲が流れてきて、運転しながら思わず涙が頬をつたった。

妙心寺開山・関山慧玄禅師(無相大師)は語録を残されなかったが、2つの有名な言葉が伝わっている。
その一つが「慧玄(えげん)が這裏(しゃり)に生死(しょうじ)なし」である。人は生まれたら必ず死を迎える。しかし、そんな生と死というようなものを超越したところに境涯があるというお言葉だ。

平成21年には、この無相大師の650年遠諱を迎える妙心寺で、E師は、その開山様と同じ日に開山様の近くで身罷ってしまった。まるで、開山様の言葉を身をもって示すが如き逝きかただった。

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丹波の黒豆 語録の黒豆

去る十月のある日、晴天の秋空のもと、丹波特産の黒大豆枝豆(黒豆)の収穫に精を出した。
自坊の畑に植えられた黒豆を収穫するのだ。

京都の某僧堂から、五人の雲水さんに助っ人に来てもらっている。
今年、引き手で来た雲水さんは、僧堂歴六年目で、彼が言うには、
「私が新到の時に、初めてここへ来ました」と。
よって、この「雲水黒豆大会」も、今年で六年目である。

まず、本堂で、般若心経を唱え、畑に下りて、いきなり収穫にとりかかる。
最初の作業は、枝から「さや」だけをむしり取る。本当は、枝にさやを残して、葉っぱだけを落とすのだが、これは、十時の「おやつ」用で、一人の雲水さんが、すぐに台所にもって行き、塩ゆでにする。
それを、また、畑に持って行き、すぐに食べる。小生は、ビールを取りに走る。取りたて、ゆでたての黒豆は、最高にうまい、ビールもうまい。

丹波の黒豆(くろまめ)はうまいが、小生が仕事にしている漢文語録の黒豆(こくず)は、あまりうまいものではない。
やっと、『五灯会元』の全文訓読も脱稿し、黒豆(こくず)から解放されたと思ったら、あのうまい黒豆(くろまめ)もシーズンオフとなってしまった。また、来年の「雲水黒豆大会」を期待しよう。

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寺の大樹 その3

8月のお盆開けに枝部分だけを伐採した自坊の大けやきの幹の部分も、つい先頃、ついに伐採をしてもらった。
秋晴れの日にはさまれた、あいにくの雨の日であったにもかかわらず、重機の予約の都合もあり、10月11日に決行された。前回と同じ兄弟の山師さんたちである。


伐採されようとする大けやき


とてもすばらしい職人技で、まずは上部の枝のあった根本の下で伐り、続いて根本のあたりから伐られた。伐り出された胴の部分の長さは7mあった。


根元もついに離れた

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白花ホトトギス

白花杜鵑

ちょうど今頃、9月から10月に咲く、ユリ科の多年草のシロバナホトトギスです。
まだ小さいのですが、この前、山野草の店で見つけて庭に植えたばかりです。
案外、このシロバナホトトギスは手に入りにくいのだそうです。
買ったときには花は無かったのですが、たぶん白い花が咲くはずだと言われて買ってきたのです。
つい最近、白いかわいらしい花を咲かせました。
まだ切って使うのはかわいそうなので、このまま庭で花を咲かせておこうと思っています。
野生なので、きっと増えるのではないかと期待しておきましょう。

白花杜鵑


ほかにも一緒に買った赤白金の三色の水引草もすくすくと伸びて来ています。
ただ、ときどきチェックしないと、毛虫が葉っぱを食い荒らしていたりします。
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花札も真っ青!-天龍寺-

美しい萩の花_天龍寺

私の住む、嵐山天龍寺は、今萩が満開です。
百花苑には、白・ピンク・混合とそれはそれは美しく群生しています。
萩は一株では花が小さくあまり見映えが良くは無いかもしれませんが、大きい株がいくつもあるとそれはそれは見事です。
今年は、中秋の名月ごろが一番美しいとのことです。

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ゴーヤ料理

いただき物のゴーヤ

最近、ゴーヤ料理にハマッている。きっかけは檀家さんからのおすそ分けである。 いつもトマトや胡瓜などの夏野菜は頂くのだが、ゴーヤは初めて。お盆の行事が終わり夏バテ気味の体には、ゴーヤのビタミンが効果的だろうと、頂いた日に早速調理してみた。

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寺の大樹 その2

7月15日のブログで書いた寺の大樹のその後である。
お盆もすぎ、京都近辺で行なわれる、地蔵盆を明日に控えた8月22日、ついに筆者の自坊の欅の枝部分の伐採が行なわれた。もちろん事前にお経一巻あげて、欅にお礼のお勤めをしておいた。


欅横にクレーン到着


16tの大型クレーンが、4輪操舵のタイヤを駆使して、自坊の裏の狭い路地を曲がって、欅の近くにたどり着いた。

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タチマイリ

私が住む丹波地方は両墓制がある地域である。両墓制とは、埋め墓(埋葬地)と詣り墓(建碑地)が別々にある墓制である。埋め墓には遺骸が葬られるが石塔を建てない。詣り墓は遺骸の埋葬がなく、石塔を建てる。遺骸を埋める所と霊を祀る所とを別にする習俗が、両墓制なのである。しかし、火葬が取り入れられてからは、埋め墓にも石塔を建てるようになり、かつての習俗を失いつつある。

私の地域では詣り墓のことを「ラントウ」と呼んでいる。ラントウという呼称は僧侶の墓塔である卵塔を想像するが、歴住塔のある寺の墓地に隣接して詣り墓があるためにそう呼ばれてきたのかもしれない。
さて、ラントウでは、お盆の前に「タチマイリ」という各家の墓に僧侶が読経を行う行事がある。お盆には、精霊を迎えるが、ラントウはオショライさんが一時待機する所と考えられており、先祖の霊はあの世からラントウまで戻り、タチマイリをして家に迎えられるのである。

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土用干し

以前に、ここのブログで書きましたが、自坊で収穫した梅で梅干しを作っています。実際に作っているのは母なのですが。
私は毎年の光景で見慣れていますが、梅干しは街ではふつうスーパーで買うから、家で作っているというと案外珍しいと思う人もいるようですね。


土用干し


ちょうど今は「土用干し(どようぼし)」の状態。
本当は7月の下旬、ちょうど、梅雨のあけた時期に3日間、お天道様にさらすのですが、今年は梅雨明けがおそかったので今頃になってしまいました。
ネットでは梅を味わってもらうことができないですが、その色と風景だけでも楽しんでもらいましょう・・・。
(E.N. Wrote)

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寺の大樹

遠くから見た欅

うちの寺の境内には樹齢二百年は下らないと思われる大きな欅(けやき)があります。 秋になると、それはもう尋常ではない落ち葉で、毎日掃除におおわらわの、掃除だけを思うと迷惑な樹です。
ところが、ここ十年くらいでだいぶ弱ってしまいました。枯れ枝も多くなり、樹に元気がありません。
ちょうど、この樹を売って欲しいという業者さんが来られるようにもなりました。伐らないと枯れてしまうと。 枯れてしまったら何の値打ちもないとおっしゃいます。
そこで、枯れ枝が落ちて山門や鐘楼にでも落ちたら困るし、閑栖和尚や、総代さんたちとも相談して、今のうちに伐って売ってしまおうということになったのです・・・。

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梅の収穫

収穫直後の梅

禅文化研究所スタッフのE.Nです。つい先日、私の自坊で収穫したばかりのです!
うちの梅林は、約80本の梅の木がありますが、そのうち約1/3が梅の実を実らせます。あとは花梅です。毎年、春から秋の間は檀家さんに出てもらって、月に一度の下草刈りやら消毒やら剪定やら、いろいろ大変ですが、お蔭で今年も40kgほどの梅の実を収穫することができました。
この梅林は、臨黄ネットトップページ画像にも使っていますよ。臨黄ネットの事務局も、禅文化研究所でさせてもらっています。
さて、ここでスタッフN.K.にバトンタッチします。
私は、今年は梅醤油を作りました。
煮沸消毒した瓶に、梅と、ひたひたになるくらいの醤油、好みでお酒を入れて半年待つだけ!
良い風味の、まろやかな醤油ができ上がるはず。今から楽しみです。

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