油日神社 -滋賀県甲賀市-




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白洲正子さんの著書、『かくれ里』に紹介されており、前々から一度訪れてみたかった油日(あぶらひ)神社を参拝。

山深い甲賀の地。道中、ある地点を過ぎたところから明かに大地のパワーみなぎり、静かながらも力強い気を感じる地域に入ってゆきます。

そうして辿り着いた油日神社。
村の人々によって、はるか古より、大切に大切に守られてきたよどみないその清らかさに、心打たれる佇まいなのでした。

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今回は日曜日で拝見できなかったのですが、次の機会には是非、油日神社所蔵の“福太夫”の面と、“ずずいこ様”を拝みたいと思っています。

詳しくは、白洲正子著『かくれ里』(講談社文芸文庫)に。
この地域の村に残る“宮座”(信仰を中心にした氏子の集団)の事や、日本の原点とも思える豊穣を祈る行事などについてとても興味深く紹介されています。
日本というもの、日本人というもの、これからの日本を考える上で欠かせない事を、故人の著作から学ばせてもらっています。

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洞雲山 -小豆島八十八箇所・一番札所-




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弘法大師空海が、讃岐と京を往復する際に度々立ち寄ったとされる小豆島。
そんな小豆島にも、島内に八十八箇所の霊場があります。

訪れましたのは、一番札所の洞雲山。杉の巨木が鬱蒼としげる中をゆくと、大師堂が(下写真)巨大な岩盤の下にあります。
さらに周辺の岩場には洞窟から垂れ下がる鎖があり、ここが修験の地である事を思わせます。
知り合いの真言宗のお坊さんもよく山ごもりをされていましたが、そのような行者が夜坐をするのでしょうか。私ならば恐怖で5分と持たないでしょうが、真言宗といえば同行二人。お遍路さんのみならず、修行僧においても、「いつもお大師さんと一緒」というその強い気持ちが、修行を支えるのでしょうか。

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小豆島、訪れてみると思っていた以上に興味深い島です。
さらに続きます。

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西田幾多郎記念哲学館 -石川県かほく市-




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石川県の旅。鈴木大拙館へゆけば、西田幾多郎記念哲学館もはずせません。
こちらはまた世界的建築家、安藤忠雄氏による設計だとか。

この“哲学館”という名称から、非常に敷居の高い所であるイメージを受けるかもしれませんが、小学生の社会見学にも良いのでは?と思うくらいに、「つかみ所無く、とっつきにくい、哲学」というものを、わかりやすく教えてくれるメディアライブラリーなどもあります。
西田先生の生い立ちから晩年に至るまでのこと、西田哲学のこと、世界の哲学者について、非常に幅広く“哲学”に触れる事のできるような館内となっていました。
読書会なども開催されており、羨ましい限りです。
金沢から能登にかけてご旅行される方などは、是非お立ち寄り下さい。

他の所員による西田幾多郎記念哲学館の感想はこちら

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篤信家のお婆さんの葬儀に思う




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私が兼務している檀家3軒の小さなお寺(実は由緒はかなり古い)があり、その開基の家系で今も檀家総代をされているお家のお婆さんが、さきごろ97歳という天寿を全うされ逝かれました。
自坊の檀家さんでもご自宅での葬儀が少なくなってきたなか、自宅にての葬儀。そして役僧も両班揃った六役僧です。
祭壇は農協から借りた比較的質素なものですが、その回りには親戚縁者から届いた、果物や乾物の盛り籠で所狭しでした。
まぁおよそ都会ではもうあり得ないような旧来のお葬式をさせていただき、私も未熟ながら導師として精一杯のお見送りをさせていただきました。

このお婆さんは晩年2年近く入院されてしまいましたが、その直前の一昨年の秋には自転車に乗って自坊にダイコンを届けてくださったり、大変お元気で、色々と気にかけてくださる方でした。村でも老人クラブの人たちと仲良くされ、多くの人たちから親しまれて来られた方でした。
ご主人も10年前に亡くなっていますが、ご夫婦とも絵に描いたような篤信家でした。
だからこそ、寒い中でも多くの方が出棺を見送られ、また最近よくありがちな当日の初七日ではなく、正当の日に改めて勤められた初七日(上記写真)にもご近所ご親戚が20人以上も集まられて盛大に勤められたのだと思います。

これをお読みの方は、そんな面倒なこと、まだやっているのか。葬祭ホールを借りたら楽だし、初七日も葬儀当日にやってしまえば簡単なのにね、と思われるかもしれません。しかし、以心伝心(心を以て心に伝える)ともいえることは、こういった面倒なことを面倒だと厭わず、一所懸命に勤めることなのではないかと思ったのです。

95にもなったお婆さんが自転車に乗ってわざわざダイコンを届けてくださる。うちにだけではなかったようで、私がこのことをお通夜で話すと頷いていた方が何人もおられました。気持ちが無かったらできることではありません。こういうお気持ちが、遺された家族の人にも繋がり、私たちにも繋がり、そしてお葬式には結局、こういうふうに応報となる。
これが本当の「絆」なのではないでしょうか。

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鈴木大拙館 -石川県金沢市-




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昨年私の上司もこちらで案内しておりました、金沢市にあります鈴木大拙館。
お正月に金沢へ行った折に、もちろん私もお邪魔して来ました。

エントランスを入った所から大拙先生の写真に迎えられ、興奮して声高になる私に、受付の方は「変わった人だわぁ」と。私が変わっているのではなく、真実として、禅という、こんなにもかっこいい世界は他には無いだけなのだと本当に思います。未だ憧れの世界です。

と、こういう類の事(禅が好きだのなんだの)を話していると、ある和尚様が、「お前さんのように理想に燃える者ほど、僧堂に入ると挫折してすぐに逃げ出す」と仰いました。確かに、一体禅ってなんでしょうね
髮を剃る気はありませんが、そのように私の戯言が一掃されるのもまた、「禅僧とはなんと面白いのか……」と、楽しいわけなのです。

それはさておき、この記念館。世界的な建築家、谷口吉生氏による設計だとか。
凛とした空気と静謐さを抱き、まるで履き清められた早朝の禅寺を訪問したかのような心持ちを覚える建築。
禅の事をまったく知らない、わからない人も、“禅的”なものをここで感じ取ってもらえるような、禅の空気感・世界観を現代建築にて表現すれば、こうなるのだな…と納得のいくものとなっていました(何様?ですね……すみません)。

また、展示品に一切の解説がついていないのも良かったです。頭を空っぽにしたまま、自分の目で観て感じるという事ができます。
昨今の美術館博物館での展示品には、解説の長いもの、学芸員の私的見解などが書かれていて、自分の観る目や、感じる心を邪魔しかねない事が多々あります。

今回は大雪の中お邪魔しましたが、季節ごとに訪れてみたいものです。
皆様も、金沢へゆかれた際には是非お立ち寄りになってみて下さい。

鈴木大拙館HP
『相貌と風貌-鈴木大拙写真集』


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