カテゴリー:「3.その他寺社仏閣」


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御香宮さんの月釜 -京都市伏見区-




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京都市伏見区にある御香宮(ごこうのみや・ごこうぐう)さんの月釜にでかけました。
今月は武者小路千家の木津宗匠がお席をもたれていました。
京都市内のお寺や神社では、毎週のようにどちらかで釜が掛かっています。
自身が学ぶ流派のみならず、気軽に他流派のお茶会へも足を運ぶ事ができますし、亭主お心入りのお道具を拝見し、そのおもてなしに学ぶ所も多く、非常に勉強になります。
だいたいの月釜が、臨時会費1000円を受付にてお支払いすれば気軽に参加する事ができ、大寄せとはいえ、本格的な茶会を毎週のようにどちらかで体験できるというのは、さすがは京都といったところでしょうか。

さて、全国的に3月3日を桃の節句としてお雛祭りをなさる所が多いのだと思いますが、京都では旧暦でお祝いするお家もいまだ多く、今回のお茶席も、桃の節句にちなんだお席でした。
待合の立雛の画にはじまり、お道具にも“赤”が随処に見られ、女子の節句と、皆が心待ちにする春の到来を祝うに相応しい可愛らしく華やいだ空間に、こちらの心も明るく楽しくなるのでした。

また、自身が学ぶ流派とは違うお道具や、そちらの流派の代々のお家元のお好みも目新しく、亭主のお話を興味深く拝聴しました。
お茶を習っていませんとなかなかに参加しにくいものですが、周りにお稽古されている方がいらっしゃるようでしたら、是非一度茶の湯の世界を体験しに連れていってもらって下さい。
“なんだか難しい決まり事が多く、古くさい”といったイメージばかりが先行しがちなこの世界ではありますが、長い時間をかけて洗練されてきた美しく深い世界とは、本当はそのようなものでは無いのだという事や、日本の芸術・精神文化の素晴らしさに少しでも多くの方が気付く事ができたら……と思うのでした。

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春前の高山寺




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三寒四温とはよく言ったもので、暖かい日が何日か続いたかと思いきや、急に真冬のように冷え込んだある日、高山寺へとでかけました。

いつも新緑の頃、紅葉の頃などにでかけていました。その時期でも静かなのですが、さらに参拝客も少なくひっそりと佇む山寺の静謐に、こちらにいらした明恵上人とお弟子さん達は、もっと厳しい真冬の日をどのように過ごされたのだろうか…と考えてみたりするのでした。
まだ新芽さえも見せない楓の木に、眩しい新緑を心待ちにする気持ちになりました。

それにしましても…行く度に鳥獣戯画グッズが増えていっているような気がするのは私だけでしょうか?! 昔はハガキと便箋くらいしか無かったような……。

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西国観音霊場 第12番 岩間山正法寺に詣る




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久しぶりの観音霊場めぐりをした。
今回は近くなのに今までお詣りしたことがなかった、滋賀県大津市と京都府宇治市の境にある、西国観音霊場第12番の正法寺(真言宗)へお詣りした。ここは、通称、岩間寺と呼ばれ、御本尊は千手観音である。
この観音様は、毎夜、日没と共に地獄を駆け巡り、苦しむ人々を悉く救済し、日の出に厨子に戻られたときには汗でびっしょり濡れてらっしゃるので、"汗かき観音"と呼ばれ、また"雷除け観音"とも呼ばれる逸話がある。

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御詠歌は、

  みなかみは いづくなるらん いはまでら
    きしうつなみは まつかぜのおと

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忍性(にんしょう)の墓塔




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日本版マザー・テレサとも評される忍性の墓塔。奈良県大和郡山市にある額安寺の北の墓地にある。そこは通称鎌倉墓と呼ばれ、忍性の巨大な五輪塔を中心に鎌倉時代以降の五輪塔8基などが立ち並ぶ。
忍性の遺骨は遺言によって鎌倉の光明寺、奈良の竹林寺、そしてここ額安寺の三ケ所に分骨された。額安寺は忍性出家の地と考えられている寺である。
忍性の塔は3メートル近い高さを誇り、1982年に行われた調査の結果、内部から銘文を刻んだ忍性の骨蔵器が発見され、改めて忍性の墓塔と確認された。

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源空寺(げんくうじ) -京都・伏見区-




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京都は伏見区にある、浄土宗源空寺です。
何気なく前を通り寺の縁起を書いた板を読んでいると……。
円光大師(法然)の霊場25ヶ所の1つに数えられており、写真にある二層の山門は、伏見城から移築されたものと伝わるそうです。
一階部分には、愛染明王や、豊臣秀吉に天下統一の大福を授けたといわれる朝日大黒天像が祀られているとのことで、お参りしてきました。
さて、私にも大福がやってくるでしょうか……。

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御香宮 -京都・伏見区-




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京都市伏見区にある御香宮(ごこうのみや・ごこうぐう)を訪れました。
神功皇后を主祭神とする事から、日本第一安産守護之大神として広く崇められています。
また、こちらの名の由来ともなっている名水(御香水)も有名です。

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登竜門の故事にもとづいた極彩色の唐破風彫刻が美しいです。
こちらの拝殿は、京都府の指定有形文化財だとか。

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金札宮(きんさつぐう) -京都市伏見区-




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京都市伏見区にある、謡曲「金札」ゆかりの地、金札宮。
750年の創建と伝わり、伏見で最も古い神社の1つです。

謡曲史跡保存会による説明板によると、

1200年前、山代国愛宕郡(現京都市)に遷都された桓武天皇は、伏見の里に神社建立のため、勅使を遣わされました。この時、天から金札が降り下り、取り上げて見ると「伊勢大神宮の流れを絶やさぬため、天津太玉神を祀るように」との御神託が、金文字で書かれていました。謡曲「金札」は、この金札の故事を語り、天津太玉神が金札と弓矢で君の代と国土を守護し、悪魔を降伏させ、もう弓矢の必要はなくなったと謡っています。
金札宮の御神体の金札と、祭神天津太玉神と天照大神の守護もあって、平安の都の平和は永く続きました。

とのこと。今はマンションや家々に囲まれつつひっそりとしていますが、平安の世を守った何とも有難い神社であったのです。
また、境内にあるクロガネモチの木は樹齢1000年を超えると言われ、京都市の天然記念物に指定されています。赤い実をつけたその堂々たるお姿は、まさに御神木。パワーに圧倒されました。

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新宿の熊野神社




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東京出張の朝、ちょっと時間があったので、西新宿の中央公園の隣にある熊野神社へ行ってみた。
このブログを読まれている方には、もちろん東京の方も少なくないだろうが、この神社をご存じだろうか。
大都会、あたりには高層ビルが立つ西新宿にあるのだ。
「熊野神社」という名から、和歌山の熊野大社を思いつつ、道路から階段をあがり鳥居をくぐる。
すぐ左手に本殿があり、ちょうど神主さんらしき方が入っていかれるのに遭遇した。その後、なにかの合図の太鼓が鳴り響いた。

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社務所前にこの神社のいわれが書かれた掲示板があった。読むと、やはり……。
室町時代、応永年間(1394~1428)に、中野長者と呼ばれた鈴木九郎が、故郷である紀州は熊野三山から十二所権現を、この地に移して祀ったのが起源とされるようだ。
江戸時代には、「熊野十二所権現社」と呼ばれたとも。
しかしまぁ、今となって高層ビルから見下ろされる熊野の権現様には、大変申し訳ないことだ。

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門戸厄神 東光寺 -兵庫県西宮市-




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我が実家近くにある門戸厄神東光寺(もんどやくじん・とうこうじ)。
「厄除けと言えば門戸さんへ」というのがあまりに当たり前で、その縁起やらも何も知らずに(HPを是非ご覧ください。その歴史はかなり古く興味深いものでした)、節分を迎えると、新しい年の厄除けをお願いしにお参りをする母の姿を見て来ました。

前厄・本厄・そして後厄となる今年、霊験あらたかな神仏が数多くおはします京都に住んでいるというのに、「やはり厄除けと言えば門戸さんかなぁ……」と、母に倣い西宮までお参りに行って来ました。
2月の節分会が終わったとはいえ、土日だからか、まだまだお参りの人の多い事!
大学生時代、この東光寺のすぐ隣にある大学に通っていたというのに、のほほんと暮らしていたモラトリアム時代の私は、特に「お参りしよう」と思う事すら無く、足を踏み入れないままに4年間を過ごしました。
時を経て今、色々な思いを抱えながらお参りする自分のみならず、多くの人々がお参りに訪れるのを見て改めて、「あぁ、門戸さんはこれだけ多くの人の思いを受け止めてくれているのだなぁ……」としみじみ思いました。
お参りする人の気持ちや目的はそれぞれに違うかもしれませんし、お参りして願掛けしたからといってそれが叶うかどうかはわかりません。厄除けと言っても、全く何も無いままに平穏無事に暮らせる保証はありません。当たり前のごとく、人生には嬉しい事楽しい事もあれば、大変な事、辛い事も待っています。
それでも、一番大切な事は、こういった寺社が我々の切なる思いを受け止める為に存在してくれている事であって、このようにお参りに行く事によって、その後自分の身に起こる様々な事への受け止め方も変わってくるのではないかと思った次第です。

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安産祈願 -京都・わら天神-




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私事ながら、妻の妊娠5ヶ月目の戌の日に、京都の「わら天神」へ行ってきました。
「わら天神」とは通称で、正式名称は「敷地神社」といい、安産のご利益で有名な神社です。
この日もたくさんの参拝者で賑わっていました。

授与所の前には、夫婦や親子で来られている妊婦さんの行列が出来ていました。
私たちも列に加わり、安産祈願の腹帯をいただきました。

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善光寺さん -長野-




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長野の善光寺さんにお参りしてきた。
ついで参りはよくないことだが、「牛に引かれて善光寺参り」と言われるくらいだから、まぁご容赦いただこう。
「牛に引かれて善光寺参り」というのは、自分の意志でもないのに、思いがけないことでよいご縁に恵まれたことの例えとして言われる言葉である。またここは、「遠くとも一度は詣れ善光寺、救け給うぞ彌陀の誓願」と、全国各地からお参りにみえる名刹である。
江戸時代には、「お伊勢参り」の帰りには「善光寺参り」をするという風習もあったようだ。

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阿弥陀如来を御本尊に善光寺はてっきり単立寺院かと思っていたのだが、実は、天台宗「大勧進」と浄土宗「大本願」からなる両方の別格本山とされているという特殊な形態のお寺だ。
雪が残る境内には、まだお正月の初詣として参詣されている人が多く、たいへん賑わっていた。

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線香をお供えし、本堂へと進み内陣にお参りすると、子供の頃、家族に連れてこられた記憶が蘇ってきた。
御本尊の真下の真っ暗な床下を手探りで歩き、「極楽の錠前」に触れることで、自分の往生の際に阿弥陀様にお迎えに来ていただく約束をするという「戒壇巡り」をさせていただけるのだ。
子供の頃に、真っ暗な中を不安を感じながら歩いたものだと思いつつ、また、阿弥陀如来の約束をとりつけさせていただいた。
ありがたや、ありがたや……。

今年6月には、ダライ・ラマを招待し、長野市内のビッグハット(オリンピック競技場)で講演会が行なわれるとのことである。

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甲山大師 -兵庫県西宮・神呪寺-




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我が家の初詣は、氏神さんへお参りし、その後お墓へお参りしご先祖様に御挨拶をする。
今年はそれに加えて、母がよく「お不動さんの日だからお参りしてきた」「お大師さんの日だからお参りしてきた」と常々言っている、甲山大師さんへもお参りに行こうという事になり参拝した。
さすがに元日という事もあって、お大師さんの日やお不動さんの日でもさほど混み合わない山道には、駐車場に入る車が連なっていた。

さてこのお寺、今までは何となくお参りする程度だったのだが、寺の開創について調べてみると、第53代淳和天皇の第四妃(後の如意尼)が開いたとされ、そのお姿を写して弘法大師が作られたという如意輪観音(ご本尊)を始めとし、鎌倉時代の不動尊や弘法大師像も重文指定、そして幼い頃から甲みたいだから甲山!と思っていたこの御山は、「仲哀天皇の御代(時代)、神功皇后が国家平安守護のために、山に如意宝珠・金甲冑・弓箭・宝剣・衣服等を埋めたと伝えられ、このことから甲山と名付けられた」という説の方が有力と神呪寺HPにあった。

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初詣 -伏見稲荷-




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自坊の三ケ日の祈祷法要を終え、鏡開きもして檀家さんのお家を一軒一軒回礼にまわったあと、今年の初詣にと、京都市伏見区にある伏見稲荷大社にお参りした。
このお稲荷さんは、来年、開闢1300年を迎えるという、お稲荷さんの総本宮である。平城京遷都が今年1300年であるから、その翌年には、ここに御鎮座されたということになる。

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三ケ日を過ぎているし午後にお参りしたので、もう少し少ないかと思ったけれども、まだまだ参詣客は多かった。それでも、ちょっとゆっくり手を合わせることができ、気持ちがホッとした。

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国分寺 -徳島市-




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徳島市内にある、四国八十八箇所第15番の国分寺を訪れました。
こちらは、天平時代に聖武天皇の勅命により建立された-金光明四天王護国之寺-です。
境内は「阿波国分寺跡」として県の史跡に指定されています。
建立時は法相宗の寺院として、発掘調査などにより、七堂伽藍を有する大寺院であった事がわかっているそうです。
また、弘仁年間(810~824年)に空海(弘法大師)が巡錫した際に真言宗に改宗したとされます。本堂横に大師堂があり、お遍路さん達が熱心に経を唱えていました。
現在は、江戸時代、蜂須賀家の命により復興したこともあって、曹洞宗の寺院となっています。

それにしましてもこちらの本堂、薬師如来が本尊なのですが、正面からというより、建物の横から拝ませていただいているような感じで不思議な感覚でした。

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丈六寺 -徳島市-




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曹洞宗の古刹、丈六寺(じょうろくじ)を訪れました。
創建は古く奈良時代と伝わるそうですが、室町時代に阿波国守護細川成之(しげゆき)が中興し、伽藍を整備したとの事。江戸時代には藩主の蜂須賀家の庇護を受けていました。

数々の寺宝が伝わる事と、拭っても拭っても消えなかったという血天井が有名で、徳島を訪れた旅人もこちらを訪れるらしいのですが、11月の初めに訪れたところ、友人と私のみでひっそりとしていました。
苔むした数々の墓、古い伽藍、戦国武将達の思い、静かな中に様々な空気を感じる古刹でした。

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青龍の頭の地 志明院へ




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11月の中頃、京都を守る青龍(鴨川)の源流の地、北区雲ケ畑の志明院へお参りしてきました。
4月の大護摩會の際にはお忙しくなかなかお話できない奥様から、様々なお話をお聞きしました。

司馬遼太郎さんがこちらに泊まられた折の摩訶不思議な体験を宮崎駿監督に話したところから、『もののけ姫』が生まれた事。

都会にいると、さも人間のみが生きている!という感じでいばっているが、こういった山の中で過ごしていると、我々人間のみが生命体なのではなく、木々やその他全てが生きている事をひしひしと感じ、人間は自分たちのみでは存在できず、ものの命や助けを借りてこそ生き長らえる事ができる事を日々感謝するという事。
そして、人間のみならず、あらゆる生命体の、その“ものの気配”をいつも感じつつ生活しているという事。また、だからこそこの地から環境問題などに対して警鐘を鳴らしているという事。

山田無文老師や、平田精耕老師もこちらを訪れられた事。

志明院のある山全体から水が湧き出ているようなもので、この山すべてが鴨川の源流であり、青龍の頭にあたる地がここなのだという事。

短い時間に、様々なお話をお聞きし、やはり京都の奥深さを知るのにはここだと思える聖地なのでした。

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伊勢神宮献茶式




遷宮ご修造のひとつ“宇治橋の架け替え”

10月10日、雲1つない高い空、澄みきった空気のもと、伊勢神宮のお献茶(表千家家元奉仕)にでかけてきました。寺院での献茶式にはよくでかけますが、神社は初めて。雅楽や神楽の奉納もあり、また違った日本古来の伝統を感じ、感謝する良い機会をいただきました。

さて、伊勢神宮には何度かお参りさせていただいていますが、訪れる度に“気づき”があります。
これからも幾度となくお参りすることでしょうが、その度に何か感じる事、思うところがある事と思います。
何百年も生き続けている木々の間を歩くだけでも心底気持ちの良いものです。

お伊勢さんの大木


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明治神宮




明治神宮

大正9年(1920)創建。明治天皇と昭憲皇太后を祀る。

神宮の森

「神宮の森」は植生遷移を考慮して人工的に造られたもの。鬱蒼とした広葉樹の社叢も神宮創建前はただの荒れ地だった。

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弥彦神社 その2 -新潟-




美しい千羽鶴

お参りを済ませた後、弥彦神社の境内を散策してみた。
本殿に入るには、神門とよばれる門があるが、ここに絵馬がかかっていて、一緒にひときわ色鮮やかで美しい千羽鶴が奉納されていて目を引いた。

神門の両側には古さを感じる苔むした狛犬がじっと参詣者を見つめているようだ。
それから、こういった古い神社仏閣にお参りすると、灯籠も気になって、おもわずファインダーにおさめてしまう。この灯籠もなかなかいい形だ。

苔むした狛犬

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弥彦神社 その1 -新潟-




弥彦神社の鳥居

良寛さんの五合庵のある山続きに、弥彦山という山があり、そのふもとに越後国一宮の弥彦神社(いやひこじんじゃ)がある。地名は「やひこ」と呼ばれるので、通常は「やひこじんじゃ」とよばれるが、古くは「おやひこさま」と呼ばれていたという。
越後の国の開拓神・伊夜彦神(天香山命)をお祀りしている。

古来は万葉集に、
「伊夜比古おのれ神さび 青雲のたなびく日すら 小雨そぼ降る」
「伊夜比古 神の麓に今日らもか 鹿の伏すらむ皮衣きて 角つきながら」
という歌が残されている古い神社である。

御手洗の川

鳥居をくぐると、清涼な流れの御手洗の川があり、杉の大木に覆われた参道を歩く。
一旦左に曲がるところに社務所があるが、その近くに椎(しい)の御神木があり、その前に良寛禅師の「御神木讃歌」というものが掲示されていた。

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良寛さんの地 五合庵・国上寺 -新潟- その2




香児山

五合庵・国上寺行の続きである。
国上寺の各堂宇から、山を下っていくと、ふと左手に香児山(かごやま)という小さな塚のような丘があり、そこには上のような石像が林立している。丘の上には小さな廟もあった。
この地は天香児山命伊夜比古(あまのかごやまのみこと いやひこ)の神が鎮座された場所ということで、弥彦神社の神が御神託をされた廟所であるとの札がある。つまり、国上寺を建立するように託宣された場所なのであろう。
神々しい空気に包まれ、石段を一段一段降りておくことになる。
すると、ひっそりと五合庵がたっていた。横には良寛さんの句碑も建っている。

五合庵

五合庵の中には、良寛さんがお酒を好んだことからか、日本酒が供えられていておかしかった。
ただ、まいったのは蚊の大群に襲われたことだ。この五合庵辺りにだけ多いので、ひょっとするとこれは、良寛さんが虫を殺すようなことをせず、慈愛に満ちた人であったから、蚊もこの地を選んで住んでいるのではないかと思えたのだった。

お酒を供えられた良寛さん


『良寛和尚逸話選』(禅文化研究所発行)

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良寛さんの地 五合庵・国上寺 その1 -新潟-




国上寺境内にある良寛像

夏休みの終わりに、かの良寛さんの地、新潟県は寺泊にほどちかい、国上寺・五合庵を訪ねてきた。
良寛さんというと、曹洞宗の僧侶で、子供が好きで、かくれんぼをして皆が帰ったのにも気付かず、ずっと朝まで隠れていたとか、軒先を突き破って伸びてきた筍のために板を外したりして伸びられるようにしたといった、やさしいやさしい逸話が有名だ。
ただ、良寛さんの像は、どれも何か厳しい顔をしていて、子供たちに優しかったというイメージと違うように感じてしまうのは、私だけだろうか。

とまれ、この良寛さんは、岡山県は玉島(倉敷市)の円通寺で修行をした後に、各地の名僧を訪ね歩き、新潟にもどって、約20年、五合庵に住まいしたという。
この五合庵という庵は、真言宗の国上寺という越後最古の古刹の境内地にある小さな庵だ。まずは国上寺へとお参りした。

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三重県名張市の木地師さん -加計仏具店-


修復する仏像

よくお世話になっている恩人の案内で、素晴らしい木地師さんの仕事を拝見させていただきました。
“木地師”と聞くと、皆さんはどのようなお仕事を想像されますか?
私は一番に浮かぶのは、漆を塗る前のお椀やお盆などの原形を作る職人さんでした。
今回は、仏壇仏具、その他寺院神社などに関係する多くの物をお作りになられている木地師さんです。
様々な職人さんのお仕事を拝見していますと、「職人さんの仕事には規格というものが無い分、本当に自由で幅広いなぁ……」と思う事が多々あるのですが、まさに今回もそうでした。

【加計仏具店】
代表作は、知恩院さん所蔵の『観無量寿経(かんむりょうじゅきょう)』を図像化した「観経曼荼羅(かんぎょうまんだら)」の軸を、厨子におさめ立体的にあらわした立体曼荼羅の木地制作です。軸に描かれている世界を立体的に…なわけですから、その仕事たるや、素人の理解の枠は超えに超えていました。
言葉では表現できませんので、HPの画像をどうか一度ご覧になってみてください。HPの納入例のページには、実際の立体曼荼羅の画像もあります。
木地の部分を加計さん親子がお作りになり、その他に、塗師や彩色師、仏師など様々な職人さんの手が加わって漸く完成をみる、後世にずっと伝えていきたい日本の仕事です。

たくさんの彫刻刀 たくさんの小さなカンナ


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久々の比叡山延暦寺 

根本中堂へ

実はまだ両親が参拝した事が無い!との驚愕の事実が判明し(関西人の場合、近すぎていつでもいける…と、まぁこんなもんです)、比叡山延暦寺へ参拝してきました。
京都市内は35℃を記録したこの日、さすがは比叡山上です。26℃と風が心地よく、たくさんの参拝者が訪れていました。
私は大学生時代、そして天台宗開宗1200年慶讚 臨黄合議所大法要の際にお仕事で行かせていただいて以来です。
お参りとは、その時々の自分の心境や成長によって、行く度に違う感動があったり学びがあったりするもので、やはり、まるで記念行事のように“1度行けば終わり”ではないのだな…と改めて思いました。
両親などは、日本において枝分かれした仏教の各宗派の宗祖や高僧の多くがこちらで学んだ事を知り、感慨深いようでした。

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水が飲みたければ... -『栂尾明恵上人伝記』より-



栂尾の新緑

『栂尾明恵上人伝記』によれば、明恵上人の周囲では、たびたび不思議な出来事が起こったらしい。

ある時、上人が行法をしていた最中、侍者を呼んで言った。「手水鉢の中に虫が落ちたようだ。取り上げて逃がして来なさい」。行ってみると、蜂が落ちて溺れていたので、急いで取り上げて逃がした。またある時、坐禅の最中に侍者を呼んで次のようにおっしゃった。「後ろの竹原で小鳥が何かに襲われているようだ。行って取り離して来なさい」。急いで行ってみると、雀が小鷹に襲われていたので、追い払った。こんなことがしばしばあった。
ある日の夜更け、上人は炉辺に坐していらっしゃったが、突然、「ああ、大変だ。早く見つけないと食べられてしまう。火をともして早く追い払って来なさい」とおっしゃるので、前にいた僧が「何事ですか」と申し上げると、「湯屋の軒下の雀の巣に蛇が入った」と言われる。外は闇夜で妙なことだとは思ったが、とりあえず急ぎロウソクを灯して行ってみると、大蛇が巣にまとわりついて雀の雛を飲みかけていたので、追い払った。
こんな闇夜に、しかも遠く隔たった所の物さえ見ることができるのだから、まして我らが陰で良くない振舞いをするのを、どんなにか怪しからんとご覧になっていることだろうと、弟子衆や同宿の者も、後ろ姿までも恥じ恐れて、真っ暗な部屋の中でさえも、気ままには振舞わなかった。
こんな事があったので、侍者の僧が「上人は仏菩薩の化身だと、陰で人々は申しております」と申し上げたところ、上人ははらはらと涙を落して、次のようにおっしゃった。
「ああ、愚か者どもの言い草だ。だから、わたしのように禅定を好み、仏の教えの通り修行してみなさい。いますぐ、お前たちにもそのような事があるだろうよ。わたしはそのようになろうなどとは全く思ってはいないけれども、教えの通りに修行して長年になるので、知らぬ間に自然と身についたのだ。これは大したことではない。お前たちが水が欲しければ水を汲んで飲み、火に当たりたければ火のそばへ寄るのと同じことだ」

「大神通」を体得した人にとって、「小神通」など造作もないことだということがわかる。

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西国観音霊場 第27番 書写山圓教寺に詣る




第27番 書写山圓教寺摩尼殿

「はるばると 登れば 書写の山おろし  松の響きも 御法(みのり)なるらむ」
西国観音霊場では最も西に位置し、西の比叡山とも呼ばれる、第27番の書写山圓鏡寺にお詣りしてきた。山裾から参詣用のロープウェイで山頂まで上り、三十三観音に見守られあがら、木々に覆われた参道を登ること約20分、摩尼殿の下に到着。

摩尼殿に祀られるご本尊は六臂如意輪観音(開山性空上人が弟子の安鎮に命じて彫らせた)で、6月末までご開帳されていたので、間近でそのお姿を拝ませていただくことができた。
ご朱印をいただき、さらに奥にある三つの堂へ歩く。
途中には樹齢七百年とされる杉の巨木や、ツガなどが静かに参詣者を見下ろしている。


樹齢七百年の杉

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神仏のおはします島 -宮島・厳島神社-




厳島神社の大鳥居

日本三景の1つ、安芸の宮島を訪れました。
「宮島には旅館などもたくさんある…」と聞いた際には、「島に泊まってまで何をするんだろう…」などと失礼な事を思っていた私。
ですが、船で渡ったその島は、島全体からあたたかい光と力がわき出でるような所で、この島に厳島神社がある事が大いに納得できるのでした。
厳島神社というと平清盛が有名ですが、それよりもはるか昔、推古天皇の時代から神々をお祀りしていたようです。

厳島神社 神殿

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大護摩會 -岩屋山 志明院- 



志明院_楼門
志明院 楼門(室町時代の再建)

新たな顔(面)とでもいうのでしょうか……古き都の神髄を見た気がしました。
今まで、京都好きを自称し、普通の人より少しは詳しい?!と思っていましたが、ここを知らずしてよくもそんな風に思っていたなぁ…と、一人恥ずかしくなりました。

雲ケ畑の最奥にある岩屋山志明院(真言宗単立)での護摩會に初めて行かせていただいたのです(4月29日)。
我が実家では、縁あって非常に力を持つとされるこちらの不動尊を信仰しており、毎年お札をいただき、この護摩會にて昨年のお札をお返ししています。
母から素晴らしい所だと聞かされていたものの、なかなか予定が合わずに今まで足を運ぶご縁に恵まれなかった事が悔やまれます。

上賀茂より、細い道をひたすらゆく事約30分。車から降り立った時から既に空気の違いに驚かされ、「このようなところが……」と声になりませんでした。
樹齢100年を越えるといわれる、京都市の天然記念物にも指定されている石楠花は、大地からのパワーで見事に満開。
深山幽谷の世界に、修験の修行や千日回峰行などをされる方が、こういった所で修行を重ね、心身共に極限まで研ぎ澄まされた感覚を持ち、ご自身を高めてゆくのだな…と容易に想像がつくのでした。

石楠花
これで一本の木です。天然記念物の石楠花。

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根来寺 -和歌山-




根来寺 大塔と伝法堂

紀州の観音霊場、紀三井寺と粉河寺参詣のあと、根来塗発祥の地である根来寺にお参りした。
新義真言宗の総本山である根来寺は、その巨大勢力を危ぶんだ秀吉の焼き討ち、いわゆる「根来攻め」にあうまでは、寺領2万石、山内に450もの末院を有して僧兵が1万人もがいたような、一大寺院、というより一大宗教都市であったようである。後に紀州徳川家の庇護を受け一部復興をとげたという。
上の写真の左の大塔は焼き討ちからは逃れたもので国宝に指定されている。日本最大の多宝塔ということであるが本当に美しい建物である。内部は円形の内陣があり大日如来を中心に十体ほどの仏像が取り囲むように配置されている。薄暗い内陣に外からの光が差し込み、息を飲むほど美しい情景にひとときみとれてしまった。

となりの伝法堂には、本尊三尊像(大日如来・金剛薩埵・尊勝仏頂尊)が安置されている。大きな仏像だったが、とても静謐な空気が漂っており、参詣者は多かったが誰もが静かに坐って御本尊に見つめられていた。
尊勝仏頂尊という仏様にははじめてお目にかかった気がするが、実際、とても珍しい仏像だという。

根来寺境内に咲くシャガ
根来寺境内に咲くシャガの花。 広大な境内には清流があって、新緑のもみじが美しかった。
新緑の根来寺境内
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西国観音霊場 第3番 粉河寺に詣る




第3番粉河寺

「ふぼの めぐみもふかき こかわでら ほとけのちかい たのもしのみや」
第2番の紀三井寺と同じ日に、程近い第3番の粉河寺(和歌山県紀の川市粉河2787)にもお参りした。
紀三井寺は、楼門や多宝塔が鮮やかな朱色に塗り直されたばかりで、まばゆい印象であったけれども、この粉河寺は重厚な色合いである。
ここは階段は少ないお寺で、山門をくぐってから敷石の上を、境内を流れる清流沿いに本堂へと歩んでいくと、蓮の花をかたどった御手洗がある。とても美しい造形だ。

御手洗
御手洗のすぐとなりにある中門もまたしかり。「風猛山」の扁額は、紀州徳川十代藩主治宝侯によるものらしいので、この門も何か東照宮の建物のような形のような気がするのは私だけだろうか。

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西国観音霊場 第2番 紀三井寺に詣る




紀三井寺参道



「ふるさとを はるばるここに きみいでら はなのみやこも ちかくなるらん」
西国観音霊場 第2番 金剛峰寺護国院(通称・紀三井寺/和歌山県和歌山市紀三井寺1201)にお参りした。
鮮やかな朱色に塗り直された立派な楼門(室町時代建立)をくぐり、両側にいろいろなお堂がある石段を昇る。
山内に湧き出る3つの名水井戸があり、このため古くから紀三井寺と呼ばれてきたようである。またお参りした時には終わっていたが、桜の名所としても有名で、和歌浦を見下ろす山内が、沢山の桜の花に囲まれる様子が容易に想像できる。
下の写真は、三井水の一つ清浄水。



三井水の一つ清浄水


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京都春季非公開文化財特別公開のお知らせ



つつじと新緑

毎回とても楽しみな、「平成21年 京都春季非公開文化財特別公開」のお知らせです。
5月1日~10日にかけて、普段非公開の寺院や神社などが特別に公開されます。
ゴールデンウィーク中、京都の旅をご計画の方は是非ご参考までに下記HPをご覧になってみて下さい。
現在、京都は八重桜がそろそろ終わりを迎えるのと同時に、つつじや石楠花や芍薬、藤の花、そして瑞々しい新緑が我々を楽しませてくれています。

京都古文化保存協会さんのHP

禅文化研究所としましては、やはり臨済宗大本山の妙心寺の三門と塔頭に注目しております。

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清涼寺 嵯峨大念仏狂言



釈迦如来

京都三大念仏狂言(壬生狂言・嵯峨狂言・閻魔堂狂言)の1つ、嵯峨清涼寺の“嵯峨大念仏狂言”を観にでかけました(4月11日)。
京都に住んでいながらも初めての鑑賞となる無声狂言で、開演のどのくらい前に行けば座れるのか、チケットは必要なのか、いまいち情報がわかりませんでしたので、ご参考までに。

まず、演目や、行われる日時などはこのサイトをご覧になって確認を。
私が訪れた日は、チケットなどもいらず、狂言堂の前に並べられた床几に座るか、少し離れて観る事にはなりますが同じ高さから観る事のできる鐘つき堂に登り、適当に腰掛けて観るかの選択でした。
よほど関心のある方か、地元の方しか訪れない為、桜の美しい頃でしたがさほど混み合う事もなく、1番目の演目が終われば床几の席もだいぶ空く為、入れ替わって座る事もできました。

今回この大念仏狂言を観に行き、1番に感じたのは“自由さ”でした。
少し離れたところでござを広げてお弁当を食べながら観る方もいらっしゃれば、子供達は鐘つき堂の櫓によじのぼって観ていたり…。途中から見始める人もいれば、ふらりと抜け出す人も。
能楽堂にお能や狂言を観にでかける時の心地良い緊張感も良いものですが、外での自由な空気にリラックスしながらの鑑賞も素晴らしいものでした。
やはりこれはもともと、庶民にわかりやすく仏法を説くために始まったものであり、地元の人たちの間で伝え守られて来たものだからこそ出てくる雰囲気なのだな…と、京都の地の良さを存分に味わいました。
保存会では、着物などの寄付や、一緒にこの狂言を伝えていく為のお手伝いをしてくれる方を募っておられるようでした。現代社会において、こういった、土地で受け継がれて来た伝統を土地の人のみで守っていくのはとても難しい事になってきているのでしょう。
保存会の方達の努力に頭が下がる思いでした。

大念仏狂言 清涼寺_嵯峨
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一言主神社 -奈良県御所市-



御神木
一言主神社の御神木 イチョウ

九品寺から、まほろばの里の風景を楽しみつつ葛城古道を進むと、一言主(ひとことぬし)神社へと辿り着きます。
不思議な名前の神社だな…と思われませんか?
こちらは、全国の一言主神社の総本社で、祭神の一言主神は「悪事(まがごと)も一言、善事(よごと)も一言、言い離(はな)つ神である」と、古事記に登場します。

一言のみ願いを叶えてくれるという事で、地元では「いちごんさん」と親しみを込めて呼ばれ、お参りの際は共に参る人とも言葉を交わしてはいけないそうな。
言葉を発しないまま、また共にお参りした人の言葉も聞かないままにお参りをすると、なかなか神聖な心持ちになり、神社や土地の持つパワーを確かに全身に感じられるようで、“この願いをどうか”と思う一言のみを神様にお願いし、神社を後にしました。

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九品寺 -奈良県御所市-

九品寺 奈良県御所市

聖武天皇による詔にて行基が開基、また、空海が中興と伝わる九品寺を訪れました。
奈良にあるお寺は何気なく人々の生活と信仰にとけこんでいますが、驚くほど古く由緒あるお寺であったりします。
1558年より浄土宗の寺院となり、本尊は重文の阿弥陀如来坐像とのことです。

里を見守るように建つ寺は、とても静かで、聞こえてくるのは鳥の声と本堂からのお坊さん方による読経のみ。綺麗に掃き清められた境内はとても気持ち良く、深呼吸したくなります。

本堂裏からの風景
千躰地蔵を目指して裏山の方へと登っていく途中、本堂を見下ろす形になります。
美しい屋根瓦と、その向こうにひろがるまほろばの風景がたまりません。

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西国観音霊場 壺阪寺

壺阪寺山門

西国三十三カ所観音霊場の第六番「壺阪寺(南法華寺)」(〒635-0102 奈良県高市郡高取町壷阪3番地)へ参詣した。
一口に西国観音霊場といっても、それぞれのお寺の趣きはいろいろなので、お寺へ到着するまでの想像がいつも楽しい。

このお寺はまず、なにもかもが大きいという印象をもった。境内にはインドで製作されたという巨大な石仏が何体もあり、またお堂もそれぞれが大きく、中国のお寺にでも来たような感覚を味わう。

奈良の観音霊場の中では一番南にあるこの壺阪寺は、浄瑠璃でも有名な、「お里・沢市」の霊験記がのこるお寺で、眼病に霊験があるという、十一面観音が御本尊である。
御本尊は、八角円堂といわれる本堂の中に安置されていて、他の霊場に比べて、ご開帳も比較的多いようだ。室町時代の作であるらしいが、少々ユニークな表情の観音様である。

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東風ふかば… -北野天満宮-

梅の北野天満宮

東風吹かば にほひをこせよ 梅の花
             主なしとて 春を忘るな

北野天満宮の梅がほぼ満開です。
訪れる家族づれやアマチュアカメラマンなどは、その美しさに魅せられ皆幸せそうでした。
道真公が好きであった梅の花……と思うと、太宰府に左遷された事や、都を懐かしみかの地で最後を迎えられた事、その後の京の都の天変地異などを思い起こし、複雑な気分になりました。
現在は、桃源郷かとみまごうような梅の花々の美しさに、さぞかし道真公の御心も慰められる事だろうと感慨深く、梅見を楽しませていただきました。

梅園

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西国観音霊場 第1番 青岸渡寺に詣る

西国三十三所観音霊場第一番 青岸渡寺

西国三十三所観音霊場の第一番、「那智さん」こと青岸渡寺にお詣りしてきた。
以前から、何ヶ所かの観音霊場にはお参りしてきたが、同じ近畿圏とはいえ、あまりにも那智さんは遠い。車をとばしても、一泊でないと行けない距離なのである。しかし第一番をいつまでも外しておくわけにもいかない。
夏は海水浴客で混み合う和歌山方面なので避けたいのだが、幸いにも、このお正月、電気工事の関係で研究所は例年より1日長めの休みをいただいたので、ここぞとばかりに出かけることにした次第。

青岸渡寺本堂

紀伊半島最南端に近い紀伊勝浦町にある「青岸渡寺」には、如意輪観音が祀られているが、通常は開帳されていないので、直接おがむことができない。今年は三十三所の観音霊場が順番にご開帳されるということになっているが、ここは3月頃とのこと。残念ではあるが仕方なし。
それでもすぐ近くには133mもの落差をもつ名瀑那智の滝があり、お詣りできてよかったという気持ちもふくらんでくる。

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金刀比羅宮参拝 -金毘羅さん参りその1-

さぬき富士を眺める

10月半ばの話になりますが、まだ秋も入り口の頃、思い立って金毘羅参りにでかけました。
金毘羅さんといえば、長い階段・歌舞伎などで有名ですが、その正体やいかに?!
寺なのか、神社なのか、はたまた修験道の地なのか?!何の知識も無く、なんとなく「一生に一度は」のキャッチフレーズ?にひかれてのお参りでした。

金毘羅さんの正式名称は、金刀比羅宮(ことひらぐう)。
そもそも最初は大物主神を祀り、琴平神社と称したそうです。
その後、本地垂迹説(ほんちすいじゃくせつ)をとり、金毘羅大権現と改称しましたが、明治元年に神仏混淆(しんぶつこんこう)が廃止され、元の神社へと戻ったのだとか。
明治時代の神仏混淆廃止がなければ、大物主神もおはしますれば、大権現もおはします、修験道の地としても栄えた、日本の信仰すべてを併せ持つ地だったようです。

旭社
旭社

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東寺 -京都-

東寺

五重塔の内部が公開されているとのことで(11月9日まででした)、学生の時に一度訪れて以来、およそ10年ぶりに東寺へ参拝しました。
おそらく10年前にも、圧倒されるような伽藍に国宝級の仏像の数々、長い歴史を経てなお新鮮に我々の前に存在する信仰の姿にいたく感動したはず?なのでしょうが、人の記憶とはあやふやなもので(愚かな私だけかもしれませんが)ほとんど記憶に残ってはいませんでした。
久々に訪れて、数多くの仏像を目の前に、「あぁ、いつまでもここにいたい……」と思い、同時に、ここは観光の為に1度だけ訪れるような、そういう場所では無いのだと、はっきりとわからされた気がして、認識を新たにしました。

余談ですが…講堂内におはします“帝釈天”があまりに凛々しく貴高く美しいお顔をされていて、目に入った時に、思わずあとずさりしてしまうほどでした…。あのお顔のみはもう何年見ずとも忘れはしまい…と思っている私ですが、はてさて如何に…。

東寺
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真如堂 -涅槃の庭-

真如堂

11月8日、左京区にある真如堂-天台宗-を訪れてみました。
ところどころ紅葉がはじまり、境内は参拝客でにぎわいを見せています。
ここ真如堂には、安倍晴明の念持仏であったといわれる不動尊が伝わっています。
そのむかし、安倍晴明が他界し、閻魔さまのもとで裁きを受ける際、この不動尊が命乞いをして晴明は生き返ったのだとか。その際に晴明が閻魔さまより衆生の民を救う秘印を授けられました。
この「結定往生之秘印」のお札、真如堂にて手に入れる事ができます。
天寿を全うし、極楽浄土へ行くにはこのお札を!

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海住山寺(京都・木津川市) -五重塔ご開扉-

五重塔_海住山寺

京都府木津川市にある、海住山寺(かいじゅうせんじ)では、2008年10月25日~11月9日の期間、国宝五重塔特別開扉が行われていましたので、参拝させていただきました。
国宝の五重塔の中でも、法隆寺、醍醐寺、室生寺に次いで四番目に古く(鎌倉時代初期)、法隆寺と同じく、裳階(もこし・装飾化されたひさし)があります。17メートルちょっととこぶりな方ですが、都からははずれた地にありながらも、瀟洒な感じがしました。
紅葉には少し早いようでしたが、ほのかに色づいた木々のグラデーションもまた楽しく、季節の移り変わりのありがたみを感じました。

山上からの加茂の眺め
寺から続く小道を登って行くと、このような眺望が。

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浄瑠璃寺の紅葉模様

浄瑠璃寺

昼間はまだ暖かい日が続く連休(11/1)に、浄瑠璃寺を再訪しました。
まださほど紅葉は見られませんが、前回訪れた時よりも、にわかに参拝客も増え、にぎわいを見せる境内でした。
ですが、どれだけたくさん人が訪れようと関係の無いようにひっそりとしずかに佇む五重塔と、九体阿弥陀仏なのでした。
今回は、秘仏吉祥天女像の厨子が開かれ、美しい尊顔を拝する事ができました。
毎年秋に拝する事ができるようです。また、毎月8日のお天気が良い日には、五重塔におはします薬師如来も拝めるようで、次回は是非8日の休日のお天気の良い日!を狙って伺いたいものです。

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尊勝院 -京都・粟田口-

何段もつづく階段

洛東粟田にある、天台宗の古刹、尊勝院が特別公開中とのことで訪れてみました。
今回、第44回 秋季京都非公開文化特別拝観 のポスターを見て、「ここは?」と気になったのででかけてみたのですが、人目に触れぬようなひっそりとした地に、このような立派な仏様がたくさん祀られていようとは…と、驚くばかりでした。明治の廃仏毀釈により、数あったお堂が壊されてしまい、今は唯一残るお堂にすべての仏様などがお移りになったのだとか…。
角大師として有名な、元三大師様が開基との事。以前訪れた廬山寺にて元三大師については少し勉強させていただきましたので、親しみ深くボランティアの方の解説に聞き入りました。

尊勝院の由緒など、詳しくはHPに。

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万治の石仏 -信州諏訪-

万治の石仏

諏訪の下社春宮の近くには万治の石仏という変わった阿弥陀如来様があるとの事で、キラキラと光り輝く落ち葉が美しい木立の中を川沿いに進んでいくと、お堂も何もないような所に突然阿弥陀如来が。
テレビでも紹介されたことがあるらしく、また、あの岡本太郎氏も絶賛したという。

なんともユニーク

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諏訪大社 -信州諏訪-

諏訪大社 下社秋宮

秋が深まり始めたので、もう紅葉をみられるだろうと思い、信州は諏訪近辺へ出かけた。
実は新調したデジタルカメラを携えての撮影旅行といったところ。

諏訪は何度も通過したことはあるが、あまり立ち寄ったことがなく、事前に調べてでかけることにしたところ、いろいろと見どころがあるらしい。

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京都非公開文化特別拝観

禅の寺

今年も秋の特別拝観の時期がまもなくやってきます。
いつもどちらにでかけようかと私も楽しみです。
今回禅宗寺院からは、大徳寺本坊・真珠庵・黄梅院・慈受院・南禅院・東福寺三門が公開されます。
普段公開されていない寺院ばかりですので、是非この機会をお見逃し無く!!!

禅僧が語る 各派管長DVD 絶賛発売中!

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海住山寺 -ひっそり佇む国宝五重塔-

海住山寺

京都は木津川市、加茂にある海住山寺(かいじゅうせんじ)を訪れました。
この辺りは、美しい日本の風景が多々残っており、海住山寺へと続く道は、「本当にこの道の先に国宝の五重の塔などあるのだろうか?!」と思わせられるような、車一台通ればいっぱいの道を小高い山上へと登って行きます。
聖武天皇の勅願で735年に建立されたとのことですから、よほどこの地には立派な寺院を建立する因縁があったのでしょう。
国宝五重塔は、1214年に建てられており、昭和の大修理で初重の軒下に裳階が復元され、法隆寺とこちらの寺でしか見られない珍しい造りとなっています。
木津川市には、まだたくさんの古刹があり、京都市内に見られる寺院よりもさらに古い日本人の信仰を肌に感じられるような気がして、最近わたしの中で熱いスポットなのです!

海住山寺_国宝五重塔
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岡寺 -奈良-

岡寺 本堂

西国三十三所、第7番札所の岡寺、ご本尊は如意輪観音、真言宗の寺院です。
奈良は明日香村にあり、その辺りの風土は人の心をゆったりとしたものにさせます。

奈良国立博物館にて、こちらの如意輪観音がおでましになられていましたので、それなら是非にもと参拝させていただきました。

小高い山の上からの眺望

こういう風景にこそ、癒されます。人工的施設での“癒し”は、私には無用です。

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大和し美し -浄瑠璃寺付近の風景-

美しき国 日本

先日ブログにてご紹介しました、MIHOミュージアムの展観-大和し美し-ですが、浄瑠璃寺近くにはそんな日本の美しい-風景-がそこかしこに残っています。
人工建造物などはいっさい見えない、なだらかな山と田畑。とても美しいです。

花おくら

珍しい花おくらです。おくらの花と同じような色形ですが、数倍大きい!
そのまま食べられます。

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浄瑠璃寺 -平安の信仰を今に伝える九体仏-

九体の阿弥陀如来がおはしますことから、地元の人などからは九体寺(くたいじ)さんと呼ばれ親しまれている古刹、浄瑠璃寺(真言立宗)を訪れました。
白洲正子さんの著書でこのお寺を知ってからというもの、約8年前から「行ってみたい」と願い、漸くご縁をいただけました。
京都とはいえ、奈良にほど近い木津川市加茂にあるお寺で、訪れる人もまばらです。
ゆったりとした山を登って行った所に、このような寺院が…本当にお浄土がそこにあった…といった感のお寺です。

参道_浄瑠璃寺 門_浄瑠璃寺

参道も美しく、歩いていくだけで心清らかになっていくようでした。

三重塔_浄瑠璃寺

そしてまずは、薬師如来を祀る三重塔に現世における苦悩からの救済を願い…、


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お伊勢参り 2

内宮の入口、宇治橋

外宮から6キロ離れたとこに、伊勢神宮の内宮がある。
車で移動すること数分。もちろん昔はみな歩いて移動していたのだろうが今は安易なものだ。
夏休みだからだろうが、自分たちも含め、平日でも親子連れの参拝者も多いようだ。

さて、伊勢神宮は20年に一度の式年遷宮を平成25年に迎えるそうだが、社殿を建て替えるという大事業を20年に一度行なうことができるというのは、すごいことだと感心してしまう。
既に今度の式年遷宮に関する行事は平成17年から始まっているそうで、境内は式年遷宮一色である。


伊勢神宮内宮の正宮

そういえば、以前にこのブログでも別のスタッフが朝の伊勢神宮を訪ねたことを書いていたことを思い出した。併せて読んでもらうのもいいかもしれない。
気持ちいい空気をすって、すがすがしい気持ちにさせていただいた。
息子にも古来からある日本の信仰というものに、少しでも何かを感じてくれたら幸いである。


内宮の正宮の社殿

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お伊勢参り 1

伊勢神宮 外宮の正宮

子供の夏休みも終わりに近づいたが、まもなく一緒には来なくなるであろう息子と二人で、伊勢に旅をした。
もともとはプールのある温泉付きホテルで、ゆっくりとくつろぐのが目的だったが、それではあまりにもったいないと思い、せっかくなので、お伊勢さんにお参りしてみようということになった。
お伊勢参り、私は実に小学校の修学旅行以来のことである。

ご存じのとおり、伊勢神宮ことお伊勢さんには、内宮と外宮がある。その間およそ6km。まずは外宮からお参りして、続いて内宮へお参りするのが習わしである。
ということで、最初に外宮へ。
まずは御手洗(みたらい)にて、手と口をそそぐことから教えねば。
御手洗での簡単な作法を教えたところ、まじめに聞いてくれた。隣では見ていられないような仕方で手を洗ったりしている人を余所目に、作法ということの大切さ、美しさというものを知ってくれたらうれしいと思っていた。

伊勢神宮 外宮の参道

参道をいくと明らかに空気が異なる。なんという神聖な気持ちになるのだろう。
周辺には樹齢何百年も経ているだろう木々が静かに息吹いている。
鳥居をくぐるときにはお礼をしつつ、意外に近い正宮に参拝する。
一般的な二礼二拍手一礼の礼法を一緒にし、これもまた、大切な文化だよと教えた。

お伊勢参り 1の続きを読む

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熊野詣で

熊野本宮大社

異国の文化や遺跡が好きで、たくさんの土地を旅してきましたが、帰国する度に日本の素晴らしさを再認識し、日本が一番自分にしっくりくる国で、大好きだとの思いを強くしてきました。

そしてこの夏、インドの聖地への旅から帰国し、「やはりインドは素晴らしい、けれども日本の美しさ、素晴らしさはどこの国も及ばない」との思いも頂点に達した感(おおげさでしょうか)があり、「これからはもっと深く深く日本のことを学ぼう。日本の聖地ともいうべき所を旅してみようか……」などとぼんやり考えていると、両親が「ご縁あって熊野本宮大社にお参りにいくけれど……」と。
インドから帰って3日後に、熊野大権現様のおはします大社へお参りに行って参りました。
ちょうど東京国際ブックフェアの際に、別冊太陽の「熊野」を購入したところでもありました。読む前にお参りとなってしまいましたが、これも何かのお導きでしょう。

山深く霊験あらたかな土地に築かれたなんとも清々しいお宮で、斎衣をまとい皆でご祈祷を受けました。
打ちならされる太鼓の音に、生まれ変わるような心持ち。皆それぞれに感慨深いものであったと思います。ただただ、頭を垂れて、「ありがたい、ありがたい」との思いでした。

いにしえの人々が「この地こそ」と崇め、信仰の対象となるようになった所には、何か人智を超えたパワーがあるものです。まずは熊野本宮大社にて、そのありがたさを体いっぱいに感じた、夏のある暑い一日でした。

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勧修寺 -京都・山科-

勧修寺

山科にある門跡寺院で、真言宗山階派大本山、勧修寺(かじゅうじ)を訪れました。
このお寺の建立は昌泰3年(900年)で、由緒も歴史も随一。
蓮と睡蓮の咲き誇る氷室の池を中心とした庭園も圧巻です。平安時代には、1月2日、この氷室の池に張った氷を宮中に献上し、その厚さで五穀豊穣を占ったとか……。

勧修寺 勧修寺


この素晴らしさとは裏腹に、京都市内中心部からは少し離れた山科区にあるからか、訪れる観光客もまばらで、京都の人にもさほど知られていなかったりします。
かくいう私も、東京出張の際に新幹線のホームにて、「そうだ、京都いこう」のポスターを見て知ったのでした…。

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甲斐 武田神社

武田神社の鳥居

研究所からの出張で、山梨県甲州市にある大本山向嶽寺を訪ねることになったので、その約束の時間前に、山梨市にある武田神社へ参詣した。
ご存じの通り、あの武田信玄公の居所であった居城(城と言っても平城で、城郭ではない)であった躑躅ケ崎館をもとに、信玄公をお祀りして武田神社として残っているものだ。
武田神社の参道とも言える通りには、山梨大学があり、ゆるい登り坂になっているが、この通りには電線や電柱がなく、とても美しい通りである。
この地の人たちが、如何に信玄公を大切に思われているかが、そのまま表われているようである。

武田神社本殿

回りには外堀や内堀もあり、武田のお屋形さまがおられたころを感じさせる。
大河ドラマ『風林火山』の影響で、きっと去年は沢山の観光客が来たのだろうが、今回、土曜日ではあったが、比較的ひっそりとしていて、おちついてお参りできた。
さて、まだ時間があるようなので、もう一つ、前から訪ねてみたかった恵林寺へ行くことにした。(つづく)

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蓮華寺 苔と青もみじ 

蓮華寺

梅雨の晴れ間、青もみじと雨にうたれて潤った苔の緑を拝みに蓮華寺へ。
大伽藍を持つお寺の拝観も良いものですが、こういうお寺に京都の良さを改めて感じます。

絵のような

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光悦寺の青もみじ

光悦垣

お天気の良い日には、緑が心底気持ちよい光悦寺。
秋の紅葉の時以外は、訪れる人もまばらで、静かな時を過ごせます。

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金戒光明寺 -紫雲の庭-

山門

5月の爽やかな陽気の日、浄土宗大本山の金戒光明寺を訪れてみました。
今回は、紫雲の庭の公開、そして、長らく修復で留守をなさっていた文珠菩薩様がこのたび修復を終え、御姿も新たにお戻りになられましたので、楽しみにでかけました。
立派な本堂にて初めて拝見する文珠菩薩様は、言葉に表わせぬ美しさで、ひと目見て魅せられてしまいました。

つつじと青もみじ 石楠花

青もみじも鮮やかで、つつじの目の覚めるようなピンクも美しく。
石楠花も満開でした。 いつの季節に訪れても、気持ちの良いお寺です。

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廬山寺 -京都非公開文化財特別拝観-

源氏庭

前回、冬に訪れた廬山寺。今回は春の特別公開ということで訪れてみました。
ここはかの紫式部の邸宅跡で、現在京都では源氏物語千年紀で源氏物語ゆかりの地をめぐる人も多いせいか、ひっそりと御所の東にたたずむ寺院としては、たくさんの参拝客で溢れていました。

平安時代をイメージして作庭された源氏庭、また本堂には明智光秀念持仏、角大師像、平安時代の阿弥陀三尊、不動明王、様々な仏像が鎮座し、織田信長の焼き討ちをまぬがれたこの天台宗の寺院を訪れると、古の人々の信仰の厚さに、頭下がる思いがします。

色々な寺院を参拝していると、昔の人は、「人の力なんて微々たるもの、目に見えぬものへの畏敬の念、いつも見守り助けて下さる神仏や祖先への感謝の気持ち」を、貴賤問わず大切にしていたのだな…と自然に感じます。
古くから残る寺社仏閣は、形だけでなく、やはり心を伝えるものとして今もなお、有難いものなのだと再認識した休日でした。

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本福寺 水御堂 -淡路島の安藤建築-

ウェスティンからの風景

安藤忠雄さんの建築物を見ようと淡路島に渡った。
淡路島では多くの安藤建築に出会える。
まずは、大きく分けて下記5つから成る淡路夢舞台。

☆兵庫県立淡路夢舞台国際会議場
☆ウェスティンホテル淡路 リゾート&コンファレンス
☆展望テラス レストラン&ショップ
☆淡路夢舞台温室 奇跡の星の植物館
☆野外劇場

安藤さんの建築をまわる旅

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