狩野派と近世絵画 -承天閣美術館-
相国寺内にあります、承天閣美術館にて、-狩野派と近世絵画-展が開催中です(11月30日まで)。
訪れるたびに、美術館まわりの庭などが美しく手入れされていっており、美術館に美しいものを拝見しに行く際に、本山の境内を歩かせていただけるのはありがたいものだな…と思います。
今回の展示は、狩野派による絵画も必見ですが、様々な抹茶茶碗の展示も楽しめます。
9/15~12/8までは、秋の特別公開も始まるようですので、あわせておでかけになられてみてはいかがでしょうか。
相国寺内にあります、承天閣美術館にて、-狩野派と近世絵画-展が開催中です(11月30日まで)。
訪れるたびに、美術館まわりの庭などが美しく手入れされていっており、美術館に美しいものを拝見しに行く際に、本山の境内を歩かせていただけるのはありがたいものだな…と思います。
今回の展示は、狩野派による絵画も必見ですが、様々な抹茶茶碗の展示も楽しめます。
9/15~12/8までは、秋の特別公開も始まるようですので、あわせておでかけになられてみてはいかがでしょうか。

奈良国立博物館にて開催中の、「西国三十三所 観音霊場の祈りと美」を見にでかけました。
西国観音霊場は、四国のお遍路と並び、古来より信仰深い人が「一生に一度は全てのお寺をまわってみたい」と憧れる巡礼の道。
本年は、この西国霊場巡礼における中興といわれる、花山法皇の崩御より壱千年を数える年にあたり、この展覧会のみならず、各寺院においても秘仏公開などが行なわれるようです。
今回、博物館では一度に見る事のできる機会はもう無いのではないかと思われる展示がそれは素晴らしいものです。是非奈良へおでかけ下さい(9/28まで)。
それにしましても、私も今まで、知らないままに観音霊場に数えられるお寺を巡っていたりしたものです。
何事にもその“とき”が来るのを待つ必要があるのでしょうか。
なんとなく今、改めてきちんと全てのお寺をまわってみたい気分なのです。この気持ちを持って参拝するのは、以前の参拝とはまた違う感慨がありそうです。
ちょうど花山法皇の壱千年忌とも重なる事ですし、これを機縁として観音霊場巡りを計画したいと思っています。


京都は岡崎の細見美術館にて下記が開催されている為、楽しみにでかけました。
日本・インドネシア共和国国交50周年記念
「インドネシア更紗のすべて ─伝統と融合の芸術」展
会期:平成20年8/1(金)~9/15日(月・祝)
アジア諸国の布は本当に魅力的で、私も旅行で訪れますと、工房へでかけたりして求めています。
インドネシアはまだ訪れた事が無いものの、伝え聞くバティック(蝋纈染め)の美しさは是非一度目にしたいものだと常々思っていました。
前にテレビで見たのですが、神に踊りを捧げる女性達が体に巻き付けていたり、王宮の方達が公式行事や結婚式で身につけられるバティックがそれは美しく、インドネシアの風土と人々にとけこんでいてとても印象的だったのです。
今回の展示は、単に布を紹介するのみならず、蝋纈染めの工程や、インドネシアのどの地方でどのような物が作られているのか、また、外国から影響を受けて作られたバティックの紹介など、様々な内容でバティックの事を詳しく知る事ができ、大変興味深いものでした。
王家のみに伝えられる文様があったり、病気の時に着て、その平癒を願う為の文様があったりと、単に-着る為のもの-、ではなく、バティックが心底美しいと思えるのには、人々の思いや歴史が一枚の布に深く刻み込まれているからなのだと気づかされました。
素晴らしい展示でしたので、機会がありましたら是非おでかけになってみてください。
静岡に出張に行くのなら是非に……と、部下が勧める美術館を訪れた。
5月11日までは、京都の国立近代美術館。そして、6月7日~7月27日までは私が今回訪れた浜松市秋野不矩美術館にて、日本画家・秋野不矩さんの生誕100年を記念する展観が開催されている。
正直に言うと、今まで、この画家の絵を見たことがなかったと思うが、彼女のために作られたこの美術館で見た、彼女の彩色豊かな絵に心を引きつけられた。
特に、インドでの民家を描いた絵は、日差しの強さと、それでいてカラッとした空気をも感じさせ、インドに行ったことのない自分をインドへと誘うような絵だった。思わず図録を買い求めた次第。

相国寺にある承天閣美術館では、-山口伊太郎遺作 源氏物語錦織絵巻展-が7月6日(日)まで開催中です。
西陣織で絵巻物???と、実物を目にするまではいまいち想像がつきませんでしたが、かな文字まで全てが織られています。縦糸と横糸?がどのようにあわさったらあのように精緻で美しい織物による絵巻物ができあがるのでしょう。理解の範囲を超えていましたので、ただため息をつきながら眺めるばかり。
源氏物語の登場人物の衣装などは、まさに織物なわけですから、様々な美しい色の重ね、文様1つ1つにまで心が込められており、日本を、京都を代表する職人の精神に感服しました。
特に、薄物をまとっている人物の手がうっすら透けて見えるのにはもう…。
このたび研究所から発売される、禅僧が語る(DVD)シリーズの中で、妙心寺管長がお好きな句だと語っておられた、
生きることは 一筋がよし 寒椿
この句を思い出させる一人の職人の生き様を見させていただき、気持ちがひきしまる思いがしました。
*承天閣美術館に、十牛の庭が新たに作庭されていました。また、相国寺法堂や方丈なども公開中です。是非おでかけ下さい。
新緑美しい信楽のMIHO MUSEUMでは、与謝蕪村の展観が開催中です(6/8まで)。
今まで、色々な美術館でその作品をいくつか目にしたことはありましたが、これだけ多くのものが集まる機会はそうはない事と思います。
力強い山水画から、ほっと一息安心できるような江戸の人々を描いた画まで楽しめました。
南禅寺にほど近い野村美術館では、6月8日(日)まで-高麗茶碗への挑戦-として、朝鮮より渡って来て日本において伝世してきた高麗茶碗が紹介されています。
また、今回非常におもしろいのは、古い高麗茶碗と一緒に、日本・韓国で活躍している現代の陶芸家によって作られた高麗茶碗を展示している事なのです。
絵画などと違って茶碗の場合、どのような土・釉薬をもって、何度くらいで焼成されたのかを分析するのは難しく(茶碗を少し割って調べるわけにもいきません!しかも焼成される前と後ではだいぶ大きさが違います)、如何に「写し」の茶碗を作るのが難しいかが想像つきます。
今回の展示では、現代陶芸家が挑戦した「写し」の茶碗も多く見られますし、また、その他現代の陶工が丹精を凝らして作った高麗茶碗が楽しめます。
それにしましても、茶人が昔の朝鮮の雑器を茶碗にみたてて使ったからこそ「高麗茶碗」の地位は確固たるものとなりましたが、何よりも、何らてらいの無いその器達に美を見出した日本の古の人々の「こころ」に、私はいつも感動を覚えます。
現代の陶芸家が、元々は茶碗として作られたものではなかった高麗茶碗というものに挑戦するのは、悟った事さえ忘れてしまっているような、そんな境地が必要なのかも知れないなぁ…と思った次第です。
今回、お軸は松花堂昭乗の「維摩居士・寒山・拾得図」の素晴らしい三幅が展示されていて、こちらも必見です。
南禅寺の青もみじを見に…という方は、是非こちらにも立ち寄ってみて下さい。

京都近辺にお住まいの方は、5月11日(日)までに是非ぜひ、ご覧いただきたい展観のご紹介です。
インドを見つめる深いまなざしやその心、人柄が絵には正直に出るのですね。彼女の描くガンジス川やインドの村、遺跡などを見ていると、昨年初めて訪れて魅了されたインドへと心が飛んでいくようでした。
そして、その絵からは、現代の日本人が忘れかけている自然に対する畏敬の念や、信仰心などをインドを通して教えてもらうようで、暖かい思いと同時に、心ひきしまる思いも抱きました。
さて、この展観では絵画のみならず、90歳を超えてなおインドやアフリカを訪れた彼女の写真なども展示されており、アフリカの砂漠をガイドと共に軽やかに歩く写真にしばし目がくぎづけになりました。
キラキラとしていて少女のようで、とてもかわいらしく、自分はもう失ってしまったであろうものをずっと持ち続けていらっしゃるようなその姿がとても眩しかったのです。
本当に良いものを見させていただけた…と深く感動する展観でした。
時間には充分に余裕をもっておでかけになる事をオススメします。
今後は、下記を巡回するようです。 浜松市の秋野不矩美術館は、建物も非常に興味深く、是非私も一度訪れたいと願っています。
浜松市秋野不矩美術館 平成20年6月7日(土)~7月27日(日)
神奈川県立近代美術館葉山 平成20年8月9日(土)~10月5日(日)

昨年、9月15日の樂吉左衞門館開館を記念して3月20日まで開催されていた、「樂吉左衞門展」 を見るために、滋賀県守山市にある佐川美術館を訪れました。
2001年から2007年にかけて制作された焼貫黒樂茶碗29点、黒樂茶碗10点、焼貫茶入4点、焼貫水指1点の計44点が展示されていました。この日、以前でかけたフォーラムにて色々とお勉強させていただいた茶室を実際目にしたいと予約の電話を入れたのですが、満員という事で念願叶わず…。茶室見学は次回訪れる際のお楽しみとなりました。

京都文化博物館にて、4/13(日)まで、-乾山の芸術と光琳-展が開催されています。
ご存知のとおり、この尾形光琳(1658-1716)・乾山(1663-1743)の兄弟は、京都の呉服商雁金屋の生まれで、兄弟共に非凡な才能を発揮した、当時を代表する絵師と陶工です。
この乾山が、二条綱平公から与えられた山荘に開いた鳴滝乾山窯の窯跡は、今は研究所によくいらっしゃる和尚さんのお寺、法蔵禅寺の敷地内にあります。
そちらの窯跡での近年における発掘調査の全貌が公開されており、今まで様々な美術館で見てきた乾山の作品の裏側までもがわかるようで、非常に興味深い内容となっていました。
お花見はもちろんのこと、京都の土地や歴史が育んだ素晴らしい芸術、文化も味わいに是非いらしてみて下さい。

いつも楽しみにしている美術館の春の展示が始まりました。*6/8(日)まで
昨年は「山笑ふ」。今年は「吉野懐古」。 季節とテーマにそった茶事を想定した素晴らしいお道具の数々が毎回楽しみな美術館です。
吉野といえば、いにしえから人々が様々な思いを胸にお参りし、大権現様への御供え、また御神木として桜の苗を植えたという…。単に桜の名所というばかりではない、人々の心の拠り所であるかの地を思い起こしつつ、展示されたお道具の数々を楽しめました。
土日祝日でも、比較的人の少ないこの美術館、ゆっくりと楽しめてオススメです。
3/30(日)まで、樂美術館にて「陶 雪月花・人と動物の意匠」と題して新春特別展が開催中です。
楽焼というと、あのぽってりとまるい感じの、ろくろを使わないお茶碗、そして色は黒や赤のみを思い浮かべるかもしれませんが、実は懐石道具から香炉、香合など様々な物が焼かれ、様々な意匠を楽しめます。
今回の展示は特に、十二支をはじめ、なかなかお目にかかることのできない意匠をこらした作品が多数お目見えしています。茶道をしている方にしか近寄り難い美術館かもしれませんが、一度この機会にご覧になってみられると良いと思います。
美術館では、樂家当代が席主をつとめられる茶会や、手にふれる樂焼鑑賞会、また、-親子でお茶一服-と題して、親御さんと子供さん(小中学生)が参加して美術館、樂家所蔵のお茶碗でお茶をいただく機会がもうけられています。この間参加した茶会にて、樂さんが「どんなお茶碗使えば子供が喜ぶかな~と思って考えるのが楽しいんです」とお話されているのをお聞きして、私も子供の頃の純粋な気持ちのままで樂茶碗に触れてみたかった…と思った次第です。

滋賀県立近代美術館にて、ウィリアム・メレル・ヴォーリズ展が開催中です(3/30まで)。
今回は、母校のヴォーリズ建築についてが語られる下記の特別講演会の日に訪れてみました。
◆特別講演会「窓からの眺め」神戸女学院キャンパスに見るヴォーリズの美学
日時=3月2日(日) 午後1時半~ 会場=当館講堂(聴講無料)
講師=神戸女学院大学文学部教授 濱下昌宏氏、石田忠範建築研究所 石田忠範氏

佐川美術館 樂吉左衛門館開館記念フォーラムが、去る2月2日に京都市の金剛能楽堂にて行なわれました。
題して、「現代(いま)の精神(こころ)を語る-茶碗から空間へ-」。
樂家当代(15代目)の樂吉左衛門氏の設計により佐川美術館に新しくできた茶室は、ごく当たり前の、今まで私たちが知っている茶室とは異なる様相を呈している事は既に耳にしていました。
なんとなく、「樂さんの今風のあの樂茶碗に合う茶室なのかもなぁ…樂さんらしいなぁ」と、写真やらを拝見して思っていましたが、やはりそのようで、樂さんは自分の茶碗が生きる茶室というものがあれば…とずっと思われていたそうです。そして、佐川美術館には守破離(しゅはり:「規矩作法、守りつくして 破るとも 離るるとても 本をわするな」・千利休)をコンセプトとした樂吉左衛門館と茶室が作られました。
長年の夢がついに叶ったともいうべき茶室について、まずは伝統的建築の権威・中村昌生先生(京都工芸繊維大学名誉教授)の基調講演がありました。
スライドを見つつ、冗談を交えつつ、樂さんの茶室がどういった精神を宿しているのか、非常にわかりやすく、愛情こもった賛辞を樂さんに送っていらっしゃるように見受けられました。
素人がぱっと見たところでは、新しい以外の何ものでも無いように見える茶室にも、中村先生の頭の中にある膨大な知識や資料によれば、やはり伝統的な流れを無視しているわけではない、筋がちゃんと通っているのだという事を理解できました。

特別展覧会、『憧れのヨーロッパ陶磁-マイセン・セーヴル・ミントンとの出会い-』を鑑賞しに、京都国立博物館を訪れた。
展観の紹介文章には、「いつの時代も、人は異国に対して一種の畏れを感じる一方で、強い憧れをもつようです。このところ、高級食器としてのヨーロッパ陶磁が人気を博し、テーブル・コーディネートで活躍している背景にも、おそらくある種の「異国趣味(エキゾチシズム)」があるのでしょう」とありますが、どうでしょうか。
最近の日本では、ブランドやラインを揃えて使わなければならない、そしてなんと言っても値の張る西洋の高級食器よりも、洋食であっても気軽に使える自分の好みの日本の窯元の作家物をどんどん使って、自分なりにコーディネートを楽しんでいる人が増えているように思えます。

太宰府の九州国立博物館にて、-足利義満600年御忌記念「京都五山 禅の文化展」-が開催されています。
*2月24日(日)まで
京都五山とゆかりの寺院から、中世の禅文化の名品が一堂に集うまたとない機会。
来館の皆様には、栞いろは歌-禅のことをもっと-を配布させていただいております(なくなり次第終了)。お近くにお住まいの方、期間中に九州をご旅行される方は是非ご高覧下さい。
会期中には、様々な講演会や、坐禅会(HPに詳細あり)も開催されるようで、ただ鑑賞するだけでなく、実体験もできる企画があります。
この展示、地元京都では開催されない為、非常に残念なのです。
京都に五山があっても、その名品を一度に見る機会はほぼあり得ません。

来場者が40万人を超え、大成功のうちに終了したという大徳川展。
ちょうど出張中に行く事ができました。
「二度とない!」の文句に、平日でもものすごい賑わいでした。
日本人ならどれだけ歴史音痴でも知らない人はいない徳川家康。
その家康を頂点とする徳川の各御家のお宝がおでましとあれば、日本人としてはさほど興味が無くとも出向いてしまいそうです。
少し前から司馬遼太郎にはまって読み続けている私にも、リアルに当時を想像できる様々なものがお出ましで、非常に興味深く楽しむ事ができました。
日本史を、つめこみの勉強としてしかとらえられない学校の授業(私がそうであっただけかもしれませんが)が、こういった展覧を観る事によって、楽しくてもっともっと知りたいものになれば…と思いました。

京都北山にある表千家北山会館では、12/20(木)まで、「350年遠忌記念 元伯宗旦展~残された手紙にみる生涯と茶の湯~」と題して、主に宗旦の手紙を中心とした展観が楽しめます。
宗旦ゆかりの道具などを単に見て感じるのみならず、実際に宗旦からその子息、江岑宗左に宛てた手紙、大徳寺の和尚方とのやりとりなどを拝読する事によって、宗旦の近辺の事、その思い、時代背景などが詳しく理解でき、展示されている消息全てに詳しい解説があるため、非常に勉強になる展示でした。
まるで歴史の教科書を詳しく勉強しているかのごとく、宗旦と交流のあった公家、武士、僧侶、町衆などが次々に登場し、歴史に詳しくない者にはいささか高度な内容であるかもしれません。
ですが、信長から秀吉、徳川へと急激に時代が動いたこの頃の、茶人を始めその周辺の才能溢れる人達の身辺が伺え、茶道や歴史が好きな者には、大変魅力的な内容でした。
なかなか自分自身で勉強するのが難しい内容かとも思われますので、このチャンスに是非足を運ばれると良いかと思います。
ちなみに、元伯宗旦とその子息、宗左については、現在『茶道雑誌』にて連載中の「掌のつむじ風」が大変読みやすくおもしろくて、毎月私は楽しみにしています。

開館10周年記念特別展Ⅲ-大いなる時を超えて-(12/16まで)と題された展示を拝観しに訪れました。
まず最初に我々を出迎えてくれるのが、なんともいえない表情の犬の埴輪。教科書で学んだ物ともまた違う感じで、『日本書紀』には、野見宿禰(のみのすくね)が日葉酢媛命(ひばすひめのみこと)の墓へ殉死者を埋める代わりに土で作った人馬を立てることを提案したとあるようで、現代の考古学研究により、この説話は否定されているようだが、日本書紀を信じた方が、時の権力者の慈悲に触れられるようで、ロマンがあって良い(そういうものではないのかもしれませんが、お聞き流し下さい)。

以前にも書きましたが、今年は元伯宗旦(千利休の孫にあたります)350年忌の年にあたり、京都の美術館では、宗旦にちなんだ展観が数多く見られます。
樂美術館もその1つで、長次郎が作った茶碗の中で、宗旦書付のある名碗や宗旦好みの茶碗、また、樂家歴代の茶碗を拝見する事ができます。
宗旦といえば、熱心な参禅の徒であった事、どこの藩にも茶堂として身を置くことをしなかった事、侘びさびに徹底していたというイメージがあまりに強く、その好みの道具や書付の残る道具とは一体全体いかなるものかと思われる方もいらっしゃるかもしれません。
ですが、多くの美術館を訪れ、宗旦のまわりにあった様々な物を見ていると、それだけではない宗旦の色々な面が伺えて、さらにその魅力に惹きこまれます。今回の樂美術館の展示でも、宗旦の新たな面を垣間見させていただけました。
*樂美術館では、様々な所に生けてある花がいつもとても素敵です。それも毎回この美術館を訪れる際の楽しみなのです。
*宗旦については、11/29に弊所発刊の堀内宗心宗匠『歩々清風』に、-元伯宗旦の茶と禅-として、詳しく書かれています。
阪急御影駅ほど近くにある、香雪美術館(神戸市東灘区)を訪れました。
こちらは、朝日新聞創設者の村山龍平翁の蒐集品に加え、初代理事長の村山長挙(玉泉)翁の蒐集した物が所蔵され、春と秋に展示公開されます。
経済界で活躍され、茶の道にも通じた偉人の蒐集品を展示する私設美術館がことに好きな私ですが、それぞれの先人の楽しみ方、趣味趣向に触れられるのも、後々の人達の手によって、所蔵品が大切に受け継がれてきたからこそ。いつも有難く勉強させていただいています。
時を経てなお美しいく、斬新に思える意匠などもあり、茶入・棗の逸品を訪れる人もまばらな静かな美術館で楽しめました。

相国寺承天閣美術館にて、-相国寺の禅林文化-と題して、室町から近世にいたるまでの名品が展示中ですので訪れてみました。
さすがは足利家とのゆかり深い相国寺。金閣寺・銀閣寺も相国寺派に属しますので、その所蔵品の筋の良い事、そして格調の高さ、どれをとっても見応えのある物ばかりです。
他ではそうは見られない足利義政ゆかりの物も多数展示中です。
彼がいなければ日本の文化はここまで成熟するのにもっと時間を待つ、あるいは天下人にこのような鋭い感覚の持ち主が出現するのを待たなければならなかったであろうと思える点で、色々な事を言われているこの足利幕府8代将軍を、私はやはり尊敬せざるを得ないのです。身分関係なく、才能ある者は自分の同朋衆に加えた点も、心ひかれます。
さて、この素晴らしい展示と併行して、茶道具名品展も開催されており、美しい堆朱(ついしゅ)の台に乗せられた天目茶碗や、仁清のいかにも京都らしい茶碗、重厚感溢れる多くの水指、食籠なども展示されていました。
12/8までは、秋の特別公開で、相国寺の方丈や法堂、浴室もご覧になれますので、京都へのおでかけの際に、コースに加えられてみてはいかがでしょうか。
こちらの浴室は、有名な妙心寺の明智風炉とはまた違って、おもしろいですよ!
この日は雨が振ったりやんだり、変なお天気でしたが、夕方にはこのような虹が。
相国寺と同志社の寮です。

京都国立博物館では、11/18(日)まで、狩野永徳展が開催されています。
少し前の話ですが、研究所メンバーで、有難くも内覧会に行かせていただきました。
戦国時代、天下統一を目指すほどの武将が出たこの時期、やはり、彼らを納得させるだけの人物があらゆる方面で多々出てくるものなのですね。そういう時代であったということでしょうか。
いくら才能ある人物でも、その人を活かすパトロン的な存在無しには、活躍の場も無い事でしょうし、その活躍ぶりが後世まで讃えられるものとはなり得ないでしょう。
今回は、史上初の永徳の回顧展、さらに今まで皆様の目に触れられる事の無かった物も初公開されています。戦国武将に愛された絵師だけに、その武将たちを祀る禅宗寺院にも彼の作品は数多く残っており、そのような物にもご注目いただきたいところです。
さて、内覧会でさえもものすごい人でしたが、一般公開が始まった今、あまりの人気ぶりに、金・土・日の開館を午後8時までに延長しているとの事です。最近、このような人気の展覧会では、混雑状況もHPにて確認できるようです。
なかなかゆっくり鑑賞とはいきませんが、ぜひ比較的すいている頃を見計らっておでかけになってみてください。
奈良が一年のうちに一番賑わうのではないでしょうか。今年も、「正倉院展」が始まっています(11/12まで)。
約1200年も前に異国の地からやってきた、あるいは日本にて作られた美しきもの達。それが今もなお素晴らしい保存状態で受け継がれ、目に触れられる事に感謝の気持ちもひとしおです。
聖武天皇が派遣した遣唐使たちは目利きでもあり、予算の中から日本に持ち帰る美しきもの達を選び、当時非常に困難を極めたであろう航海の末に、日本に新しい文化をもたらしたのです。
異国からやってきた物、そしてその文化を吸収し、日本で日本らしさが加わり作られた物なども目にする事ができました。
異国の文化に尊敬の念を抱くと共に、自分が生まれた国、日本の情緒豊かな面にも触れる事ができ、自国の文化の豊かさに、新たに誇りを持つ機会を与えられた感じがして、是非今後もこの有意義な「正倉院展」が末長く続けられるよう祈るばかりです。
今回私は、展覧される宝物について少しだけでも簡単に勉強してから訪れたいと思い、公式ガイドブックにも認定されている、小学館の「和樂」を読んでから参りました。美しい写真と共にわかりやすく楽しい説明があり、少し知識を入れていくだけで、鑑賞のおもしろみは何倍にも増しますので是非皆様にもオススメしたいです。
さて、余談ですが、この日は張り切って8時半には奈良国立博物館に着いたのですが、既に長蛇の列。いったい、一番前の人は何時から並んでいらっしゃるのでしょうか?!
チケットをお持ちでない方は、チケット販売所の長蛇の列に並んだ後に、入館するためにまたまた長蛇の列へ。是非先にチケットをお求めになってからおでかけ下さいね。

河原町今出川にある北村美術館を訪れました。
2007年9月9日(日)~12月9日(日)まで、「暦年の茶」と題して、開館30周年と宗旦居士350回忌の節目の年を記念するに相応しい道具が展示されています。
こちらでの展示が楽しいのは、待合や、小間での濃茶席、広間での薄茶席など、茶事の進む順番通りに展示がしてある事なのです。自分も茶事に参加しているかのように、「あぁ、この場面でこのお道具かぁ…」と、まるで亭主の心づかいを感じる事ができるようで、勉強にもなります。
今回一番心に残ったのは、宗旦作の花入で、瓢箪を使ったもの。「銘 達磨」です。
まるで一筆達磨のような形をした瓢箪をくりぬき花入れにしたもので、なんともいえないわびの世界を感じます。美術館にあるべき物かもしれませんが、秋の様々な草花を生け、茶会に登場したらどれだけ素晴らしいことでしょう!叶わぬ願いですが、見てみたいものです。
今年は千宗旦の350回忌の年という事もあり、茶道に関係する美術館では、宗旦の特別展が多く見られます。乞食宗旦といわれながらも京の人々に愛され、禅の道にも深く通じた千宗旦という茶人の生き方、人柄、その精神性は、現代を生きる我々の心にも深く感銘を与えるものと思われます。
まさにお釈迦様が涅槃の際に言われた、「法灯明自灯明」を生きられた方です。私も各美術館で、千宗旦という人に触れたい思いでいっぱいです。また足を運びましたらこちらでご報告する事に致します。
*「宗旦の茶と禅」に関しては、11月29日に研究所から出版される、堀内宗心著『歩々清風-科学する茶禅の人-』にも詳しく書かれています。

南禅寺近くにある野村美術館を訪れました。
いわずもがな、野村財閥を一代で築き上げた得庵(野村徳七氏)のコレクションが収蔵されています。
主に茶道具、そして自らも嗜まれた能に関する所蔵品が数多くあり、春と秋の展示が毎回楽しみな美術館です。
今回は、「懐石のうつわ展」。
前期 平成19年 9月 8日(土)~10月21日(日)
後期 平成19年10月23日(火)~12月 9日(日)
茶の湯をお稽古されている方で、本格的な茶事の経験のある方にはおわかりでしょうが、茶事をするとなると、びっくりするほどの様々な器が必要となります(昔のかなりわびた茶事は、そうでもなかったのかもしれませんが…)。
茶事とは、茶の湯のフルコースのようなもので、お濃茶を美味しくいただく為の懐石に始まり、お濃茶、薄茶へと続きます。その一会は、会の形式にもよりますが、3時間にも4時間にも亘ります。その長い時間、亭主が趣向を凝らし自分の思いを込め客をもてなし、客は客で、その亭主の心を汲み取ってこそ主客交わり一体となる、一期一会の会となります。
今回はそんな茶事での懐石に使ううつわの展示だったのですが、得庵がどのようにもてなしたのかと想像するだけで楽しくなるような逸品が揃っていました。
中でも、原羊遊斎作・酒井抱一下絵の蕨蒔絵の膳と椀は、ため息が出るばかり。おしかりを受けるかもしれませんが、羊遊斎の塗りには、女性を「匂うがごとく美しい」という、その表現を思わせるような感覚を毎回覚えてしまいます。
また、バカラの懐石具は、明治末から大正時代の大阪の美術商が、自らフランスのバカラ社に注文し取り寄せたものを、得庵のところに収めたというもの。
この時代の実業家である数寄者の茶に対する向き合い方、力の抜きどころ、道具を見る目には、いつも感服せざるを得ず、現代にもこんな方はいるのだろうか…としばし考えてしまうのですが、その時代の数寄者を支える美術商、道具商などにも、このようなおもしろい人物がいたものなのかと目の覚める思いがしました。

今回心に残ったのは、大好きな俵屋宗達による「飛鴨図」。
光悦とのコラボを始める前の画だろうか??? たらしこみの技法も少しは見られるのだが、光悦とのコラボ作品のそれとはまた違う。なかなかお目に書かれない、どちらかというと渋めの味わい深い作品であった。
また、大棗・吹雪などの時代物も、昔の職人の心意気が見えるかのような味わいで、私は「竹林蒔絵大棗」に心惹かれた。後期(10/27~12/9)の展示替えでも、錚々たるものが出展されるようなので、改めてでかけたいと思っている。
さて、この「雅俗山荘」での展示は、来春をもって終わりとなるようだ。
「逸翁美術館」は、違う場所に新しい建物にて生まれ変わるらしい。耐震性の問題や、建物の老朽化などが問題となったのだろうか。和洋折衷の重厚感ある旧邸は、美術館というより、本当にお宅にお邪魔しているような感じで、昔から親しんで来た美術館だけに、仕方ない事とはいえ惜しくてならない。
即庵での呈茶も、毎回楽しみであった(土日は近隣のお茶の先生方が釜を懸けられます)。こちらでの一服を未経験の方、是非一度お運びいただきたい。

いつもは訪れた美術館の事をご紹介していますが、今回は訪れたい美術館の情報を・・・。
東京・丸の内の出光美術館にて、10月28日まで、仙厓さんの禅画展が開催されています。
仙厓義梵(1750-1837) 禅師は、九州博多の聖福寺というお寺の123世住職で、古月派を代表する名僧です。
禅画のみの展示というのも珍しく、また、見ていてなんだか楽しくなってくるような仙厓さんの禅画という事で、なかなか見がいがありそうです。その奥に見え隠れしているものは、一体?!
それにしましても、仙厓さんのものばかりがこれほど多く一堂に会するのは、出光美術館だからこそです。是非、おでかけになられてみてはいかがでしょうか。
*研究所の本も紹介させてください*
仙厓和尚逸話選
☆上記の仙厓さんは、研究所所蔵の物です。くわしくはこちらをご覧ください。研究所の所蔵物を順次公開しております。

京都、岡崎にある細見美術館の茶室-古香庵-では、年に何度か茶会が催される。
今回(9/29)は「観月のとりあわせ」茶会にお邪魔した。
会記はつぎのとおり。
床 簾に秋月図 渡辺始興筆
脇 秋草虫蒔絵小箱
花 季のもの
花入 亀甲文瓶子
香合 金銅透瓜形
風炉先 秋草図 酒井鶯蒲・鈴木鶏邨筆
釜 古芦屋葦達磨
風炉 面取唐銅 香取秀真造
水指 河南
薄器 秋草蒔絵平
茶杓 鵬雲斎大宗匠作 銘 秋の声
茶碗 黒 銘 川辺 二百之内 左入造
替 紅葉呉器
替 黒釉平 銘 仲麻呂
蓋置 古瀬戸一閑人
建水 砂張
菓子 月波
美術館に埋もらせておく(という表現はおかしいかもしれないが、、、)だけ、ガラスケースの向こう側を見て楽しむだけではなく、使える物は使って慈しむ、「使ってこそ」の喜び、楽しさを味わえる贅沢な道具の取り合わせ。
いつもこの美術館のこころみに感謝し、美術品に対する美術館の姿勢を伺い知る事の出来る良い機会なのだ。私設の美術館だからこそ、というところもあるだろう。
出雲へ向かう途中、安来節の郷である、島根県安来市にある足立美術館に立ち寄った。
創設者足立全康が自ら収集したという横山大観の近代日本画が中心の美術館であるが、さらに有名なのはその日本庭園である。アメリカの庭園専門誌"Journal of Japanese Gardening"によって、5年連続で日本一に選ばれている。
したがって、美術館自体も、絵画を鑑賞するのと同様にこの庭園を鑑賞できるような作りになっていて、来館者の多くは庭にカメラを向けているのが、美術館としては違和な感じもする。
庭は後ろ盾にある山を借景として、とても広々とした大きな庭である。
借景になっている山は、戦国時代、この地で毛利と尼子が合戦した際、毛利軍が陣を張ったといわれる勝山という山で難攻不落であったそうだ。


主に茶道史の研究で知られる、熊倉功夫先生が館長になられたという事で知ったこの美術館。
岡山を訪れた際にお邪魔してみた。
美術館の名称からも察する事ができるように、このような私設の美術館が私は好きだ。
創設者の審美眼に耐えうる物のみが集められており、様々な分野の物の逸品を見られる上に、こじんまりした美術館が多く、ちょうどお腹がいっぱいになる展示数で疲れない。
ちなみにこの林原氏というのは岡山の実業家で、刀剣をはじめとする東洋古美術の収集家。岡山だけに、池田家旧蔵のコレクションも多いようである。
今回の展示は、「うるしの華」。>10月14日(日)まで開催中。
館内に入ってまず目を奪われたのは、葵の御紋が入った見事な婚礼調度品の数々。漆塗りのあらゆる技法を施し、おそらく現在の技術ではなかなか難しいのではないかと思える良い仕事の逸品ばかり。
それもそのはず。本多忠刻と千姫(徳川家康の孫・豊臣秀頼に嫁いだが、夏の陣の後救出され、本多家に嫁いだ)の娘である勝姫が、将軍秀忠の養女として、岡山の池田光政に嫁いだ時の品なのである。最近、司馬遼の本を改めていろいろと読んでいるが、歴史を知っているとさらに楽しめるものだ。
その他彫漆、螺鈿、かんざしの名品も数多く展示されていた。
四季折々の日本の風情を写したかんざしの細やかな技法には、目をみはるばかり。
この美術館では、月見や茶会などの催し物もあり、近場であれば通いたい楽しい美術館である。
茶会ではなんと熊倉先生が亭主をされるという。きっと楽しいお話が伺えるのだろう。
実は美術館に入った時に、まさかと思うが熊倉先生のお声が聞こえてきたのだが、お姿は拝見できなかった。
「館長さんだけれど、よく京都でもおみかけするし、まさか今日の今日、ここにいらっしゃるなんて・・・」と思っていたが、案の定、館内を見た後ロビーに出ると、ソファに腰かけてどなたかとお話し中ではないか。
温和な表情と柔らかいお声、わかりやすいお話で、時々講演会に出かけたり、茶道に関する本を拝読させていただいている熊倉先生ファンの私は、お声をかけたい衝動を何とか抑えつつ美術館を後にした。

9/24(月)まで、フィラデルフィア美術館より、数々の名画が岡崎の京都市美術館に来ている。
西洋絵画には全くと言ってもいいほど無知な私だが、教科書で習った通りの西洋絵画史の変遷を実際に楽しめた。
19世紀の写実主義、ミレーやコロー、クールベなどから、印象派の巨匠モネ、ルノワール、ゴッホ、セザンヌ、またキュビズムの時代20世紀のピカソなどなど、錚々たる絵画のお出ましだ。
私自身の中では、絵の鑑賞とは非常に難しいもので、むろんただ見て色々を感じればいいのかも知れないが、鑑賞方法というものも確立されていて、西洋のしかるべき家などでは、小さい頃から鑑賞法というものを当たり前の教養として勉強していたとかいないとか・・・。
また、西洋絵画を鑑賞する際にどうしても必要となってくるのが聖書の知識。
大学生時代の私は、ただただ美しい西洋絵画を楽しんでいたが、次第に日本美術へと関心が移り、あらゆる物を見てみると、また西洋にも興味を持ち始め、学生時代のような楽しみ方のみでは飽き足らず、目下、少しずつではあるが、絵画を楽しむ為の鑑賞法や聖書を勉強中である。