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2008年08月22日

エローラ 仏教 -インド-

第10窟

エローラの石窟群でもっとも古い(5~7世紀)、仏教の遺構をご紹介。
上写真は有名な第10窟。声も響くホールのようなつくりのチャイティヤ窟。

ヴィハーラ窟

対するこちらはヴィハーラ窟。僧院・僧坊です。

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2008年08月05日

エローラ石窟寺院郡 -インド-

エローラ

前回までにご紹介したアジャンタの石窟寺院郡は仏教の石窟寺院郡ですが、今回からご紹介するエローラは、仏教・ヒンドゥー教・ジャイナ教がそれぞれ造られた時代は違えども破壊される事なく共存し、そして残っているという、まれに見る石窟寺院郡です。
今まで私が旅してきたアジア各国では、王が変わる事でそれに伴い宗教もかわり、首を切り落とされた無惨な姿の仏像を多々見てきました。また、最近カンボジアでは、敬虔な仏教徒が迫害をおそれて埋めたとされる多くの仏像が発掘されました。
現在のインドは、宗教紛争が無い国とは言えないでしょうが、この遺跡に見るインドのいにしえの人々の寛容性からすると、本来のインドの人々の持つ性質なのではないか…などと考えたりします。
そういう意味では、八百万の神の国、そして仏教も大切に加護されてきた日本と、共通点を見出せる気がします。

もしや!

前からいらっしゃるあの清々しいお姿は…。

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2008年07月30日

ダウラターバード -インド-

ダウラターバード

エローラの遺跡に行く途中に、自然の山を利用した要塞があります。
1326年、デリーからこの地への遷都をもくろんだスルタンが築いた要塞だそうで、高さ180メートルの天然の要害の下部50メートルを垂直に削ったそうな…。
そのスルタンは、この城下町をダウラターバード(富の町)と名付け、デリーから全住民をここに移り住まわせようとしましたが、失敗したそうです。

要塞

要塞の跡が残っています。

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2008年07月24日

インドの花々 その2

8月、緑濃く花々は鮮やかなインドです。
その1に引き続き美しい花々のご紹介です。

インドの花
なぜかお猿

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2008年07月14日

インドの花々 その1

私が訪れていた8月、インドは雨期で濃い緑と美しく鮮やかな花々が楽しめます。
エローラの遺跡を紹介する前に、インドの花々を何回かにわたってご紹介します。

アジャンタにて

アジャンタにて

アジャンタにて

職員が訪れたインド旅 その他記事はこちら

2008年06月27日

アジャンタへの道 -インド-

インドの国道

アジャンタ石窟寺院のご紹介を終わり、次回からはエローラのご紹介へ。
その前に…。

アジャンタ石窟寺院までは、アジャンタ・エローラ遺跡を観光する旅行者の拠点となるオーランガバードという町から車で約2時間ほど。

日本でいうところの国道でしょうか。緑溢れる中、よく整えられた道がまっすぐ走っています。
その道に沿って大きな大きな木がたくさん並んでいます。
この赤いライン、白いラインは何の意味があるのかドライバーに訪ねてみたところ、赤は伐採禁止樹木であることを示すそうで、白は夜運転する際、街灯の無いこの道で大活躍するそうな。確かに周りには何も無い道ですので白いラインはぼぉっと光って道しるべとなるのかもしれません?!

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2008年06月20日

アジャンター石窟寺院その9 -インド-

今回は、インドで最大(全長約7m)のブッダ涅槃像がある第26窟をご紹介します。

第26窟

アジャンタ遺跡第26窟のゲートです。
大人気で、このような人だかり(休憩中?)ができていました。
私が訪れた8月はあまり海外からの観光客はなく、インド人の旅行者が多く見られました。
サリーの鮮やかな色がよく映えます。


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2008年05月23日

アジャンター石窟寺院その8 -インド-

第19窟チャイティヤ窓

アジャンター石窟寺院、第19窟をご紹介。
インドの後期チャイティヤ(聖なるもの・〈ブッダを象徴する〉)窟の中で最初に造営されたものだそうです。

まず上の写真のチャイティヤ窓左右に、守門神ヤクシャが。頭飾、装身具も豪華で美しい像です。
下の写真がヤクシャを拡大したもの。日本でいう脇侍仏のように隣に小さな像があります。色々調べてみると、これはヤクシャの大将で、クベーラという財宝を司る神だそうです。お腹がぽっこりしているあたり、大黒さんや布袋さんと印象がだぶります。

ヤクシャとクベーラ

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2008年05月14日

アジャンター石窟寺院その7 -インド-

エレファントゲート

壁画も完璧な美しさで残っているものは少なく、石窟内は薄暗い為、ガイド無しにまわっていると、いったいどんな場面なのか判断するのは難かしかったです。
アジャンターに行かれる方は、ジャータカをさらっとでも目を通してから行かれると、さらに楽しいと思います。

第16窟 エレファントゲート(上写真)

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2008年04月10日

アジャンター石窟寺院その6 -インド-

遺跡の向かい側から

インドのアジャンター石窟寺院は、ゆっくり見てまわると一日かかります。
そこでお弁当を持って行き、途中で絶景スポットでランチタイムをとるのがオススメです。

石窟郡の前には川がながれていて、橋を渡って向かいにある小高い山を登ると、下の写真のようなところが。ここからはアジャンター石窟の全貌が見渡せて、暑さで疲れた身体を休めるのには最高の場所でした。上の写真は、橋を渡りきったところから見た石窟郡です。

ひとやすみ

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2008年03月24日

アジャンター石窟寺院その5 -インド-

第9窟 入り口

紀元前1世紀頃に開窟されたという第9窟をご紹介。
この時代の礼拝の対象はストゥーパで、内部は下のとおり。入り口(上の写真)は後から造られたのでしょうか、仏像の彫刻などが美しくその姿をとどめています。

第9窟内部のストゥーパ

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2008年03月03日

アジャンター石窟寺院その4 -インド-

与願印

前回ご紹介しました第2窟の次には、おそらくツアーや時間の無い方ですと有名な第9窟に訪れる事と思いますが、今回はその間にある石窟の様々な石像などの写真をご紹介致します。
正直申し上げますと、あまりに写真を撮りすぎたのと、なにせ第1窟から第30窟まであるわけで、象徴的な物が残っている石窟の写真以外は、一体第何窟の写真だったのか…帰国してから見てもわからないというのが本音です…。

上は与願印(よがんいん・人々の願いを受け入れ叶えてくれる 深い慈悲を表わします)の仏像でしょうか。左手はなんでしょう…。日本で見る仏像は、右手が与願印である事が多い気がしますが…。

担ぎ屋さん

疲れたお父さん、かつぎ屋さんに運んでもらっています。お年寄りにも大人気。インドの8月の暑い中、一日中こういった遺跡をめぐるのはなかなか体力を消耗します。
でもこれ、肩の上に担がれるわけで、なかなか高い!はっきり言ってこわいです…。
右の方達は修復作業中のようです。

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2008年02月22日

アジャンター石窟寺院その3 -インド-

第2窟

前回に続き、アジャンター石窟寺院の第2窟をご紹介します。
保存状態も良く、天井装飾なども美しく、ツアーで訪れたとしても必ず立ち寄る場所でしょう。
ちなみに…日本からのツアー客に第1窟で出会いましたが、私と友人は約1日かけてアジャンターを楽しんだのに対し、ツアー客はすぐにいなくなりました。ゆっくりとまわりたいのなら、是非個人旅行をオススメします。

写真上:少し見にくいのですが、釈迦誕生の場面、ジャータカより(右端)。
写真下:千体仏。非常に美しく残っていて感激します。

千体仏


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2008年01月24日

アジャンター石窟寺院その2 -インド-

第1窟 蓮華手菩薩

仏教窟として有名なアジャンターの石窟群は、第1窟~第30窟まであり、それぞれが部屋のように存在しており、僧院を石窟に置き換えたヴィハーラ窟と、ブッダを象徴するチャイティヤ(聖なるもの)窟があります。時代としては、紀元前1世紀頃の前期窟と紀元5世紀の後期窟にわかれます。

暑いインドの夏でも比較的涼しいヴィハーラ(僧が起居する)で、昔のインド僧達は修行を積んだのです。実際にインドの修行僧が寝起きした所に自分が足を踏み入れさせていただける事に感動を覚えつつ…。
中でも、比較的美しく壁画が残る事で有名な第1窟(6世紀建造)からまずはご紹介します。
フラッシュ無しでなら写真を撮る事も可能でした。
1番目の写真は、法隆寺金堂に見られる菩薩のモデルとして有名な、“蓮華手菩薩”です。
また、ブッダ像を挟んであちら側には、金剛手菩薩の壁画も。有難いことに、ブッダを守護する菩薩像は、現在も美しくその姿をとどめていました。

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2008年01月16日

アジャンター石窟寺院その1 -インド-

080115-1.jpg

今回の旅のメイン。アジャンターの石窟寺院を訪れます。
拠点となるオーランガバードの町から、車で2時間半ほど。
途中、デカン高原の壮大な景色を目の当たりにします。
昔、地理の教科書を見つつ、なんて広い地域にまたがっているんだろう…と思っていた事を思い出します。

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2007年12月21日

ヒムロー織り -インド・オーランガバード-

himuro1.jpg

オーランガバードは、織物の産地として知られています。
アジアを旅すると必ず織物をチェックする私は、今回ももちろんのこと、タクシーの運転手任せではありますが、織物工場へ。
特にここで有名なのはヒムローと呼ばれる織物。交渉すれば安くなるでしょうが、最初に言われた値段でだいたい90ドル~100ドル前後。織りあげるのにかかる手間と、シルクだという事を考えればやはりそれくらいはするでしょうか。
ただ、きらっきらの派手な(色々な物があるのかもしれませんが)ヒムロー織りのサリー、日本での利用方法が思い付かず、ただ着るだけ着て写真を撮らせて欲しいとお願いすると、なかなかいい料金を言ってきましたが、着る機会も無いだろうということで着させてもらうことに。
今回インドで、サリーを着るだけ着て写真を撮りたいと、そういう店が無いか探したのですがみつかりませんでした。観光客には受けると思うんですが誰かそういう店を始めないものでしょうか…。

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2007年12月13日

ビービー・カ・マクバラー -インド・オーランガバード-

ビービー・カ・マクバラー

久々にインド旅行記です。
17時間の列車の旅にて到着したオーランガバードの街を散策。
タージマハールをモデルにして建てられたというビービー・カ・マクバラーへ。
タージマハール建設ほどの国費を使うわけにはいかず、大理石が使われたのは墓標周辺とドームのみ。アウラングセーブ帝の妃の廟墓で、1678年に息子のアザム・シャーが建てたとの事。

デカン高原に唯一残るムガル王朝の建造物とのことで、見逃すわけにはいかないはずが、海外からの観光客はほぼ見られず、地元の人、あるいはインド人旅行者ばかりでした。ツアーで来ると、おそらくオーランガバードでの滞在は、アジャンタ・エローラ遺跡の観光の為のみで、このような遺跡には足を運ばないのかもしれません。
タージマハールと比べられ、貧相であるなどと言われるようですが、私はこちらはこちらで大変気に入りました。総大理石のタージマハールが素晴らしく美しいのは当たり前ですが、こちらはこちらで寂びていてまた良かったのです。日本人的な感覚で見れば、「総大理石ではないし、タージマハールより小さくてつまらない」とはならないはず…だと私は思います。

廟より見る雄大な景色

廟からは雄大な景色が広がっています(デカン高原)。雨期のため、緑も美しく素晴らしい眺めです。タージマハールはアグラの町中にあるので、こうはいきません。アジャンタ・エローラの石窟観光の為オーランガバードに滞在する方は、お時間があれば是非こちらにも行かれる事をオススメします。

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2007年11月08日

インドの鉄道 

オーランガバード

インドに行くなら必ず一度は体験してみたい列車の旅。
アグラからオーランガバードまでを寝台列車にて移動です。
皆さん乗車時間を聞くとびっくりするかと思います。約17時間です、17時間。
夕方5時頃出発して、昼の11時前に到着。
おかげで、旅のお供の“司馬遼”をだいぶ読み進める事ができました。
ちなみに、アナウンスも電光掲示板も無く、発車ベルさえも鳴らないインドの駅。
だいぶ遅れて電車が到着するわりに、知らない間に出発。走って乗り込む人多数。走っても乗り込めないおばさんのために列車が停まったり…。私が乗る列車も一時間以上遅れましたが、この様々な光景を見ているだけで飽きません。

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2007年10月29日

アグラの町にて その2 -インド-

その1に続いて、アグラの町の色々をご紹介。今回は市場なども…。

市場の職人さん?!”

いつから変えていないのだろう・・・と思ってしまう真っ黒な油に、器用に何やらホットケーキの生地のようなものをしぼり出し、お花のような形に。次々と揚げられていきます。

仕立て屋さん

京都の着倒れ・・・どころではないインド女性の着倒れ。今の日本と違い、インド女性のほとんどが毎日サリーやパンジャビドレスなどの民族衣装です。畳こそ敷いてありませんが、京都の昔ながらの呉服屋さんのようです。店の主人の笑顔がたまりません。

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2007年10月19日

アグラの町にて その1 -インド-

世界遺産、タージ・マハルや、アグラ城のあるアグラの町の様子です。

通学途中の女の子

通学途中の女の子達。サイクル・リキシャに相乗りしての通学。この子達は普通の制服ですが、学校によってはパンジャビドレスやサリーなど民族衣装の制服もあり、それを見るだけでも楽しいものです。
観光客が多い町でも、大きなバスでの団体観光客が多いからか、オート・リキシャに乗る私達に興味津々の様子。隣にいる子のひじを突き、「ねえねえ、ほら。」とこちらを見てきます。

とても賢そうで、清潔感溢れるキラキラした彼女たち。将来はIT関連企業で働くのでしょうか、何か専門職を目指しているのでしょうか。一生サイクル・リキシャの運転手を続けるであろう男性は、この子達を学校へと送りつつ、何を思っているのでしょう。
なんだか複雑ですが、この男性は何も思ってはいないのでしょうか。
インドの当たり前の事情なのかもしれません。

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2007年10月11日

アグラ城 -インド-

アクバル門

16世紀にムガル帝国の3代皇帝アクバルにより築かれた城塞(上の写真はアクバル門)。
その後、4代、5代皇帝の居城ともなった。タージマハルのご紹介でも書いたが、5代皇帝シャー・ジャハーンが幽閉されていた塔も城壁の中にある。
1983年、ユネスコにより世界遺産登録された。

インドで出会った少女

インド人の家族づれも多い。「この子を抱いて一緒に写真を撮ってくれ」、「私たちと一緒に・・・」となぜか一緒に写真を撮りたがるインド人達・・・(観察していると、欧米人には声をかけていないのになぜ?)。抱っこした途端に号泣のこの子も、お母さんのもとに戻ると御機嫌でカメラに興味津々。
それにしても幼いながらになんとはっきりくっきりしたお顔立ちでしょうか・・・。インドの小さな子達は皆目がキラキラと好奇心に輝いていた。

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2007年09月28日

タージ・マハルと色とりどりのサリー -インド-

タージ・マハル

タージ・マハル。
インドと言えばまず思い浮かべるものナンバー1ではないだろうか。
しかし、それが一体何の遺跡?であるのかを知っている人は少ないかもしれない。
実は、王妃の墓なのである。
ムガル帝国第5代皇帝シャー・ジャハーンが王妃の死を悼み、約20年の歳月をかけ、世界中より美しい石、また労働者達を集め建造した、インド=イスラーム文化の代表的建築なのだ。
この大事業で、国費が傾いたとされる説がある。死してなお、傾国の女となりうる妃。どのような女性だったのであろう。
さらに王は、タージ・マハル裏に流れる川をはさんだ向こう岸に、自らの墓、黒タージを造ろうとし、息子に幽閉される事となる。結局のところ、王妃と一緒の墓に眠る事となった。
女性ならば、「こんなに愛されるなんて(うらやましい)・・・でも死ぬ前につくして欲しい」
男性ならば、「とんでもない・・・」といった感想を持つのだろうか・・・。

色とりどりのサリーに身をつつむ女性達

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2007年09月20日

インドへのフライト

ひよこ豆のお菓子

よく、-インドは人を呼ぶ-と言われる。
他の国だと、「はて?」と思うが、インドだとなんとなくしっくりくるのは私だけだろうか。
数々の仏教国を旅して来たが、インドだけはなんとなくまだ踏み入れてはいけない場所のような気がしてずっと遠慮していた。
今年はなんとはなしにスムーズに「インドに行こう」という事になり、漸くお釈迦様の国に呼ばれたかのような気持ちで、心から楽しみに意気揚々とでかけた。

が、なんと私が乗る予定の飛行機は関空を10時間遅れ。さらに乗り継ぎ地の香港の寒いロビーにて7時間待ちという事で、結局約1日ほどインド到着が遅れるはめに・・・。
航空会社の対応にやきもきしながらも、「もしや自分の日頃の勉強不足でこういうことになるのだろうか。インドとは私のような者にとっては、そんなにたやすくは行けない遠い国なのだという事のあらわれなのだろうか。玄奘三蔵でさえ、ものすごい苦難の道を行かれたのに現代の我々は飛行機でひとっ飛びだなんて・・・」と、-自分のいたらなさがこういった事態を呼ぶ-という日本人的発想に陥りつつ過ごした長い長い道のりであった。

*写真は、機内でもらったスナックと旅のお供の司馬遼。
CHANA DALとはひよこ豆。お豆さんのお菓子。やはりカレー風味?の濃い濃いお味。隣にいたおじさんのビールのお供にはちょうど良いようでした。
 

2007年09月14日

仏教発祥の地へ -インド-

エローラにて_仏教僧?

今回より何度かに亘って、仏教発祥の地、インドのアジャンタ・エローラの仏跡などを中心に、私的に訪れた先をご紹介したい。

皆さんはインドと聞くと、どの宗教を一番に思うのだろうか。
仏教発祥の地でありつつ、現在のインド国民の信仰する宗教はというと...
ヒンドゥー教徒 80.5%
イスラム教徒  13.4%
キリスト教徒   2.3%
シク教徒     1.9%
仏教徒      0.8%
ジャイナ教徒  0.4%  (01年国勢調査・外務省HPより)

というわけで、悲しきかな、ヒンドゥー教徒が多数を占めており、カースト制度も一応無くなった事にはなっているはずであるが、人々の意識の中、職業などにはその影響が当たり前のごとく残るインドでは、仏教発祥の地の名残りというものは、仏跡に行き、遙か昔に思いをはせてみない限り、おおよそ感じられない。

インドに降りたってからずっと、ここは仏教発祥の地!と呪文を唱えるかのようにその事を想像しようとしていたのだが、どうしても「本当にインド(あるいはネパール国境)の人々が、お釈迦様について修行をしていたのだろうか・・・」という思いが去来する。
そして漸く、今回の私の旅においても、運良く仏教僧(おそらく)をエローラにてただお一人みかけたのだ。
それだけのことで、迷いはふっきれ、「あぁ、お釈迦様をはじめ、阿難や摩訶迦葉尊者は実際にいらっしゃったんだ」と思えてしまうのだから単純なのか・・・。いや、剃髪をされ、歩く姿が清らかだったからこそなのだと思う。
と一人興奮しているが・・・それはさておき、これから数回に亘り、奥深いインドをほんの少しでも皆様にご紹介できたらと思う。