生存のエシックス -京都国立近代美術館-




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京都国立近代美術館において開催中の、-生存のエシックス-を訪れました(8/22まで)。

この展観、正直申しまして自分でも、何のことか…、わかっているのかわかっていないのかそれもわからない…というような展観でしたが、世の中にこういった研究や試みをされている方々がいるのだなぁ…という感心を持ち、美術館を後にしました。
一緒に訪れた友人とは、制作者の意図するところと合致するのかどうかは不明ですが、箱にすっぽり納まってみた自分達について、いまだ色々語り合っています。
なんだか面白い展観ですので、お時間ありましたら是非どうぞ。

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展覧会 愚堂東寔遺墨選




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本ブログでも紹介してきたが、今年は、近世初期を代表する傑僧、愚堂東寔(ぐどうとうしょく)禅師(大円宝鑑国師/だいえんほうかんこくし)の350年遠諱に正当しており、禅文化研究所は、遠諱事務局より依頼を受けて禅師の「語録・年譜」と、ゆかりの寺院を訪ねて撮影した「墨跡集」を制作している(現在印刷中)。
そして、この10月1日には遠諱大法会が大本山妙心寺にて行なわれるが、それにあわせて、花園大学歴史博物館で、愚堂禅師の遺された墨跡や袈裟や硯などの品々を展示される、「愚堂東寔遺墨選」が下記の日程で開催される。
前回は禅師300年遠諱の時に開かれた展覧会。今回、50年ぶりに開かれる愚堂禅師の遺墨展を是非ご覧いただきたい。

◇愚堂東寔遺墨選◇
大圓寶鑑國師350年遠諱記念/花園大学歴史博物館開館10周年記念
  会場:花園大学歴史博物館
  入館料:無料
  会期:平成22年9月21日~10月31日
  開館時間:10:00~16:00(土曜日は14:00まで)
  休館日:日曜/全学休講日

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トゥルク ジャミヤング リンポチェ来日講演





クリックしてご高覧下さい

皆様こんにちは。暑い日が続きますが、いかがお過ごしですか?
急なお知らせですが、お時間のある方は是非ぜひ!

チベット仏教の高僧、トゥルク ジャミヤング リンポチェ師による来日講演があります。私もお手伝いに伺える事になり、今からわくわくしています。

京都・大阪での日程は下記のとおり。


時 :8月18日(水) 15:00~17:00
場所:Restaurant HIMARAYA
  (京都市中京区河原町三条上ル下丸屋町406 グリントランドビル6F)
電話:075-211-8940
料金:2000円(1ドリンク付)
        


時 :8月19日(木) 18:30~20:30
場所:京都国際交流会館
  (京都市左京区粟田口鳥居町2番地の1)
電話:075-752-3010
料金:1500円


時 :8月20日(金) 15:30~17:00
場所:ネパールレストラン シュレスタ
  (大阪市天王寺区堂ヶ芝1-11-8 ジェム・エックスビル1F)
電話:06-6773-0802
料金:2000円(1ドリンク付)

その他詳しくはこちらからどうぞ。

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ブログ再開




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皆様こんにちは。ご無沙汰しております。

お盆はどのようにお過ごしになられましたでしょうか。
ご先祖様をお迎えになられましたか?
と、このような御挨拶で始まりますのも弊所ブログくらいでしょうか?!

私(在家職員です)の実家あたりでは、茄子と胡瓜におがらで足を付けてお供えしますが、色々ないわれがあるようです。
ご先祖さんが早く帰ってきて下さるよう、馬に見立てた胡瓜、そしてゆっくりと色々なお供え物を載せて帰っていただくよう、牛に見立てた茄子を御供えしておく…。また、日本の祭祀が元となっているので、季節の野菜を供えるところから胡瓜と茄子が選ばれたのだとか、胡瓜も茄子もインド原産だからだとか…。
古くからの習わしと民間信仰などが入り交じり、現在の形になったのでしょう。

ちなみにうちの母は、「胡瓜じゃあ足をつけにくいから、ズッキーニじゃあダメかしら?」と申しておりました…。母よ、ズッキーニはかぼちゃの仲間だし、メキシコ原産らしいし、胡瓜よりカタイと思うし、胡瓜が全く日本では収穫できなくなったというわけでもないのだし、昨今ではスーパーに普通に並ぶとはいえ、仏壇前に御供えするにはやはり違うのではないか?と、その柔軟すぎる発想に絶句した娘でありました。

残暑厳しい折、皆様どうか御身おいといいただいて、弊所ブログにもおつきあいの程、宜しくお願い申し上げます。

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お盆を迎えて、人の一生を想う 




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先般、113歳の東京都最長寿の男性が、実は30年ほども前に亡くなっていたというニュースが取りざたされ、各地で100歳を超えた老人の所在確認がはじまっている。既に40人以上の人が所在不明とのことで、驚かされる。全国で4万人以上もいるようだが、実在されるのはいったいどれだけだろうか。

個人情報保護法の影響で、民生委員や官庁が所在を確認しにくい状況になっているとはいえ、大した確認もしないで、年金を支払ったり、長寿の御祝をさしあげたりしてきたというのは、お役所の無責任極まりないのは言うまでもないが、それよりも驚くのは、どうして家族や親族が、その所在を知らないのかである。

100歳を超えた、あるいは超えていなくても、永きを生きてこられた方が、忽然と消えるはずはないのである。猫じゃあるまいし、人に見えないところで死んでしまうということも、人である以上、そう簡単にできることはできない。もちろん、亡くなっているのに死亡届も出さないで埋葬することなどできない。したら死体遺棄である。
では、この所在不明の老人たちはいったい、どこでどうやって身罷ったのだろう。不思議でならない。

昨今、家族葬なる新語があらわれ、いつのまにやら首都圏では40%もが、葬儀をしないで火葬に伏して、一生はそれでおわり、だそうである。
それどころか、今回の事件で、自分にこの世に産んでくれた父母、あるいは親族が、いつ死んだかどうかもわからず、所在も不明なのに、何も考えないで長年を過ごして来ている人達が、こんなにいるのだということが露呈したわけだ。

私たちは誰一人として、この世に、自然発生した者はいない。先祖から、もっと言えば生物発生の時から、一度も途切れることなく受け継がれてきた命の縁によって、父母によってこの世に産んでもらったのである。とすると、産んでくれた両親が亡くなったとき、礼をもってお見送りするのが当たり前ではないか。
自分の両親は2人、その両親である祖父母はそれぞれ2人で4人、その両親である曾祖父母は×2で8人。そして10代前になると1024人の縁者がいるわけだ。そこまででも全部合計すると2046人の縁がないと、此の身はこの世にないわけだ。
当たり前だが、この当たり前を忘れてしまって、現代人は先祖への崇敬の念ををおろそかにしていないだろうか。

お盆を迎えるにあたって、自分が今生かされていることの意味とともに、先祖からずっと繋がっているこの命というものを今一度考え直して、ご先祖とともに、生きとし生けるもの、三界万霊に供養をしていただきたいと想う。


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弊所は、8月7日~15日の間、夏季休業とさせていただきます。
この間にご注文いただきました本の発送は16日以降となります。
メールやお電話などでのお問い合わせ等も、16日以降のご返答となります。
ご迷惑をおかけ致しますが、ご了承くださいませ。

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